第33話「強制サレタ恋愛感情!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




 使い古された設定だ。

 漫画、小説、アニメに映画。

 数多の作品の中で描かれてきた。


 アンドロイドが記憶を取り替えられる。

 ホムンクルスが記憶を植えつけられる。

 自分のものでない人生を、あたかも過ごしてきたかのように思いこむ。


 創られたモノの悲しみとか。

 思い出の危うさとか。

 そういったモノを扱った作品は、この世にごまんとある。


 だけど、実際の光景として目にすることがあるとは夢にも思わなかった。

 しかもそれが、他ならぬシロの身に起こってるんだ。


 シロは俺が好きなモノを好きになる。

 シロは俺が嫌いなモノを嫌いになる。


 あるいは妙子がそうであるように。

 あるいは御子神がそうであるように。


 シロは必然、俺のことが好きになる。

 

 たとえ他に好きな人がいたとしても、俺のことなんてどうとも思っていなかったとしても……。


 ギャルゲーのヒロインみたいに、恋愛感情を強制される──



「カヤさん……答えてくれよっ!」


 俺が騒いだせいか、シロが軽く身じろぎした。

「タス……ク……?」

 うわ言をつぶやいた。

「ないで……おくれ……」

 ふらつく手を、宙に伸ばした。

 誰かを──たぶん俺を、探してる。


「……シロ。俺はここにいるぞ。絶対どこにも、行かないから……っ」


 声をかけながら手を握ると、シロは微かに微笑んだ。

 まぶたの隙間から涙をひと筋こぼしながら、再び眠りに落ちた。


 

「……無茶な願いを聞きとどけてくださったこと、感謝しています。あなたはなんの利害関係もない我々に協力してくださった。ご自分を責める必要は一切ございません」

「カヤさん……っ。何普通に続けてんだよ……っ」

「いかなる状況でも心をたいらかに置く。パートナーが戦いに集中できるように運ぶ。それが姫巫女の術です。基本にして要諦です。ハリョに倒れるは駄犬が未熟だったから。それだけの話です」

「こんなの見ておいて……なんでそんなにっ、シラッと仕事できんだよ……っ」

 

 カヤさんが悪いわけじゃないと知っていながら。

 俺は子供みたいに怒鳴り散らした。

 血走った目でにらみつけた。


 握り締めた拳から、いいかげん握力がなくなるまでそうしてた。

  



 俺が疲れ切った頃、カヤさんの口元が笑みの形に歪んだ。


「少し、昔話をしましょうか──」

 優しくわずかに、目を伏せた。

「……わたしとこの娘は、同じ村の出身です。今日を生きるのがやっとの、貧しい村で共に育ちました。這い上がる道は三つ。文を学んで文官になるか、武を身につけて武官になるか、術を修めて姫巫女になるか。わたしは文官に、この娘は姫巫女になる道を選んだ」


「……」

 そうか、同じ村の出だから、ふたりは気安い関係だったのか。

 でもなんで、急にそんな話を……。


「姫巫女になるにはですね、それはもう厳しい試験があるんです。筆記ではない、純粋な術の試験。他の生き物の心を平らかにする術。蟲から始め、小動物、大型動物と続くその試験は、術者と被術者との一対一で行われます」

「一対一……?」

 なんでそんなことを……わざわざ……?


「全部……肉食・ ・なんです……」

 カヤさんは、おぞましげに肩を竦めた。

「むろん命がけです。不合格者には死あるのみ。つたない娘が生きたまま蟲に喰われる光景を、わたしは何度も目にしてきました……」


「なんでそこまでして……。意にそぐわない夫婦関係を結ばされることがわかっていてなんで……っ」


「──貧しかったから、それ以外の何ものでもありません」

 カヤさんの答えは明確だった。

「この娘は、村長むらおさの家の長女でした。たくさんの弟妹、親類、村人たちに対して責任があった。姫巫女の得られる給金、『嫁Tueee.net』で勝利して得られる褒賞。そこには極めつけの危険と引き換えに出来るだけの価値があった」


 だからシロは姫巫女の道を選んだ。

 地球の巫女やシスターが、神様にその身を捧げるように、俺の嫁になる道を選んだ。


「クロスアリアは負け続きだった。勝てる姫巫女を求めていた。両者の利害は一致して、今ここに至る──」


「……っ」

 そう言われると、返せる言葉は俺にはなかった。


 俺は何も知らない。

 困窮することの苦しさも。

 他人の命の重さも。


 みんなが俺を愛してくれた。

 みんなが俺を認めてくれた。

 恵まれて育った。

 何もかも、シロとは違う。




「……あら」

 カヤさんは顔を上げた。

 玄関のほうから、妙子と御子神の声が聞こえてきた。

 マスコミ対応が終わったのだろうか。


「……タスクさん」

 カヤさんは俺の名を呼びながら立ち上がった。

「熱はいずれ下がるでしょう。疲労はいずれ恢復するでしょう。でも心は、そうはいかない」


「……っ」

 息を呑んだ俺の耳元に、カヤさんは口を近づけた。

「何もかも、まるごと受け入れてくれとは申しません。でもせめて、少しだけでも……。この娘のことを……」

 ぼそりと囁くと、襖を開けて部屋を出て行った。









「……」

 シロと共に部屋に取り残された俺は、その場で硬直していた。

 カヤさんの残した言葉が、強く胸を貫いた。


 でもせめて、少しだけでも──

 この娘のことを、わかってあげてください──

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