第30話「絶刀・神来!!」

 ~~~九骸流星くがいりゅうせい~~~




「ならばこちらも、最大の技で仕留めてやろう……」

 刀の切っ先を天頂に向けた。


「地より生ずる。荒ぶり叫ぶ……」

 返り血で朱に染まった顔でつぶやくは、神語かみがたりにも似たまじないの言葉。この地の霊性神気にアクセスし、合力を得るための儀式。

の姿は龍に似る。うねりたかぶり吹きすさぶ……」

 

 直後、ヒヒイロカネの刀身が青白く輝いた。鶺鴒せきれいの尾のように激しく振動した。


「汝、万象心ばんしょうこころせよ。我は風、無敵の刃。天辺水底てんぺんすいていことごとく斬り裂くものなり──」


 気迫が、殺気が、庭を嵐のように吹き荒れた。


絶刀ぜっとう──」


 前足の膝から力を抜いた。

 体の前傾を推進力に変え、滑るように前に出した。

 すかさず後ろ足を引きつけた。


 飛ぶのでもなく、蹴るのでもない。

 現代スポーツの理に反した、古伝の歩法。

 陰陽の足運び。


神来かむらい


 前足の着地の後、後ろ足の着地の前。

 陰陽切り替わる狭間の瞬間に、暗雲を割って陽光がこぼれ出るように、大上段から斬りつけた。

 何事かわめきながら向かって来たハイデンを、頭から股下まで斬り裂いた。


 そしてなおも、止まらなかった。


 切っ先から迸り出た霊光が、弧状のエネルギーかいとなって地を駆けた。

 玉砂利や土砂を巻き上げながら庭を横断した。

 瓦塀を玩具のように破砕し、さらに向こう側へと突き抜けた。

 駐車場のアスファルトを砕き、木立へと分け入った。

 山土を抉り、頑丈に絡み合った木の根を断ち斬り大岩を断ち割り……百メートルも駆け抜けて、ようやく止まった。


 大音響、大破壊。

 まさに神の降臨したが如き猛威──





『………………』


 しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。

 主の戦いを見守っていた側仕えたちも。


 薄暗い木立の奥から。

 遠く離れた山の上から。

 遥か衛星軌道上から。

 様々な場所から、冷徹な目で戦いの趨勢を窺っていた観察者たちですら、立ち直るのに時間を要した。

 

 それほどに圧倒的な一撃だった。

 


「ジーザス……っ」

「……おい、見たか? ありゃあ神か悪魔か……」

「代替わりしても、なお一刀いっとうは壮健か……」

「アルファリーダーより本部へ報告。ペトラ・ガリンスゥが討たれた。30名、全滅だ」

「蹂躙だ。手もなくひねられた」

「へ? 仕掛けないんで?」

「バカか。刀の錆になりたけりゃてめえひとりでいけよ」

「スコア報告。瞬間最大値……8700? ……おい、間違いじゃないのか? これ…」

「……戦力の再計算が必要だ。ただちに帰投する。オーバー?」


 木立の中に、複数の声がこだまする。

 いくつもの言語が、思惑が飛び交う。


 各国の特殊部隊、諜報機関、秘密結社。

 機械化歩兵、生体兵器、術者、能力者、魔法使い。

 地球上の唯一無二を目指す者たち。


 彼らは代替わりした一刀の能力を推し量るためにこの地に来た。

 カラミティの戦乱の中、多くの有力な剣士を失ったかの家が、多元世界人相手にどこまで出来るのか。至近距離で観察しに来た。

 凋落の度合いによっては、乱に乗じて仕掛けるつもりすらあったのだが……。



「……来ぬか、腑抜け共」


 しばらく待ったが、動きはない。

 予想以上の一撃を見た彼らは、どうやら撤退を決めたようだ。

 今仕掛けるは得策でないと判断した。


「……さてもうらめしや。今日はこれにて店じまい、とはな……」


 刀の峰でトントンと肩を叩いた。

 木立の向こうに潜んでいた強力な術者たちが、手の届かないところに行ってしまったのが悔しい。

 こちらから仕掛けようにも、追い足がないのが口惜しい。


「……そもそもの鍛えが足りんのだ、小娘。体力が足りん。団十だんじゅう駒坂こまさかなら、もう少しは戦えたぞ? まあ、あんな汗臭い男どもと組む気にはなれんが……」


 ぶつぶつ、ぐちぐち……。


 その目はなおも好戦的な光を放っていたが、宿り木たるゆずりはの体力がもう限界だ。

 もう、おろして・ ・ ・ ・いられない。

 眼光は徐々に弱まり、やがて九骸流星の意識は消えた。






 ~~~御子神楪~~~




 我に返ると同時、ズシリと全身に重みがかかった。

 漏れそうになったうめき声を、必死にこらえた。


「……あっ……んな体力バカたちと……っ。一緒にしてもらっちゃあ……困るんですよねっ」

 憎まれ口を叩きながら、ぎりっと奥歯を噛み締める。


 筋肉が痛む。

 内臓が悲鳴を上げる。


 水が飲みたい。

 呼吸が苦しい。


 この場で倒れてしまいたい。


(でも……ここが頑張り時……っ)


 出来るだけ平然とした風を装いながら、雄々しく地面を踏みしめた。

 不敵に口を歪め、遥か木立の向こうの存在にアピールした。


 代替わりしても、一刀は健在であるぞと。

 神がかり・ ・ ・ ・はなお、底が見えぬぞと。

 

(……今日のところは撤退したみたいね。でも、弱みを見せてはならない。侮られれば喰いつかれる。私たちは、私は強くなければならない……) 


 時代劇役者のように芝居がかったしぐさで刀を振るった。

 血を飛ばし、穢れを払った。

 鞘を垂直に立て、上からストンと、刃を納めた。


 庭の掃除・ ・ ・ ・へと駆け出していく側仕えたちとすれ違うように、屋敷に上がった。

 淀みない動作で板間へ入り、襖を閉めた。


 外界からの視線が、音が、完全に途絶えた。



「はあ~……っ」

 ぐったりと座り込んだ。

 膝を崩し、両手を板張りの床についた。


「つ……疲れた……っ」 

 鼓動の抑制を止めると、一気に心臓が跳ね回り始めた。

 流れ落ちてきた汗が、返り血と混じり合いながら床に滴った。


「ちょっ……と……派手すぎるんじゃないですかね……っ?」


 恨めしい気持ちで九骸流星を見やるが、答えはない。


「庭の修繕にどれだけ費用がかかると思ってるんですか……っ」


 鬼神の如く暴れ回った彼女・ ・は、今は嘘みたいに押し黙っている。

 疲れて寝ているのか。あるいは知らんぷりを決め込んでいるのか。


(まあおかげさまで、と言えば言えるんですけどね……。あれだけ派手に暴れれば、しばらくは彼らも放っておいてくれるでしょう。威嚇という意味では十分……)


 感謝の念を、しかし口にはしなかった。

 増長されても困る、というのが正直なところだ。

 彼女とはこの先も、つかず離れずの関係を保っていかなければならない。


(この先も、この先も……)


 崩れるように横になった。

 ひんやりとした板張りに頬を当て、微かにため息をついた。 


「この先も……か」

 ポツリとつぶやいた。



 ──8年前。

 世界中のいたるところにゲートが現れた。

 その当時、多元世界代表者会議ルーリングハウスは未だ存在せず、つまり多元世界人を取り締まる法もまた、存在しなかった。


 当然の帰結として、侵略が行われた。


 大地が焼けた。

 海が血に染まった。

 異形異様の化け物によって、すべてが踏みにじられた。


 銃火器、化学兵器……戦略核。

 侵略者に対し、人間たちはなりふり構わず抗った。

 だけど勝てなかった。

 神出鬼没に現れ、破壊と略奪の限りを尽くす彼らには、戦略も戦術も科学技術の結晶も、一切通用しなかった。

 人類は、圧倒的な力の前に屈服した。 


 だから彼女ら・ ・ ・は立ち上がった。

 それまで存在を秘していた世界中の能力者が、つまりは向こう側に戻れなかった多元世界人の子孫たちが、地球存亡の危機に際し総力を上げた。

 警察も暴力組織も関係なく、民族も宗教も分け隔てなく、ついに種族の垣根すら超えて、彼女らは共闘を開始した。

 

 剣を振るった。魔法を唱えた。翼を拡げた。牙を剥いた。

 古式ゆかしい武器を持ち寄り戦った。

 巨人に天使、悪魔に妖精。

 伝説や神話の中で語り継がれてきた登場人物の出現。

 ヒーロー、ヒロインの実在。


 ──奇跡の現れ。


 それは人間たちを勇気づけた。

 奮い立った勢いのままに、押し返した。 


 停戦、そして和平条約の締結。

 永世中立惑星として平穏を勝ち取るまでに、実に100万人を超す被害者を出した。


 小此木団十おこのぎだんじゅう駒坂三郎太こまさかさぶろうたなど、御子神譜代の有力な剣士たちも、そのほとんどが命を落とした。

 共に肩を並べて戦っていたタスクの母親は、激戦の中に姿を消した。


 だから楪にはもう、頼れる者がいないのだ。

 すべて自身が決めなくてはならない。自力で解決しなくてはならない。

 御子神家当代として、母親として。


「城戸ー、スマホー」

 襖の向うに控えているであろう老僕に声をかけた。

 まだ学校にいるであろうほたるに連絡しなくてはならない。


 荒れた家の修繕。各所への手回し、交渉。血生臭い後片付け・ ・ ・ ・

 苛烈な現実を見せるには、あの娘はまだ若い。幼い。


「いつもなら小此木さんのとこに預けるところだけど……。そうね、今日からは新堂さんのところでもいいかしらね……。なにせ未来のお嫁さんなわけだし……」

 あれこれ考えているうちに楽しくなって、楪は笑みをこぼした。


 そして完全に、緊張の糸が切れた。


 ごろんと転がり、床に大の字になった。

「あぁー、疲れたぁー……。雅史まさしさーん、ゆずゆずは疲れたよぉー……」

 天上を見上げ、大きく息を吐いた。夭折した夫の名を呼んだ。

「早く楽隠居したいよぉー……」

 幼児返りしたように足をばたばたさせ、よしなしごとをつぶやいた。


 ずしん、と強い眠気が襲ってきた。

 精神的、肉体的な極度の疲労が、重力みたいに降りかかってきた。

 ぐるぐると天井が回り出した。


「ああぁ~……、眠いようぅ~……」

 眠りに落ちる一瞬前に、いろんなことを想像した。


 新堂家で世話になりなさいと言ったら、あの娘はどんな反応を返してくるだろう。

 照れて赤くなって狼狽して、どんなことを口走るだろう。 


 そして将来、どんな家庭を築くのだろう。



 ぼんやりとした、でもきっと温かい未来。

 その想像は楽しく愉快で、だから楪は、笑ったまま眠りに落ちた──。

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