第12話「絶対服従!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




 光の繭が俺たちを覆った。

 俺は妙子たえこの体に覆いかぶさると、薄い唇に唇を押し付けた。


「んんうっ……?」


 妙子は巫女服の裾を両手で掴み、引っ張るようにした。

 可愛い抵抗だ。

 俺は妙子の両手首をとると、万歳するような形で組み敷いた。


「……くうううっ!? んっ。うううっ!?」


 ついばむようなキスをした。形をなぞるように舌で舐め、舌先を尖らせてつついた。

 その都度、妙子は衝撃を受けたような顔をした。

 顔を赤くして逃れようともがくが、無駄な努力だ。

 最終的には諦め、口づけを受け入れざるをえなかった。

   

 何度かキスをするうち、徐々に妙子の反応が変わってきた。

 唇が触れるたびに、電流が流れたように背中を反らすようになった。

 すんすんと鼻を鳴らすようになった。

 じわりと全身に汗をかき始めた。


「妙子……」

 顔を離して呼びかけると、とろんとした目で俺を見上げた。

 いつものとげとげしさや力の抜けた、女の子の表情になっていた。

「――いくぞ?」  

「……ん」

 妙子はそっと目を閉じ、完全に俺を受け入れた。




(うわあああああああああああー!?)

 体内に取り込んだ瞬間に、妙子が騒ぎ始めた。 

 正気に戻った、というべきだろうか。さっきまでのことを恥じるように叫び出した。

(なん……ってことしやがるんだてめえ! 人が動けないのをいいことに! キ、キ、キ……キスなんかしやがってえー!)


「まあまあ。でもそんなにいやじゃなかったろ? 最後はおまえのほうから求めてきたし」

(ば、ば、ばか言え! そんなことあるか! あんなの、早く終わらせたい一心だ!)


 うんうん、俺はうなずいた。


「あまりの気持ちよさにびっくりするんだよな。あの儀式、きっと麻薬的な何かがあるんだよ。俺も最初はそうだったもん」

(はあああ!? このすけべ! 変態! あたしは全然そんなこと思ってないよ! 気持ちよくなんかなかったよ! ただただ気持ち悪いだけだったよ! よりによってあんたなんかと……あんたなんかとあんな……っ、あたしがあんたと……うがあああああああああ!)


 ゲシュタルト崩壊を起こしたように絶叫する妙子。 


「……」

 シロの体を通してとはいえ、妙子とのキスは気持ちよかったなーと、俺はそんなことを思う。

 唇を動かして逃れようともがくのが可愛いかった。

 思わずなぶってしまった。

 細っこいばかりだと思ってた体もきっちり女の子してたし、現実の俺の体でじゃないのが残念だったような……と言うと事態はさらに紛糾するだろうからさすがに言わないけども。


(ぎゃあぎゃあぴーぴーと、まったく人の体の中でうるさいのう……。キスぐらいでいちいちそんなに目くじらを立てるな)


 シロがうるさげに口を挟むと、妙子はますますいきり立った。


(ふざけんじゃないよ! ゆるゆるがばがばなあんたの世界とは違ってねえ! 現代日本じゃ貞操観念がしっかりしてんのよ! 衆人環視の前でキスなんかしたら、それこそどんな目で見られるか!)

(だ……だれの世界がゆるゆるがばがばじゃ! クロスアリアでもその辺の線引きはきっちりしておるわ! 契約は神聖なる儀式じゃからいいんじゃよ! しかたなしなんじゃよ!)

(はあぁ!? そのわりにはけっこうノリノリでしてたみたいじゃない!? 慎み深さの欠片もない! まさにビッチ! ビッチオブビッチ!)

(ビ……ビ……ビ……だれがビッチかあああああ!)

(あんた以外に誰がいるってのよ! 巫女服コスプレの変態ロリ幼女が!)

(コスプレでもないし変態でもないわい! 姫巫女の正典にのっとった衣装と作法じゃ!)


「いやー、ふたりとも仲良くやれそうでよかったよ」

(――貴様にはこれのどこをどうしたらそう見えるんじゃ!?)

(――あんたの目は腐ってんのか!?)

「お、おう……」


(だいたい緩さで言ったらタスク、あんたのほうが心配だっての! ほいほいほいほいキスしまくってさ! 恥じらいとか貞操とかの概念はないの!? 女だったら誰でもOKなの!? いつでもウェルカムさあどうぞってわけなの!?)

(そうじゃそうじゃ! いかに土壇場とはいえなんの迷いもなく奴隷作りを決めおって! たしかにやり方を教えたのはわらわじゃが、少しは躊躇ってもよさそうなものじゃろうが! 女の一生を左右する決定を、軽々しく決めてもいいのか!?)

(え?)

「え?」 

(む?)

 疑問の声が交錯した。


 一生を……左右する……?


「なあシロ……たしかに俺、疑問に思ってたんだ。なんで隷従・ ・の契約なんだ? おまえとの時みたいな夫婦の契約じゃダメだったのか?」


 少し間を置いて、シロはおそるおそるといった感じで聞いてきた。 


(あ、あれ……? 説明……してなかった……かのう……?)

「してない。まあろくに考えなかった俺も悪いんだけどさ。あの時はなんせ妙子があんな状況だったから、とにかく早くしようと必死だったし。一方的に俺が喋ってれば契約出来るってのは楽だなと思ってた。ちょっと呪文の文言がおかしい感じはしてたけど……」


 しもべはしため――の身も運命さだめも心臓も、すべては我がもの――


(ああ……えっと………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………なんでも、ない)

(何だよ今の間は!? ぜんっぜんなんでもない間じゃなかっただろ! 言えよ! なんで奴隷なんだよ! 一生を左右するってどういうことだよ!?)

「シロ……? おまえ……?」


 俺と妙子のふたりがかりで攻められて、シロはしぶしぶ口を割った。


(えっとじゃな……そもそも夫婦の契約は、ひとりの者としか出来ない対等の契約なのじゃ)


対等の契約・ ・ ・ ・ ・……?)

 ということは、対等じゃないのもあるってことか。 


(隷従の契約は……そのものずばり、女を奴隷とする契約じゃ。奴隷は主に逆らえぬ。命令には絶対服従……。なんでも言うことを聞かねばならぬ……)


 命令……服従……。


「――校歌」

(な……なに?)

 妙子の声が隠し切れない動揺に震えた。

「校歌斉唱」

(……はあ?)

「おまえ嫌いじゃん。式典ごとに全校生徒集めて歌わされるの嫌がってたじゃん。対抗して演歌かヘビメタでも歌ってやろうかなんて言ってたじゃん。だから判断するにはこれがいいだろ。おまえが一番やなことを、俺がさせられるかどうか。さあ妙子、この場で『校歌を歌え』」


(う……ううっ!?)

 明らかに動揺した気配があった。

(み……み……)

「さん、はい」

 指揮者みたいに手を振ると、妙子は囁くような声で歌い出した。

(み……みどーどりーかっがやっく彩南さいなんのー……♪)

「おお……」

ひっかりー、はっるけーきーまっなびーやでー……♪)

「おおお……」

 俺は感動に震えた。

「……すげえ、マジだっ。あの妙子がほんとに俺の言うこときいてる……っ」


(……もとに戻ったら覚えとけよタスク。……てめえだけは殺してやるかんな)

 2番まで歌い終えた妙子が怒気を――いや殺意を孕んだ声で告げる。


「うんごめん。ちょっと試したかっただけなんだ」

(言い訳は聞かん。絶対に殺す。どんな手段を使ってもだ。てめえをてめえの血の海に土下座さしてやるからな。――シロ、あんたも他人事じゃないからね)

(わらわまで!?)

(元はと言えばあんたの説明不足が招いたことだろうが)

(わ、わ、わらわは異世界の姫巫女じゃぞ!? そんなことをしたら国際問題になるぞ!?)

(知ってるか? 死体さえ残らなけりゃ殺人は立証できないんだ)


 ……いけない、このコ本気だわ。


「な、なあ妙子……。シロも俺も、決して悪気があったわけじゃないんだよ……」

 なんとか妙子のご機嫌をとろうとしていると、シロが震え声で言った。

(だ、だ、大丈夫じゃタスク。元に戻っても契約は切れぬ。奴隷が主を傷つけることは出来んよ。それこそ、死がふたりを分かつまで)


(な……!?)

「……マジで?」


(言ったじゃろ? 一生を左右すると。じゃからな? タスクからこやつに言ってくれればいいのじゃ。わらわを傷つけてはならんと。な? な? いいじゃろ?)


「わ……わかった。わかったけどさ……」

 そこまでいくと、ちょっと左右しすぎなんじゃないですかね……。


(あたしはずっと……こいつに逆らえない……?)

 わなわなとうち震えるような声で、妙子はつぶやく。

(ずっと……一生……?)


「ちょ……妙子さん……?」

 心配になって声をかけるが、妙子はすっかり放心状態で、俺の声に反応すらしない。


「なんかぶつぶつ言ってるけど、ほんとに大丈夫かな、こいつ……」

(大丈夫じゃないかもしれんが、最低限わらわの身の安全が保証できさえすればそれでよい。問題ない)

「おまえって……」


 うちの嫁が屑すぎる件。


(それにまあ、奴隷の件に関して言えば、こやつはむしろ喜んでるくらいじゃと思うぞ?)

「……今さっきまで死体も残さず殺されそうになってたくせに、何を血迷ってるのかねきみは」

(じゃ、じゃってほら――味、甘いじゃろ?)

「……味?」


 たしかに舌先がすんげえ甘い。最初からかなり甘かったけど、時間とともにその甘さが強まってきてる気がする。鍋いっぱいの果物を煮詰めて糖分だけを凝縮したような、そんな感じ。


(この状態のわらわたちは感情表現の方法が限られるからな。顔つきや身ぶり手ぶりの代わりに、感情は自動的に味覚で表される。好きなら甘く、嫌いなら辛く。辛さ悲しさは酸味苦味で、気分の浮き沈みは熱さ冷たさで表される。たとえば今は……)


 燃えるように熱く、痺れるほどに甘い。


(何かが嬉しいんじゃよ。何かが好きなんじゃよ。この状況でこやつの気持ちを左右するものといったら、な? ひとつしかあるまい)


「奴隷になれて嬉しいって……? あの妙子が? ううーん……」


 俺は腕組みして考え込んだ。

 ひひひひひ……と大釜をかき回す魔女みたいに笑うシロ。


(案外、そなたの・ ・ ・ ・じゃからかもしれんがな?)

「俺の奴隷だから? はあ……」 


 わけがわからん。

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