第9話「傍にいるための努力!!」

 ~~~小山妙子こやまたえこ~~~




 出会いは赤ん坊の頃だという。

 親同士が知り合いだったから、あいつとはよく遊んだ。幼稚園も小学校も、中学校の現在に至るまでクラスが一緒で、ほとんど姉弟みたいな関係。だからあいつのことはよく知ってる。


 小さい時から無茶ばかりするやつだった。

 塀の上を走って落ちる。近所の犬に戦いを挑んで噛まれる。上級生に喧嘩を売って殴られる。

 山籠もりして遭難する。川で泳いでて流される。熱中症でぶっ倒れるなんて日常茶飯事。

 いつもいつも、心配の種の尽きないやつだった。



『嫁Tueee.net』の配信を見て驚いたあたしは、慌ててタスクの家へ向かった。


 たどり着いた時にはすでに遅かった。木造和風の一軒家の周りはすでに、無数のマスコミや野次馬に取り囲まれていた。

 たくさんのフラッシュを浴び、マイクや集音器を向けられながら、タスクは困ったように立ち尽くしていた。傍らにはあのシロとかいう女の子がいて、泣きそうな顔でタスクの服の後ろを掴んでた。


「人類初の契約者に選ばれて、いまはどんな気持ちですか!?」

「対戦相手のラリオス選手はひどい怪我みたいですが、どうお思いですか!?」

「人類の代表としてのお気持ちをどうぞ!」

「シロ選手はどうしてタスクくんをパートナーに選ばれたんですが!?」

「契約方法がキスだってことを知った時はどんな気持ちだった!?」

「不健全な行為が世の中の青少年に与える影響について一言!」


「──ねえ、そこ通してくんない?」

 大人たちの腰をつつくが、

「はあー? ダメだよお嬢ちゃん。いまおじさんたちは仕事中なんだから」

「近所の子供かい? ご覧の通りだよ。今は無理無理。さ、家に帰って宿題でもしな」

「おい待てよ……? このコ、タスクくんの友達とかじゃ……」

「こ……コメントを!」

「タスクくんとはどういう関係!?」

「学校では彼、いつもどんな感じなの!?」

 逆にあたしが報道の的にされそうだったので、慌てて逃げた。


 とにかく入り口には分厚い人だかりが出来ていて、とてもじゃないが子供のあたしが立ち入れるような状況じゃなかった。


「……ふん、なめんなよ?」


 屋敷の裏手に回ると、あたしだけが知ってる垣根の破れ目をくぐり、庭に侵入した。

 飛び石を渡り、小さな池を周り、滑り込むように玄関の前に出た。


「た、妙子……!?」


 驚くタスクとマスコミの間に立ちはだかった。


「……なにこのコ? 邪魔だなあ」

「ちょっと……いま仕事中なんだからあとにしてくれるかな?」

「いったいどこから……この家のコじゃないんだろ?」

「関係ないコはどいてくれるー?」


 カメラのレンズにあたしの顔が映ってる。

 毛の量が多過ぎてもっさりしたボブカット。

 今時コントでも使われなさそうな、やぼったい黒縁メガネ。

 痩せぎすの、地味を絵に描いたような子供。


「あーでも、友達だったらちょうどいいや。聞かせてくれるかな。タスクくんのこと」

「待てよ。こっちの質問はまだ終わってないぞ」

「タスクくん、人類を代表するような形になっちゃったけど、明日からどうするつもりー!?」

「早く答えてよー」


 すうー……っ。

 息を吸い込んだ。

 深く深く吸い込んだ。

 ぎろりと大人たちをにらみつけた。

 タスクのお母さんの教え通り、臍下丹田せいかたんでんに力をこめた。

 

「──渇っ!」


 思い切り声を発した。空気がびりびりと震えるほどの大声だ。

 至近距離にいた中年オヤジと女性リポーターが耳を抑えてうずくまった。


「うるさいよ! 大の大人が小さな子供に寄ってたかって! 恥を知りな!」

 あたしの発声のショックから立ち直れない大人たちに、容赦なく言葉を叩きつける。

「この家の子じゃない!? ああそうだよ! でも関係ないわけじゃない! 友達なんだよ! あいつの友達だからピンチを助けてやりにきたんだ! あんたらみたいな無神経な大人にまとわりつかれて可哀想だから、こうして立ちはだかりに来たんだ! 仕事!? 邪魔するな!? 知ったことか! 子供相手だからって何しても許されると思うなよ!?」


「あ、あなたねえ……大人に向かってその口の利き方は……」

 化粧の濃いおばさんが何か言おうと口を開いた。


「──刑法130条!」

 ぴしゃりと鼻先に叩きつけた。

「住居侵入・不退去罪! 『正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する』! あんたらだってそんな仕事してる大人・ ・なんだから、まんざら法律知らないってわけでもないんだろ!?」


「ぎ、ぎ、ぎ……っ」

 顔を真っ赤にしたおばさんは、悔しそうに歯噛みしている。


「──家の周りを囲んでるやつら!」

 あたしは垣根の外から屋敷内を窺っている連中に向かって呼ばわった。

「こんな夜中にこんな時間に、人の家を取り囲んで平穏な暮らしを妨害したらどうなるかわかるよね!? プライバシーの侵害に傷害罪もおまけしようか!? 刑事じゃ無理でも民事で訴えることだって出来るんだよ!? 脚立を立ててるあんたは軽犯罪法1条23号! ジュースの空き缶を捨てたあんたや、その隣のたばこのポイ捨てしたあんたは軽犯罪法1条27号! 全員まとめて現行犯で逮捕してやろうか!? ──わかったらとっとと立ち退きな! 報道協定結んで出直しな! そしたら初めて相手してやるよ!」


 仁王立ちして立ちはだかるあたしに手を焼いた大人たちは、三々五々と去って行った。

 ぶつぶつ悪態をつく者も多かったが、

「変なこと書いたら名誉棄損で訴えるからな!」

 止めを刺すと静かになった。

 


「ふう……」

 玄関の内に入って戸を閉めると、急に膝から力が抜けた。

「やっちまったぁ……」

 座り込み、恥ずかしさのあまり顔を覆った。

 公衆の面前で、友達だとか助けに来ただとか、あげくに法律がどうとかぶち上げて……。

 明日学校でなんて言われるだろうか……。


「……死にたい」


 がっくりとうなだれていると、興奮した様子のタスクが声をかけてきた。


「妙子! おまえすげえなあ! いやあかっこいいわ! なにあの啖呵たんか、男前すぎんだろ!」

 隣ではシロが頬を紅潮させている。

「す……すごかったぞ!? タスクの友達の妙子と申したか、いやあいいもの見せてもらった!」

 ぴょんぴょん跳ねながら、拳を握って感動を訴えてきた。


 ──天真爛漫な笑顔を向けてきた。


「……やめろ」

「ばっか、シロ。ただの友達じゃねえ。自慢の親友だ」

「そうか! 親友か! すごい! すごいのう!」

「……やめろって」

「そうだよ。妙子はすげえんだ。頭が良くてさ、昔っからなんでもわかるやつなんだ」

「そうかそうか! 博識な感じじゃもんな!」


「──やめろってば!」

 あたしは声を荒らげ、ふたりをはね除けるように立ち上がった。


「……妙子?」

 タスクが不思議そうに声をかけてくる。


「怒ったのか? ごめん……ちょっとしつこかったかな。悪気はなかったんだ。やっぱりおまえは頼りになるぜって言いたかったから」

 ……知ってるよ。あんたはそういうやつだ。

「感謝を伝えたかったんだ。サンキュー親友ってさ」

 ……そう、あたしたちは親友だ。


 だからあたしはあんたの声を聞きたいなんて思わない。

 だからあたしはあんたに見つめられたいなんて思わない。

 だからあたしはあんたに褒められたいなんて思わない。

 積み重ねた努力だって、全然たいしたことない。

 親友だから、ただそれだけ。


 でも親友だからこそ──。


「あたしはそいつを、認めるわけにはいかない」

 

 ──悪者になる覚悟だって、あるんだよ。

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