第4話「ヒーローになりたかったんだ!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




 光の繭の中で、俺はシロとキスをした。


「……っ!?」


 想像以上に、シロの唇は柔らかかった。

 水分に富んでいて瑞々しかった。

 ある種の天上の果物を思わせた。ソーマやネクタルの材料になりそうなレベルの。

 全身が熱くなった。

 頭がぼんやりして、シロとその唇以外のことを考えられなくなった。


「……ぷはあっ!」「……んんうっ!?」

 同時に唇を離した。

 ふたりの間に透明な糸が見えた。


 シロは、ぽーっと上気したような顔をしてた。

「だ……ダメじゃ……途中でやめては……」

 俺の二の腕を掴む手に、力をこめた。


「お……おう……そうだな」

「もう一度……頼む……」


 せがむように顔を近づけ、至近距離で囁いてきた。

 熱い体温が、唇を通して伝わってくる。

 それは電流となって、びりびりと背中を駆け抜けた。


「あ、ああ……もう一度だ……」  

「んむ……っ」


 俺たちは、何度も唇を重ねた。

 重ねるうちに、徐々に互いの体の事情がわかるようになってきた。

 輪郭、体温、弾力性。触れられると気持ちのいいところ。

 重ねるうちに、徐々に体が溶けあってきた。

 手が、足が、お腹が、混じり合うように融合し始めた。


 光の繭がほどけると、俺とシロは一体化していた。


 より正確には、俺がシロの中にいた。

 体は消え、意識だけの存在となって、シロの代わりに体をコントロールしていた。

 視覚が、聴覚が、味覚が、触覚が、嗅覚が。

 新鮮な他人の五感が、情報の奔流となって俺の意識に流れ込んできた。

 それは驚くほどクリアなものだった。

 もとから自分のものだったかのように、違和感ゼロでぴったりフィットした。



「す……すげえええええ! なんだこれ!? なんだこれ!? なんだこれ!?」

 新体験の強烈さに、俺は思わず叫んだ。


(こ……こら、唐突に騒ぐな! 貴様はもう少し余韻というものをじゃな……! その……!)

「すげえすげえすげえ! しっかり意識はあるのにシロの中にいる! むしろシロになってる! 俺が喋るとシロが喋る! 手を振るとシロの手が動く! 足を踏み鳴らすとシロの足が動く! 髪サラサラ! 体も超超柔らけえ! 胸もこんな……あ、いや胸は……?」


(──ううううううううっ!? うるさい黙れ! 黙れ黙れ黙れ!)

 動揺したシロが叫んだ。

 口でじゃなく、心の中で怒ってた。

 でもどうにも出来ないようだった。体の主導権は完全に俺にある。

(余計なことを喋るな! 求められてないのに評価するな! 何かに気づいても心の中だけにとどめておけ! あ、あ、あ……っ? こら、触るな! こら! バカ! 貴様……どこを見ておる!?)


「いやほら……あるのかなと思って……」

 俺は胸から手を下ろすと、巫女服の裾をまくり上げた。

 すらりと白い足の付け根には……。

「やっぱり無……」


(──うっがああああああああああああああああ!)

 シロがたまりかねたように絶叫した。


 唐突に、舌に辛みを感じた。

「か──」

 ベロ全体に唐辛子の塊を載せられたようだった。

「辛ぇええええええええええええっ!?」 

 口から火が出るように辛い。舌を抜いてしまいたいほどに辛い。俺は涙目になった。のたうち回った。

 水! 水はどこだ!

「辛い辛い辛い! 辛い辛い辛い! なんだこれ!? なんなんだこれは!?」


(ふふん! いい気味じゃ! わらわの体を弄ぶからバチが当たったんじゃ!)

「バチ……だと?」

(わらわの感情がそのまま出たんじゃ! 怒ってる時は辛くなるんじゃ! 今は激辛じゃ!)

「感情が味に変換されるのか……じゃあ、普段は甘いのか?」


(………………ふぇ?)

 シロは変な声を出した。

(甘かった……じゃと?)

 そんなバカな……といった口調。

「おう。かなり甘かったぞ? 角砂糖を噛み砕いたぐらいの甘さだった」


(──っ!?)

 辛さの質が変化した。激辛が辛になり、ほんのり甘みを帯びた甘辛になった。少し熱も帯びていた。

「うおっ!? 今度のはなんだ? 甘辛い!? どういう感情の表れだ!? 怒ってるんじゃないならなんなんだ!?」

(な、な、な……なんでもない! なんでもないったらなんでもない! ええいタスク! それより上じゃ! すぐに来るぞ!?)

「お、おう──」


 何かを誤魔化すようなシロの大声。だけど追及している暇はなかった。

 ラリオスはすぐ傍まで迫っていた。


 ズシィィィ……ン。


 ゆっくりとした動きで、大きく足を踏み込んだ。

 重さで石畳が割れた。足先が踵まで埋まった。

 石の体がギシギシと悲鳴を上げた。

 急制動の反動を使い、高々と斧を振り上げた。

 ゆっくりと、だがたしかな重量感を伴って、斧が俺の頭上に降り落ちてきた。


 躱そう。 

 そう思って左へステップを踏んだ──瞬間、景色が変わった。


「うおあっ!?」

 景色が後ろへすっ飛んだ。

 何十メートルって距離を一瞬で移動していた。


「ギ……ギギッ!?」

 斧を振り下ろしたラリオスは、突如視界から俺が消えたことに面食らっている。 


「おおーっと! 青コーナーのシロ選手! パートナーと合体してようやく本領発揮か! まさに韋駄天! とぉぉぉんでもないスピードだー!」

 ゼッカ大黒が煽る。


「すげえええええええ!? 体軽っ! 脚力強っ!」   

 ぴょんぴょこ跳ねてみると、ほんのちょっとの動きなのに、数メートルを跳び上がることが出来た。

 試しに本気でジャンプしてみると、数キロはあるドームの天井付近までを一瞬で上昇した。

「──すっげえええええええええええ!?」


(いやこれは……さすがにたまげたな……) 

 天井すれすれから下方に広がる神殿街を見下ろしながら、シロも一緒になって驚いている。

(歴代の姉巫女様たちの動きもそりゃあ凄まじいものじゃったが……ここまでのは見たことがないな……)


「もしかして、相性がいいってやつか?」

(──っ!?)

 俺の指摘に、シロがびくっとなった。 


「おまえさっき言ってたじゃん。姫巫女は契約者と合一化することによって真価を発揮するって。いままでは相性が悪くて負け続きだったって。俺の動きがいいってんなら、それはイコール、シロと俺との相性がぴったしだってことじゃんか」


 落ち着いていた舌が再び熱くなった。辛さは感じない。ただただ、かーっと熱い。


(む、むむむむむ……き、貴様っ、よくも恥ずかしげもなくそんなことを……っ)

「恥ずかしい? なんで?」

 本気で首を傾げると、シロは(う、う、う……うるさい!)と噛みつくように怒鳴った。

 あ、また辛くなった。


(……ちなみにさっき、何を願った?) 

 緩やかに落下の始まる中、シロが聞いてくる。


「……さっき?」

(さっきじゃよ。合一化した時)

「ああ、あのキ──」

 キスした時、と茶化そうとしたがやめた。シロはあくまで真面目なトーンだった。


「──万能の力だ」

(……万能?)

「そうだ。憧れの英雄の力を想像した。光帯剣こうたいけんを振るい、禁じられた魔法を扱う。不撓不屈ふとうふくつの英雄。『英雄は眠らない』の主人公、火裂東吾ひざきとうご


 落下は徐々に早まる。凄まじい勢いで地上が迫る。耳元で風がごうと唸りを上げる。

 だけどシロの声は聞こえた。とてもクリアに、摩擦も減衰もないように、純粋に頭の中で響く。


(……それじゃな。祈祷世界は祈りと願いにより成り立つ世界じゃ。そうありたいという願望が力成す世界じゃ。軽々しく祈っているだけではダメじゃが、強く重く、それこそ狂気すれすれの願いをこめれば、必ず恩恵は下される。限りなく純粋な依代よりしろである姫巫女を媒介として、力はさらに強められる。そなたの妄想力とわらわの肉体が高度に同調し、緊密に繋がり、結実した。つまり──)


 ──ドン、大きな音を立てて着地した。


 石畳に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。

(──そなたは、無敵じゃ)

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