第51話 砕かれた友情! シャムVS中島!(後編)

 シャムは、キレた。


「おまえがその気にゃら、ボクも本気をだしてやるにゃあ……」


 持っていた縦笛を、


 ゆっくりと咥え、


 息を、体内酸素を、


 強く吹き込む!



 ――ピィッーーーー



 シャムの力強い笛の音が、会場に轟いた!









 ……しかし、ただそれだけであった。







【ザンネンダッタナ、シャム】


「はにゃ!?」


【オマエノツマラナイエンソウハ、モウトックニキキアキテイルンダヨ……!!】


 シャムが鳴らした笛の音は、中島の心にまで響かなかった。

 中島は現役時代、シャムと共に沢山のライブをこなしてきた。シャムの出す音に対しては耳が肥え、感覚が慣れてしまっている。

 生半可なメロディーでは、その心に訴えかけることはできない。

 現状、シャムの演奏が中島にもたらしたものは、何もなかった。



【オマエノオンガクハ、オレニハツウヨウシナイ……】


「そ、そんにゃあ……」


【ソンナアリキタリナエンソウデオレニカテルトデモオモッタカ? オマエ、ナニモ〝セイチョウ〟シテイナイジャナイカ。モットイイ曲ガキケルトオモッタノニガッカリダ。オマエニハシツボウシタヨ】


 ――グオオオオオオオオ……


「にゃ、にゃかじま……?」



【コレデサイゴダ】


 中島の音像は、みるみると膨れ上がっていった。

 高い天井に向かってその身長が伸びていき、あっという間に会場の縦一杯をその身体が埋め尽くしつつあった。



「あわわわわ……」


 対するシャムの心は委縮する。

 自分の存在が、どんどんちっぽけになっていく――。


 肥大化する音像を前に、シャムはどうすることもできない。

 ただ呆然と口を開け、巨大化していく相手を見ているだけ。

 シャムからはもう、その顔が見えない――

 シャムが精一杯天井を見上げても、中島の顔を窺うことすら叶わなくなった。



【シャム……シニタクナカッタラ、モットスゴイ曲ヲフイテミロヨ。オマエガツチカッテキタ‶ロックンロール〟ッテヤツヲ、オレニキカセテクレヨ。ソレガデキナケレバ、ココデサヨナラダ。……オレガオマエヲ、フミツブシテヤル……!!】


 巨大化した中島が、小さなシャムを挑発する。


「あわわわわ……あわわわわ……」


 そしてシャムは、漏らしそうになった。


 シャムはまた、漏らしそうになった。









 些細なことですぐに失禁してしまう……それがボクの悪い癖。







 ハハハ……。



 もういい。



 もういいにゃ。



 漏らそう。



 漏らしてしまおう。



 漏らしたらきっと、中島は許してくれる。


 



 ボクは困難な状況に置かれたとき、いつも漏らすことでそれを乗り越えてきた。


 今回もきっと同じだ。


 漏らせばボクの勝ちなんだ。



 ……やってやるにゃあ。


 漏らしてやる……!


 世界の前で、OMORASHIしてやる……!











 おい。



 待てよ。



 またかよ。



 また漏らすのかよ。



 それでいいのかよ。



 また漏らすのか。






 また漏らすのか?


 ボクはまた漏らすのか?


 漏らして何が変わる?


 漏らして何が変わった?



 まるで幼稚園児じゃないか。

 

 周りが変わるのを期待して、泣いているだけの赤ん坊と同じだ。


 漏らせば周りは変えられるけど、ボク自身は何も変わらない。


 それでいいのか?





 違う……!


 ボクは、甘えたいんじゃない……!


 ボクは、強くなりたいんだ……!





 シャムは、緩んだ股間をぎゅっと締めた。


(ボクはもう、漏らさにゃい……!!)


 シャムは成長した。

 シャムは奈緒たちのバンドに加入してから、たくさんのライブ経験を積んできた。

 それらの内容は、以前のアイドルバンドでは決して味わえない刺激的なものばかりであった――


 破壊と創造、失禁の連続。

 裸、裸、裸。

 何度も恥を晒し、何度も自分をさらけ出した。


‶強い心〟は、既に身に付いている。

 だからもう、漏らす必要はない。


 もう漏らす必要はにゃい!

 ボクは強い!

 ボクは強いんだ!

 もうあのときのボクじゃない!


 仲間なかじま美人局わるさをするようなやわい心は、もう残っていないんだ!


「うおおおおおおおおおお~!!にゃかじまあああああああああああああっ!!」


 シャムはホットパンツの尻ポケットから、一本の笛口パーツを取り出した――――


 宿敵・細径妖子から譲り受けた『竜笛の口ドラゴン・フォルテ』。(※第44話参照)

 戦いの末に授かった、『友情ともだちしるし』。

 漏らし尽くした果てに出会った、『真実ほんとう音色じぶん』。

 漏らし尽くした先に辿り着いた、『尿道いのち出口こたえ』。


「うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 シャムは自前のデフォルトパーツを投げ捨て、『竜笛の口ドラゴン・フォルテ』に付け替えた。


「いくぞ、にゃかじまっ!」


 装備完了チェンジマイセルフ

 その瞬間、シャムの縦笛は横笛へと変化し、場外で雷鳴が轟いた!


禁断いにしえ古代楽曲ドラゴンよ! ボクに力をよこせっーーーーーーーーー!」


 そしてシャムは、割れんばかりの大音量で、力強く息を吹き込んだ!






『忍奏・竜騎夜会ドラグニャイト






【!?】


 現れたのは、神竜シェンランの音像――。


 シャムの鳴らした一音は、一匹の神竜シェンランを生み出した。

 股下の地面から現れたその首が、高い天井に向かって勢いよく伸びて行く。

 巨大化した中島の顔面に向かって、勢いよく加速フォルテする!


「にゃかじまあああああああああああああっ!」


 シャムは神竜それにまたがり、教会の天井へと登り進んで行く――

 右手に持つ笛を剣のようにして構え、中島の顔面へと向かって飛翔する!


【――コイヨ、シャム!!!! オマエノ〝ロックンロール〟ヲ、オレニブツケテミロッ!!!!】


 中島の顔面に到達したシャム。

 大きなシャウトを上げながら、笛を真横に振り抜いた!


「しにしゃらせーーーーーーーーーーーーーーーーー!」




 シャムは、中島の首を切り裂いた!


 音像なので、血は出ない!


 代わりに、黒い音符‶♪〟が飛び散った!



【オウイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ】







「にゃ、にゃかじま……!?」


 切り崩された中島の残像は、宙を舞いながら言葉を連ねた。


【シャム、オマエ、ツヨクナッタナ……スゴクカッコイイ曲ダトオモウゼ……】


「にゃかじま……!!」


【オレハ、アンシンシタヨ。……ツミヲセヲッテ、セイカイダッタ……】


「にゃか――――」


 やがてシャムと中島は、互いに宙で混ざり合い、大音量の不協和音ロックンロールを奏でながら崩れ落ちていった――――


「にゃかじああああああああああああああああああっ!」【シャムウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!】「にゃかじまあああんあんあんあん」【グオオオオオアアアア】「うわああああああああああああああ」【シャムッ!シャムッ!シャアアア】「にゃかじまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」【シャミャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア】「うわああああああああああああああああああああ」【グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ】


 弾丸のような音塊が、五月雨の如く会場に降り注ぐ!

 二人の激しい合奏は、壇上で独奏する中年男性の鼓膜を撃ち抜いた!



「――ッ!? いったい何なんだ!?このやかましい楽曲はッ!?」

 手元を狂わせる折田。

 シャムの楽曲による激しい耳鳴りを受け、思わず耳汁を吹き晒す。

「がっ!? しまった!!」

 集中力の崩壊――

 折田は弓を落とし、曲がぴたりと鳴り止んだ。

 

 結果、音像は消えた――――

 







 否。






 この音像は、中島の魂などではない。


 この音像の正体は、折田の演奏によってもたらされた幻覚症状――

 シャムの鼓膜が創り出した、幻影マガイモノである。


(にゃかじま……! にゃかじま……!)



 中島は生きている。


 獄中の刑務メイトたちと、仲良くやってる。


 当時ビックニュースとなった凶悪事件の犯人として入所した中島は、その大柄な体格と屈強な精神、仲間想いな性格が幸いし、すぐに囚人たちのドンとして皆に慕われた。刑務官たちとも非常に仲が良く、裏の差し入れや禁断の性交渉など、なに不自由なく暮らしている。下された懲役はあと三年。

 楽しくやってる。

 だから心配ない。







【……アンシンシナッセ……】






(ありがとう、にゃかじま。にゃかじまのおかげで、ボクは強くにゃれたよ……)


 天井から落下したシャムは、教会の床上で気絶した。

 持っていた笛はひび割れ、衣服と全身が汗でぐしゃぐしゃに濡れている。


 しかし、失禁はしていない。


 シャムは失禁しなかった。

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