第20話 広告の品(BARGAIN LIVE in the SUMMER)

 東京都ハラジュークの大型最新ショッピングモール『VAVAババモールmarkⅡマークツー』。

 その一階の中央広場では、ヴィジュアル系ロックバンド『クロコダイル・ティアーズ』のインストアライブの準備が着々と進められていた。

 臨時で雇われたアルバイトスタッフにより、アンプやステレオなどの機材がステージ上へと運ばれる。

 同時にその隣では、総勢50名の正社員&契約社員によって三日前から計画的に創設された特設専用販売ブースが堂々と構えていた。

 大量のCDが積まれたワゴンをはじめ、綺麗な服を着たマネキンと試着室、そして三台の大きなレジカウンターが設置されている。




「いかにも商品を売る気まんまんね……」

 特設会場の真横にあるフードコートでアイスクリームをたしなみながら、レイが呆れて呟いた。


「音楽をエサにして金を釣り上げるなんて、そんなのロックじゃないわ」

 フィッシュバーガーセットのフライドポテトをつまみながら奈緒が同調する。

 

「あのクソダセェ柄シャツ、38000円もすんのかよ。完全にぼったくりじゃねぇか」

 500円ワンコインの醤油ラーメンをカッ食らいながらグレンGも同調した。


「みゃにゃあ~!?」

 シャム、失禁する。

 水を飲みすぎてしまった。

「ちょ、ちょっとおトイレいってくるにゃあ~!」



「また?」

 奈緒が返す。

 ここに来てからもう四度目だ。

「そろそろライブが始まるから我慢しなさい」

 腕時計を見ながらレイも返す。

 その針は、ちょうどライブ開始時刻の12:00を指していた。

「む、むりにゃ~!!」

 シャム、忠告を聞かずに走り出す。

 股下からは既にぽたぽたと垂れている。

「あっ、こら!」


「おい、やつらが出てきたぞ!」

 敵の気配を察知したグレンG。

 特設ステージの裏から、『クロコダイルティアーズ』の三人が姿を見せる。






「ハロー、マドモア・エンジェルズ!!」

 黒幸田くろこうだルイ、現る。

 誰がどうみても超美形の長身スーパーモデル26歳女性ボーカリストである。

 自社ブランドの高級スーツやアクセサリを、まるで見せびらかすかのように着こなし、颯爽とステージの中央でなまめかしいポーズを決めた。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 黒幸田さまあああああああああっ!!』『ルイたああああああああああああああああああんっ!!』

 それまでショッピングを楽しんでいたモール内の客たちが奇声を上げる。

 そのメイン層は、オシャレに敏感な10代&20代のガールズ&ガールズ。

 中には30代のマダムや40代のマダムも虜になっている。

 そんな数百名の大群が、一斉にステージ周りへと押し寄せた。


「にゃああああああっ!」

 シャム、観客の波に飲み込まれる。




「みんなー! サイフの準備はできてるかーい?」

『イエーイ!!』

 謎のコール&レスポンスで一気に盛り上がる会場。


「オッケイ! それじゃあライブスタートだ!! 一曲目はこの夏発売の新曲、『THE SUMMER BARGAIN ザ・サマー・バーゲン』! サイフのチャックを全開にして聞いてくれマドモアエンジェルズ!!」

 高らかにオープニングナンバーを宣言する黒幸田。

 その傍らでは、ギターのエリィ・マーキー(22歳・アメリカ国籍・赤髪)と、ドラムの有間ありま次郎じろう(65歳・日本国籍・白髪)が、楽器を持ってそれぞれのボジションにつく。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 悲鳴を上げながら次々と押し寄せる観客。

 その数は既に300名を超えており、勢いが衰えない。




「くそっ、ライブが始まっちまった!」

 あせってラーメンのスープをこぼすグレンG。「あっちぃ!」


「あたしたちもステージにあがろう!」

「ええ!」

 それぞれの楽器を持って駆け出す奈緒たち。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

『黒幸田さまあああああああああああっ!』『エリイイイイイイイイイイ!!』『次郎さまああああああああっ!』『ルイたああああああああああああん!!』

 

 しかし、観客の大群によって行く手を阻まれる。

「ぐえ……」

「なんでこんな人気なの!?」

「ああ、もうっ! じゃまあっ!」



 

 ステージ上では、曲のイントロが流れ始める。

 独りよがりの超絶オシャレギター。

 リハビリテーションのようなスロードラム。

 そんな重低音不在ベースレスの安っぽい音作りサウンドに乗りながら、妖艶な手つきでスタンドマイクを握る黒幸田。

 ショッピングモール全体に、宝塚歌劇団員のような張りのある歌声が響いた。

 

『♪ヘロー、イラッシャイ・ベイビーズ!! この夏イチオシ~のブランニュー・アイテムを見せてあげるよ~♪』


『♪今日~、ミナSUMMERサマーにご紹介する恋人は~♪』


『♪30パーセンテージオフの~水色ブラウス~♪』


 独特な語り口とともにスーツを脱ぎ捨てる黒幸田。

 その身体には、自らがプロデュースしたオリジナルブランドの水色ブラウスを着用している。


『♪オ・ネ・ダ・ン・ナ・ン・ト~♪』


 ――ダララララララ~ダンッ!

 唐突にドラムロールを決める有間(65)。


 わずかな空白、その次の瞬間、ギターのエリィが威勢よくシャウトを挟んだ。「タッタノ8万円デース!!」




『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』『安いイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』『かわいいよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』『ほしい!! ほしい!! あなたがほしいいいいいいいいいい!!』


 ステージ脇に設置されたレジカウンターに群がる観客。

 台の上には、すでに袋詰めされたブラウスが大量に積まれている。

「いらっさーませー!!」「いらっさーませー!!」煽る正社員。「らっせ!」

 サイフを片手に飛び込む観客。「ください!」「ください!」「くださいな!」

 飛び交う札束。「8万円デース!」「8万円デース!」「消費税なしっす!」

 次々と売りさばかれるブラウス。「ありざした~」「まいど~」「あっり~!」

『きゃあああああああああああっ!! やったああああああああああああっ!!』




「ばかな!? あんな100円ショップレベルの布切れが8万円だと!? こいつら、いかれてやがるぜ!」

 大声で罵倒するグレンG。

 しかしその声は、観客たちの怒号によってかき消される。

「タネが分かったわ。彼女たちの醸し出すライブの雰囲気が、お客さんの思考を狂わせているのよ。催眠術みたいな洗脳に近いかもね」

 観客にもみくちゃにされながらも、レイが冷静に分析した。

「こんなの音楽じゃない! ただの実演販売だわ!」

 髪を引っ張られながら奈緒がクレームを入れる。

「た、たしかに……メンバー構成に隙がねぇ。外人と老人を起用することによって、商品のグローバル性や使いやすさを強調してやがる……!」

 グレンG、よくわからない解釈をする。




『♪今年の夏は~暑いから~紫外線が~怖いよね~♪』


『でも大丈夫~♪ ボクの心にはいつもサングラッシ~ズ♪』


 その後も、CMソングのような歌で自社ブランド商品の宣伝を続ける黒幸田。

「ひ、ひどいわ」

「聞くに耐えねぇ……!」

「早く……早くステージにあがらなくちゃ……!」

 苦渋する三人。





 そんな中、ひとりの全裸少女が、突如ステージへと乱入した。





「!?」

 動揺する黒幸田。

 それもそのはず、目の前には16歳の少女の全裸がある。


『え…………?』

 あまりにも衝撃的な演出に、観客たちも動きを止めた。






「服なんかにゃくても、生きていけるにゃアアアアアッ!!」


 シャム、恫喝どうかつする。

 肉声である。マイクなど使っていない。

『…………』

 会場、静まる。






「な、なんてロックな16歳なの……!?」

 驚嘆するレイ。

「あの子、天才かも」

 奈緒がニヤリと鼻で笑う。

「よし、さっさとライブを始めようぜ。あいつが警察にパクられる前にな!」

 グレンG、総括する。

 三人は観客の隙間を縫い、そのステージへと駆け上がる――。


「ウオニャアアアアアッ!! ボクらのライブのはじまりニャアアアアアッ!!」

 シャム、覚醒する。

 その股を濡らしながら。

 

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