6 ジュン

 部屋に戻って、アストロのキーを持つ。

 事務所のテーブルに置きっ放しにされたホテルのライターを持って、誰もいない部屋を出た。

 着信。

「今日は……行かないから。社長のおつかいで昼から起こされたし。片付いて、また仕事だし」


「終わったら事務所で寝るわ……。休みねぇから。ごめんな」


 外に出て煙草に火を点ける。何も食ってなかったことを思い出した。さっき閉じたばかりの携帯を開く。肩に挟んだままアストロのドアを開ける。なかなか出ない。

 シートに座って煙草を灰皿に置くと、携帯から『はい』と小さな声が聞こえた。


「……ジュンだけど」


『……さっきはありがと』


「何しとる?」


『うち』


「店は?」


『五時まで。ジュンが最後だったんだ』


「なんだぁ、言ってくれたら良かったのに」


『何を? ……もう仕事しとるんだよね?』


「まだ待機中。大須に向かうんだけど……会えんかな」


『は?』


「腹減ったんだけど。近所の美味い店教えてよ。……俺、いつも同じ定食屋ばっかだし」


『「ミナ」だでね』


「ミナ?」


『本名。「香織」っつったら、近所で通じないから。ミナって呼んで』


「本名とか、聞いていいの……?」


『ジュンは客じゃないし』


「じゃ何?」


『……』


「笑うなって。大須のどこ?」


『橘小にとめたら電話して』


「橘小学校? 分かったよ」


『ばいばい』


 少し眠たくなるような声で香織が言った。

 じゃなくて、ミナ。


 キーを回す。

 ほとんど暗くなった狭い路地をヘッドライトが照らす。


 俺は、こんな通りで終わらねぇ。


 俺は、変わるんだ。

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