第9話 愛犬たち(6)

 気丈に振る舞っていた妻だったが、日々落ち込みは激しくなり、もう長くないからなどと捨て鉢なことを言うようになった。このままでは、免疫にも障るし、私も仕事や試験準備どころではない。福ちゃんには申し訳なかったが、新しい家族を迎える提案をした。妻はためらっていたが、その日から、1年半前のようにネット検索を始めた。1年半前は3か月探し回った、ましてや、今は鹿児島である。ペットショップの数は、大阪兵庫とは大違い。そう簡単に見つかるわけがないと思っていた。

 新しい家族を探す妻は、みるみる元気を取り戻していった。毎日、仕事から帰ると、私にも検索を依頼した。最後の試験は4か月後、勉強時間がと気になったが、妻が優先だ。探してわずか1週間、仕事から帰ると、妻がノートパソコンを抱えて駆け寄ってきた。

 「いた、いた。」

 子供のような大はしゃぎである。見ると、岩手県久慈市のブリーダーさんのホームページだ。海の近く、後に「あまちゃん」の舞台となった場所である。そこに、まるで子ぎつねの様な、顔が逆三角形の、小さなパーティのポメラニアンが写っていた。

 「ねぇ、そっくりでしょう。奇跡だよ。」

 そうかなと思った。福ちゃんの小さいころは、ポメらしくキツネというよりタヌキ、むしろ家に連れて帰る電車の中で、女子高生がひそひそ言っていたアライグマのようだった。全然似てないと思ったが、妻があまりに喜ぶので思い切って、家族に迎えることにした。


 新しい家族は、飛行機に乗ってやってきた。鹿児島空港に迎えに行った。写真通りのキツネっぽい男の子は、妻によって「宝(ぽう)」と名付けられた。駄洒落じゃん。私はからかった。出身と合わせて宝くじ、この子が幸運をもたらせてくれればいいな。祈らずには、いられなかった。


 宝ちゃんを迎えた妻は、毎日楽しそうに小さい宝ちゃんを連れまわった。この子は福ちゃんと違い、散歩も、人も、犬も大好きだった。福ちゃんのように頑強ではなく、車酔いするは、すぐおなかを壊すは、手のかかる子供だった。ほとんど吠えないおとなしいところと、妻を一番に据え、私を最下位扱いするところは同じだったが。


 新しいことも始めた。妻はミシンと端切れを購入し、いそいそと宝ちゃんの衣装を作り始めた。宝ちゃんに着せて、散歩、躾教室、果てはイベントへの乱入など連れまわした。宝ちゃんは嫌がらず、されるままにしていた。

 一番の思い出は、鹿児島県主催の小型犬おしゃれコンテストの優勝と、zipのダイスケくんのコーナーへの出演である。このおしゃれコンテストは、その後の開催がなく、妻はがっかりしていたが、今から考えると、まるで妻のために企画されたようなイベントだった。

 このころからfacebookも始め、同じくポメと暮らしている人たちと交流を始めた。写真をアップしなければならないので、私はカメラマンとして酷使された。完璧主義の妻は、納得いくまで撮影をやめず、宝ちゃんも私も、いつもへとへとだった。それでも、活き活きしている妻がうれしくて、文句も言わず頑張った。


 私は転職し、鹿児島県の委託で、漁村振興のためのツアーなどの企画運営をしていた。これは会社に机はなく、一週間に2回の打ち合わせと、イベント当日以外は家で仕事していいというありがたいものだった。妻との時間が増え、妻も私も助かった。

 年度末の最後のツアーは、会社にお願いして妻を同行させた。私が企画した夫婦の幸福、健康、長寿を願って、大隅の漁村のほかパワースポットなどを回るツアーである。メインの案内役が見つからなかったので、私が進行管理とバスガイドをした。妻に一度仕事ぶりを見せたかったので、張り切ってやった。ツアーが終わって、どうだったか聞いた。妻は「一生懸命さが伝わってきた。」と褒めてくれた。素直にうれしかった。

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