東北広益文化大学殺人事件

@sonzoku

《資料①:『西川事件』の判決書》

○判決

本籍 Y県S市―(略)―

住所 右同

 西川 昭  昭和三一年七月二〇日生

 右の者に対する殺人、同未遂、傷害、死体遺棄、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件について審理のうえ、当裁判所は次のとおり判決する。


○主文

 被告人を死刑に処する。

 押収してある包丁一丁(平成一三年押第四〇三号)を没収する。


○理由

【犯行に至る経緯】

 被告人は、Y県S市で出生し、幼少時代は特に不自由なく過ごしたが、中学二年のときに同市内の建設会社に勤めていた父親が失業し、両親が離婚した。その後被告人をひきとった父親は再就職もせずに趣味の競馬競輪に没頭したため、生活はしだいに困難をきわめていったが、当初は母親の援助もあり被告人は市内の県立高校に進学した。しかし、父親が利用していた消費者金融等からの借金がかさんだ上にその返済に嫌気がさした父親が失踪してしまったため、高校二年に進級する直前に高校を中退し、飲食店でパートとして働き始めた。さらに飲食店で働くかたわら、それまでの不安定な生活を改めて将来は経済的に安定した仕事に就きたいと考え、中卒者でも採用資格がある国家公務員、郵政外務職員を目指して日夜受験勉強に励んだ。一八歳になると普通自動車免許を取得し、やがて念願の郵政外務職員採用試験にも合格し、昭和五〇年四月から市内の郵便局集配営業課に配属され、その八年後には結婚して二児の父となり、しばらくは順調で安定した生活が続いた。かつての不幸な境遇を本人の努力によって克服し、この頃には将来に対する不安も感じられなかった。

 そのようなときにあって、何十年も行方知れずだった父親が突如被告人の前に姿をあらわし、被告人に債務の保証人になることを懇願、被告人はやむを得ずこれを了承し、こころならずも借金を負うという不運にみまわれた。さらにその事実は勤務先であるS市郵便局の知るところとなり、郵政職員は消費者金融の利用を厳しく禁じられていることから、当郵便局では被告人を懲戒免職処分とし、被告人は二十数年勤続した職場を失うことになった。

被告人が失職した当時その子供は中学二年生となっており、奇しくも被告人の父親が失業したときの被告人と同年齢であった。被告人は父親と同じ道に転落するのを恐れ、すぐに市内の警備会社に就職したが、一連の思わぬ事態に円満だった家庭は崩壊し、やがて妻は長女を連れて家を出ていったため、以後しばらくは、父親、長男との三人暮らしとなった。さらに、警備業では前職ほどに安定した収入を得ることができなかった上に、それをまず父親の借金返済にあてなければならなかったため、家庭の経済状況は逼迫し、次第に生活が苦しくなっていった。そのような事情から、被告人は本業の警備業以外にも新聞の配達・集金や自動車の運転代行業務等を行いながら営生し、子供の養育に努め、借金も完済することができたが、度重なる心労と極度の肉体疲労による心身の故障により、本業副業ともに退職を余儀なくされ、療養生活を送らざるをえない状況となった。独力での生活が不可能となった被告人は一時生活保護を受ける身となり、このとき高校にあがったばかりで市内の公立進学校に通っていた長男は一旦親戚にあずけられたが、一方で被告人の父親は相変わらず職に就かず被告人宅に居座った。

入院と自宅療養を繰り返したのち、被告人が徐々に体力を回復し健康を取り戻しつつあった中、当該事件が起こった。

【罪となるべき事実】

 平成一三年五月一二日午後四時三十分ころ、Y件S市内の被告人宅で、日中から酒を飲んで酔っていた父親が被告人に新たな借金をつくったことを告げ、しかもその貸し手が法外な利子を課す消費者金融で、俗にいわれるところの闇金融企業であったために被告人は驚愕し、加えてそれまでの父親の不甲斐なさ、堕落ぶりから被った数々の不幸な事態に対する憤懣が爆発して父親につかみかかり、怒りにまかせて扼殺した。その途端、被告人の心中に絶望感が押し寄せ、急激に芽生えた自分の人生と運命に対する不満、さらには社会と家庭というものへの不満と怒りにとらわれて完全に自分を見失い、突如台所にあった刃体約十四.〇センチメートルの包丁(平成一三年押第四〇三号)を手に戸外に出て隣家に押し入り、玄関から外出しようとしていたA女(四五歳)の左側胸部を一回突き刺した。さらにそのまま屋内に侵入し、A女の悲鳴から異変を察して居間から出てきた同女長女S女(一七歳)の右頸部を切りつけて突き飛ばしたのち、居間にいたS女の祖母H女(六六歳)に飛びかかり、左頸部と左側胸部一回ずつ突き刺した。続いて二階にいたA女の夫K(四八歳)が階下の騒ぎを聞きつけて降りてきたところを居間を飛び出した被告人が包丁で切りかかったが、かわされて傷をおわせることができなかったため、包丁を投げ捨てSの頸部に両手をかけて首を絞めつけた。

 結果同所において、被告人はA女を心臓刺創からの出血により失血死させ、H女を心臓及び頸動脈刺創からの多量出血により失血死させることによって殺害し、Kを扼殺から窒息死させることによって殺害した。またS女には同市内病院において入院加療約一ヶ月を要する頸部切創及び顔面擦過傷、右足首靭帯損傷及び右手首打撲の傷害のほか、深刻な心的外傷を負わせたが、殺害するには至らなかった。

 その後、被告人は再び凶器を手にして同宅を飛び出し、凶器を携帯したまま路地を逃走した。

【事実認定の補足説明】(省略)

【法令の適用】(省略)

【量刑の理由】

 本件は、被告人が、被告人宅において殺意をもって被告人の実父の首を絞めて殺害、同宅の隣家住人のうち三名を刺傷、扼頸によって殺害した事案のほか、一名に刺傷等によって重傷を負わせた事案である。

 ―(中略)―

 被告人は、本件発生後一旦は事実を全面的に認め反省の言葉を述べていたが、公判開始直前になって一転して実父殺害以外の件を否認し、それらの事案の無実を主張した。しかし諸々の物的及び状況的証拠、参考人等の証言及び供述、さらに本件発生後自首により警察に出頭し全面的に犯行事実を申し出たにもかかわらず、急遽それを撤回した態度が突発的で不自然であったことなどから考え合わせると、本件がすべて被告人による犯行であることに疑いを差し挟むことは考え難い。ゆえに被告人のこの態度は、ここに至って自らの犯した行為と公判廷において下される判決に対し、極度の後悔と不安、恐怖をその心中に生じさせたことによる、事実的根拠のない突発的で感情的な行為であると判断せざるを得ない。

 以上の次第で、本件犯行の罪質、とくにその危険性や様態の悪質さ、残虐性、生じた結果の重大性、社会的影響及び犯行後の情状、その他諸々の事情を総合的に勘案すると、やはり人命の尊さを顧みることなく、感情にまかせて実父を殺害し、そして無関係な隣人三名をも無差別的に殺害し、かつ一名の重傷者を生じさせ、さらに公判中は一部以外犯行を否認するなどして、一連の件に対する改悛の情がうかがわれないことをふまえると、被告人の罪責は限りなく重いものであり、他方で、被告人の殺人行為は計画的なものではなかったこと、実父の失職以来少年期は不幸な境遇の中にあり、それを自らの意志と努力で克服し生計を立ててきたこと、郵便局をはじめその退職後に勤めた職場においても常に真面目に勤務し、家庭を維持するために、また子供の養育のために努力を怠ったことがないこと、にもかかわらず実父の行為が原因で不幸が絶えなかったこと、とくに実父殺害に至る経緯と動機には情状を酌むべき事情が確かに存在すること、犯行時は極度の興奮状態にあり理性による抑制がはたらかなかったこと、前科が全くないことなど、被告人のために配慮すべき諸事情を最大限斟酌し、さらに死刑が被告人の生命を将来に向かって永遠に奪い去る極刑であり、最大究極の刑罰であって、その選択、適用は慎重であるべきことを十分に考慮した上でもなお、本件における罪刑の均衡の見地及び一般予防の見地から、被告人に対しては死刑をもって臨まざるを得ないものを判断する。

 よって、主文のとおり判決する。



  平成一五年一月二〇日


    Y地方裁判所刑事部

          裁判長裁判官 大 野 義 一

             裁判官 上 田 正 敏

             裁判官 佐 藤 裕 己

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