スライド、スリップ、スロープ。

吾妻栄子

公園で

「やっぱり怖いよ」


 初めてやってきた公園の滑り台の上で、マーロンは大きな目いっぱいに涙を浮かべてマイケルの腕にしがみついた。


 小さくて痩せっぽちな体つき。

 アフリカ系アメリカ人特有の、ミルクチョコレート色の肌。

 黒いウールの様な縮れっ毛。

 クリクリした大きな瞳。


 お揃いのミッキーマウスの笑うTシャツに半ズボンを履いた二人は、まるで互いに鏡で映した様によく似ていた。


「あはは、見ろよ、怖気づいてるぜ」


 下の砂場から少し大きな子供たちが囃し立てる。


「怖いなら、さっさと降りてうちに帰れよ」

「ここは俺らの基地なんだからな」


 どうやら自分たちの遊ぶ公園に新参者が来たこと自体が気に入らないらしい。


「ここで引いちゃダメだ!」


 マイケルは厳しい顔つきで、涙目のマーロンに耳打ちする。


「でも……」


 マーロンは再び眼下を確かめる。


 春の空はまだ青というより淡い水色だ。

 しかし、強まる日差しを浴びた銀色の滑り台の坂は、まるで父親の引き出しに仕舞われたナイフの刃の様に鋭く光っている。


 つい二日前、父親の留守にこっそりそのナイフを取り出して眺めていたところを見咎められ、二人ともベルトで尻を引っ叩かれた。


「このチビどもめ!」


 常日頃はこの幼い双子が母親とお休みのキスを交わす時でさえ目もくれないのに、

 そんな風に殴る時だけは父親は二人を固く捉えて放さない。


「あいつの腹から出てきて二人分食い扶持を増やしたかと思えば、揃って悪さばかりしやがる!」


 熱した銅さながら赤黒くなった父親の形相と焼け付く様な痛みを思い出して、

 マーロンは尻から背筋に震えが駆け上がるのを感じた。


「これくらい、どうってことないさ」


 マイケルは肉薄の小さな肩をちょっと竦めると、こちらもクリッとした円らな目を細めて笑った。


「僕が先に滑って見せるよ」


 言うが早いか、マイケルはTシャツの背を見せて屈み込む。


 シャーッと画用紙をナイフで勢い良く裂くのに似た音が、マーロンの耳内を走った。


「ほら!」


 砂場に着地したマイケルは、両手を真っ直ぐ空に揚げてマーロンを振り返った。


「やってみれば、何てことないだろ!」


 ツヤツヤしたチョコレート色の顔をしたマイケルと真っ黒な影法師が、乾いた真っ白な砂の上をピョンピョンはねる。


「お前、すべんのうまいな」


 先ほど囃し立てていた年かさの子供たちが次々その周りに集まってきた。


 人の垣根を飛び越す様に、マイケルは跳ね上がって手を振った。


「マーロン、次は、君の番だよ!」

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