かみさまのいない天国
葬儀で遺族に声をかけるのが苦手である。
遺族や死者に対して礼を失せぬようにしつつ、自分が悲しんでいることを伝えなければならないのだが、これが難しい。
たとえば、死者の宗派によっては、使ってはいけない、とされている言葉がある。
「冥福を祈る」や「天国」などがそれにあたり、インターネットでもいろいろと書かれている。
宗旨にそぐわない言葉の使用について結論から書けば、使っても問題はない。
参列者として、葬儀の場においてもっとも大事なことは、自身の真心を遺族に伝えることだ。
遺族に、亡くなった者の死を悼んでいることが伝われば、それで十分である。
逆に、すらすらとよどみなく遺族に声をかける者のほうが、葬儀の場では不似合いだ。
言い替えると、死者や遺族の宗教観や死生観がわからないのならば、その点に触れなければいい。
「お悔やみ申し上げます」がいちばん無難だ。
ただ、死者や遺族が宗教に熱心であったり、言葉遣いにうるさい人であったりしたことを、事前に知っていたのならば、話は別である。
「神もいないし、天国もない。死ねば無になるだけだ」と、日ごろ言っていた人の葬儀の場で、「天国で見守っていてください」というのは避けたい。
とにかく、自分のできる範囲で、遺族や死者へ寄り添う姿勢が大事であり、言葉の使い方・知識の有無は二の次である。
もちろん、正しい表現を広めることはわるいことではないので、他人を不快にさせない範囲で勝手に「啓蒙」すればよい。
細かい言葉の話に移ると、「冥福を祈る」は、故人に対して使う言葉であり、まだ生きている遺族の「死後の幸福」を祈ってはいけない。
冥はもともと、くらい(dark)の意で、そこからあの世・死後の世界という字義が派生した。
冥福の場合は、死後の世界の意で使われているが、冥に「(光がなくて・道理に)くらい」の意味があるため、使うべきではないという者がいる。
この、冥の字義に基づき、「冥福を祈る」を使うべきではないとなると、たいていの漢字には、何だかんだとマイナスの字義があるので、葬儀の場で使う言葉に悩むはめになる。
いまの日本でいちばん尊い言葉である「民主主義」「国民主権」の民にも、くらい・おろかの字義がある。
よって、冥にくらいの意味があるから使ってはいけない、という意見には賛同できない。
個人的には、「冥福を祈る」という言葉で気になるのは、「冥福」よりも、「祈る」のほうだ。
複数の宗教では、その宗旨のなかで、死後の幸福が確約されている。
確約がされているのに、第三者が「幸福になりますように」と祈るのは、その宗教と信者に疑義を唱えているように映る。
付け加えると、死にマイナスではなく、神のもとへ行く(戻る)、プラスのイメージを持つ宗教もある。その場合は、死者にとってその死が悲しいことであるような物言いを、死者や遺族にするのは避けたほうがよい。
ただ、やはり繰り返しになるが、故人が
死者の死後の幸福が約束されていたとしても、生き残った側が悲しむことを拒む宗教はないだろう。
ならば、遺族には「お悔やみ申し上げます」と、彼や彼女が亡くなり悲しく残念に思っている、自分の気持ちだけを伝えるのが、まちがいのないふるまいだ。
天国という言葉については、仏式の葬儀では避けたほうがよいとされている。
宗教に関心の薄い者は、心配や苦しみのない死後の世界くらいの意で使っているが、やはり、聖書的宗教(ユダヤ・キリスト・イスラム)の神の国のイメージが強い。
ところで、有名人が死ぬと、SNSに「ご冥福をお祈りします」や「天国」の文字が
その時にいつも疑問に思うのだが、書き込んだ人たちは、天国や神の存在を信じているのだろうか。
おそらく、深く考えずに、有名人の死を悲しんでいる自分の感情を表現しただけの人が大半だろう。
多くのつぶやきは、「私は悲しいです」に置き換えても文意は変わらないはずだ。
だからと言って、日本人に無神論者が多いとは思わない。
日本人は無意識的に、神の存在を認めているように見える。
聖書的宗教の信者とのちがいは、神との間に明確なドラマと約束事がないぐらいであろう。
天国のイメージも人それぞれだ。寒い国と熱い国でも大きく異なる。
明確な神を持たない人々が、天国という言葉を何度も口にするうちに、管理者(神)のいない楽園で、死者が何をするでもなくのんびりしている姿が、私の中で思い浮かぶようになった。
神のいない天国。さて、はじめから神はいなかったのか。ならば、どうやってできたのだ。自然にできたのか。
創造神によらず、自然に、いつの間にか天国ができたという考えは、日本人に合いそうだ。
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