第6話 ラスボス様の再就職先

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 正午きっかりから午後十三時まではお昼休憩及び一時の閉館時間。

 午後の部に備えての束の間の休憩。

 門を閉じ、鍵を閉め。テーブルの上の書類を手短に片し、ティーセットを用意して、貰い物のフィナンシェを自家製のストロベリーティーに添えれば、穏やかで優雅なブレイクタイムの出来上がり。


 そよ風と小鳥のさえずりがまたナイスなハーモニーを奏でてくれて、ええ、ええ、なんとも質の良い休憩にしてくれています。


 これこそ至福の時であると、心安らかに目を閉じていたところに廊下を蹴る乱暴な足音が割って入って、これまた乱暴に応接室の扉が開け放たれるという。


「――んなあ、小包みきてるぞハナちゅあん」

「ノックなさい! あとせめて廊下は静かに歩きなさいこのお馬鹿!」


 空気も読まずに扉から顔を出す、着崩したスーツに黄金のリーゼント頭。涙が出るほど品のない出で立ちの馬鹿、もとい部下に私はもう数えるのも止めたいつもの言葉で対応。

 もおおおお。何度言ったらわかるんですか。


「いーだろ別にい。今休憩時間なんだから」

「生ぬるいんですよ。礼儀礼節、一般常識、基礎基本、そういうのは休み時間だろうが日頃からいつ何時でも心がけるものなんです、接客の初級編ですよ……それで?」


 やれやれと眼鏡をかけ直して、ティーカップで部下の片手に収まっている郵便物を指せば。


「これ、アンタにだって」


 デイリグチは空いた方の私の手にそれを放ってくる。


「あちょ――! 投げるんじゃありませんこの無礼者! 壊れたらどうするんです!」


 キャッチできたからいいものを……、郵便物を放り投げるなんて全くしようのない。

 ……うん……? この感触。


「大きさの割には軽いですね、どなたからでしょうか」

「この前のおっさんからだってよ」


 湯気立てるカップをソーサーに置き戻し。

 丁寧に梱包された小包みに目を向ければ、見覚えのある達筆に宛名。


「まあまあ、なんと」


 先日のあのお客様からではないですか。


「ハハハ! あん時は面白かったよなァ! アンタ柄にもなく慌てふためいちまってよォ! 脇汗でびっちょびちょになって‼︎」

「なにを言いますかお馬鹿が! あなたなんて嘔吐して自滅したくせに。ほんと肝心な時に使い物にならない、伝説の聖剣の名が大号泣ですよ、あんまりここで調子乗ってるとあるじ様に報告しますからね」


 それだけは勘弁して欲しいと、一気に強張る部下の顔。


「ま……。結果オーライだからいいだろ!」

「そうですねぇ。今回のことで私も色々と根回しができましたし」


 言って、ティーセットの隣に畳んでおいた今朝の新聞を広げてみる。

 見出しには『人気職勇者のシステム改定決定、ライセンス制度導入開始は来月より』という太文字。


 不動の人気職であった勇者という役職で不正を働く者の続出防止、またはそれを取り締まる為に年に一度のライセンス更新。厳密な適性検査と実技、筆記試験が追加されるという仕組み。


 更新できなかった者は自動的に権利、役職を剥奪。また、各地での不正行為も今後は厳しくジャッジされ。盗賊紛いの目に余る強奪、町民、村人等の非戦闘者に無差別に危害を加える行為を働いた場合は免停あるいはペナルティを課される。……という、ほうほうなかなか良いではないですか。


「え……なんそれ、勇者のシステム見直されたの?」

「まあ、運営様に掛け合ういい口実でしたよ」

「まさか上にチクッたってのか⁉︎」

「ええ。色々と各地で不満の声を耳にしていましたし。いい機会だと思い、あの日の会話ログ、スクリーンショットも全て保存して重要書類と共に全て送信させて頂きました。こんなに早く見直してくれるならばもっと早くに動くべきだったと後悔しておりますよ」

「仕事はええな……つか、アンタこええわ」

「人聞きの悪い。物理的に力になれないのならば裏方から力を行使するまでです。それが下界とあちらとを繋ぐ私の役目……フッフッフゥ、規制が厳しくなれば半端なものは振るい落とされるのみ。なまぐさ勇者ザマァってとこですね……!」

「アンタ自分が馬鹿にされた腹癒せじゃねえのそれ」

「まあ。勇者は本来、読んで字のごとく『勇しき者』が真に掲げることのできる仕事なので。自らの私利私欲で動く紛い物などなる資格がないのですよ。遅かれ早かれ、勇者という流行職はこうして取り締まるべきではあったのです」

「フーン。ま、苦情が減るならそれに越したことねェんだろうけど」

「この結果に結び付けられたのも、ひとえにあのお客様の活躍のお陰でございます。新しいお仕事の方、順調にこなされていると良いのですが……」


 と、あの日に思いを馳せながら。

 小包みの封を破る。


 かれこれ一週間前のあの出来事。


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