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「えええええ!?」


 驚かれる方もいらっしゃいますが、『村人』、及び『町民』、『国民』は共にお仕事の一つとして括られます。

 エキストラみたいなものですけど。


「実際それって、どうやって働くものなんですか」


 おや、身を乗り出されて、興味を持っていただけたようですね。


「『村人』は、ヒントや重要事項、お得な情報を零し、勇者や、冒険者、旅人など、遠方から来た見かけない人物を引き立てることを生業としています」


『ここらで見かけない顔だね、旅人さんかな?』とか。

『北の森は、恐ろしい魔獣が出るから近づかない方がいいよ』とか。

『ああいそがしい!』とか。

『装備品はきちんとセットしないとこうかがないよ』とか。


「こういった如何にもな台詞を話しかけられるたびに何度も吐きます。あとは、モブらしく一定の範囲を行ったり来たりしながら、よそ者が去るのをじっと待ちます」

「む、村の人たちっていつもそんなことして過ごしてたんですか!?」

「いえ、24時間そういった行動をとらなくてはならないわけではありません。勇者が去れば、みんな普通に生活を続けていますよ。あと……これはよくある話ですが、村人の家の宝箱や壺なんかは、勇者のためにあるようなものですので、壊されたり盗られたりしても、知らん顔、またその現場に居合わせたとしても背景の如く見て見ぬふりが、村人の基本になりますが」

「ちょ、そこ怒っちゃだめなんですか!?現行犯なのに?」

「怒っちゃだめです。通報も厳禁です」

「それおかしくないですか!盗人は捕まえるのに、勇者はOKって」

「まー、一応勇者は世界の危機を救うものですので、大目に見られているんですよ」

「そ……そうなんですか」

「稼ぎとしてはあまり安定はしないので、別のジョブを掛け持ちされている方が多いようです。お店じゃないので、一人二人そこからいなくなっていても気づかれませんしね」

「はぁ……他のはどんなものがあります?」

「そうですねぇ、これもエキストラ系のお仕事ですが、『屍』なんかもありますよ」

 と、言ったところで。

 飲みかけていた紅茶をぶしゅっと勢いよく吹き出してしまうお客様。


 え、私なにかおかしなことでも。


「し――屍ェ!?屍って、あの!?」

「ええ、あの屍です」

「あれもお仕事なんですか!?」

「ええ、あれもお仕事です」

「ええええええええええッ!?それ、何が得なんですか!?」

「得といいますと、特にこれといって利益があるわけではありませんが、何もしていたくない人向けのジョブではありますね。なんというか、こう……背景と一体化して、話しかけられても無言で良いので、極端にシャイだったり、対人恐怖症の方にはもってこいです。家で何もしたくないのに、お母さんに煩く怒られてしまう無職の方にもうってつけだと思われます。ただ、全身が腐っていますので、悪臭には我慢が必要です。あと、蘇生系の魔法をかけられると、昇天します」

「デメリットだけしかないじゃないですかそれッ!」


 え。あれ、なんかお客様怒っていらっしゃる?


「あ、いや……大きな声出してごめんなさい。変わってるなぁと思ってつい……」

「いいえ。こちらこそ、ご希望に添ったお仕事を紹介できず、申し訳ありません」

「ああ……いえ、そんな」


 どうやらもう一度、希望する項目を纏めてみた方がよろしいみたいですね。


「……はい、お願いします」


 今現在のお客様のご希望は。

 争いに発展することのない。かつ、特殊なスキルを必要としない、弱い人の助けとなり、頼られるお仕事。と――。


「そんな仕事あるんでしょうか……?」

「ええ、ありますよ。紹介したのはほんの一部ですから、もう少し絞ってみましょう」


 梯子に登って、本棚からまた数冊一覧書を取り出して。

 それらを両脇に抱えて戻ると。

 お客様はどうやら入り口付近の壁に掛けてあった絵画を眺めているようでした。


「いい絵ですね」

「おや、お客様は絵画にご興味が?」

「そこまで詳しくはないんですが。なんとなくいい絵だなあと……これ、ハナヤマダさんが?」

「いえ、こちらは贈り物でございます」


 こう、日々様々なお客様をお迎えしていると、たまにお土産を頂けるのですが、食べ物でない限り溜まっていく一方で、かと言って物置に置くわけにもいかず、定期的に交換して飾っているんですよね。


 彼の目に止まったそれは、確か有能な絵師が描き残していった風景画で、故郷の花畑を描いたものだとか。


 繊細なタッチで描かれた丘に咲く花々と、駆け回る野うさぎ達、優しい日差し、春の暖かさを感じられる一枚です。


 そう感じたのは私だけじゃないらしく。


「すごく暖かい絵ですね」


 今まで何かと難しい顔をしていた彼は、そこで初めて安らかな表情になり、その絵の世界に浸っているようでした。


 芸術とは時に、存在だけで他者の心を和ませる、実に素晴らしい。


 と言いたいところですが、うーん、お客様の元気を取り戻す私の役目を掻っ攫われた気がして少し腑に落ちないような。


「よろしければこちら、差し上げましょうか?」

「え?いやあ……あの絵は僕なんかには勿体無いですよ。でも……あったかい気持ちになりますね、こういうのを見ていると」


 丘の絵を眺めながら、そこで彼は少し鼻を啜る。


「僕、実は生まれも育ちも氷魔の里で、一歩もあの土地から出たことがなかったんですよ。噂には聞いていましたが、ああいう場所が本当にあるなんて、想像できませんでした。でも、憧れてはいたんです、もし自分が魔王を辞めて自由に生きることができたなら、ああいう、綺麗でお日様が当たる、暖かい場所で、暮らしたいと。それができたら、ほんとうに幸せなんだろうなあ……と」


 重苦しい鎧や、仮面を外して。武器を捨てて。

 浴びたことのない日の光を浴びて生きる。


「それがお客様の夢なんですね、とても素敵な夢じゃあないですか」

「ええ……でも、きっと無理なんですよ」


 俯き彼は小さく笑う。


「僕のこの外見じゃあ、こんな場所は似合わない。ああいう場所でいくら生きたいと願っても、きっと怖がられますよ、鎧も仮面もなければ、僕はサーカスの猛獣使いか、ゴロツキにしか見えないんですから」

「ヴァルヴァロイ様……」


……自覚あったんですね。


「すみません、時間を取らせてしまって。ハナヤマダさん、僕がやっても違和感のなさそうな仕事ってありますか、僕、それでいいです。なんでもやります、文句も言いませんから」

「お客様、なにをおっしゃるのです」

「所詮見た目なんです、僕みたいな奴は、あまり高望みしないで、ちょっと妥協するべきなんですよ。なりたいものになろうとしても、理想と現実は違いますから、それに、無理して背伸びして、他の人の迷惑になるくらいなら、外見に見合った職に付くべきなんですよ……」


 言い進める度に表情が暗くなっていく彼。

 むぐぐ……これはカビが生えそうな勢いです。

 ですが、このお客様、外見の事を気にしながら今まで生きてこられたのでしょう。この弱気もそこからきていらっしゃるのですね。


 どんな人も、長い年月を掛けて苦悩してきた障害や物事があると、心もそれに伴い歪んでしまうものです。


 そんな彼の心を一方的に否定することなど、私はできません。


 ですが。


 この館。この役職。転職手続きにおいて。


 私、『妥協』という言葉は一切認めることができないのです。

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