新たなる日々

第5話 出会い

「帰れ!」

「バーカ」

「一名様、動員隊行きぃ」

「ギャハハハ」

 受験生たちで埋まった狭い玄関口で、あっちこちから罵声が投げられている。なかには足払いまでかけている奴がいる。

「ちきしょぉぉぉぉ!」

 周囲の連中をすり抜けて、男子が一人飛び出してきた。鼻水まで垂らしながら嗚咽をこらえている。

 手当たり次第に周囲の人間をかきわけて、玄関にむかっているけど、人の波の力には逆らえない。時折、体力のありそうなやつにはじき飛ばされている。

 その背を笑い声が追っていた。一人が叫んだ。

「会場番号を間違えたんだってさ~」

 下卑た笑いがわき起こった。せせら笑うやつばかりで、気の毒に思う人はいそうにない。

 ひとりライバルが減った、くらいにしか考えていないんだろう。

 そいつが入り口の僕のそばまで来たとき、力任せに少し前にいた女の子を押しのけた。

 その勢いで僕の足を踏んで倒れかかった彼女は、

「ごめんなさい!!」

 と言って僕の腕をつかんだ。

 かわいらしい口から吐く息が白く僕にかかった。ずんぐりした作業ジャンパーからみえる手はほっそりとしていて、かなり痩せている。

「謝るのは君じゃなくて、あいつのほうだし」

 そういった僕は、彼女のマフラーになりそうなくらい長い髪、深い知性を感じさせる瞳にどきりとした。足の痛みなんかどっかに行ってしまった。

 ぶつかった勢いから本当に体重がないのがわかる。だいぶ食べていないらしい。

 食べていないのは僕も同じだったけれど。



 勉強に燃えた一ヶ月半は瞬く間に去って、受験当日になった。

 今年も毎年のように観測史上最大の雪が降って、正月には青森市が豪雪に沈み、この地方でもまだ雪が続いている。温暖化? は?

 受験会場は受験校ではなくて、市内の公共施設に分散している。しかも、はがきに書いているその会場まではかなり遠かったし、除雪は無くなっていたから早めに家を出た。

 かなり早く着いたはずなのに、受験会場の正面玄関には痩せた、いかにも体力はないけど勉強だけはできます風の学生が集まっていた。たぶん僕も同類だったんだろうけど、そいつらは全員が自信満々にみえた。

 僕はといえば、不合格になってどこかの田舎で肉体労働をしている自分の未来を想像して、恐怖におののいていた。

 多分、いや間違いなく、そんなところでは中学以上にイジメ大好きなやつらがたくさんいるはずだ。それこそアクマ王みたいのがごろごろいるんじゃないだろうか。

 だから、僕は絶対に受からないといけない、と腹をくくった瞬間、列の前で騒ぎが起きたんだ。

 玄関を飛び出した騒動の主は会場を出て、ものすごい勢いで走り去っていく。

 僕は心の奥底では気の毒に思ったのだけど、周囲のヤジに押されて何も言えないでいた。

 でも、彼女はそこにいた集団のなかでたった一人、走り去る少年の背を深い同情のこもった目でみつめてこう言ったのだ。

「あの人、間に合うといいわね」


 今でも自分が信じられないんだけど、僕は恋に落ちた。

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