第2話 それは決まったこと

 カッちゃんが言った。

「俺は逃げない」

「僕もだ」

「シュウもがんばるよな」

「カッちゃんほどじゃないさ」

「いつも助けてもらって……」

「お互い様だって」

「カズオが俺たちをいじめるのはなんでだと思う」

「そりゃあ、成績も悪いし体格もアレだし、なんつーか弱いからだろ」


 中学二年にもなれば、自分がどうあがいても、“そっち側”の人間でないことくらいはもう身に染みてわかっている。

「俺たちが将来、成功するからだよ……やつらはそれをねたんでる」

「よくわかんないけど」

「ちょっと……座っていいか」

 カッちゃんはまだ息が苦しいみたいだった。

 僕たちは一階と二階の階段の踊り場から二つばかり下の段に並んで座った。

 古ぼけた床板があちこち割れている。踊り場の天窓から傾いた陽がさして、あたりをオレンジ色に染めていた。

「俺は、絶対に将来成功する。やつらは成功しない。やつらはそれを知ってるのさ。ビッグになった未来の俺には誰もかなわない。だから今の俺にケンカを仕掛けてるんだよ」

「なんかの予言?」

 カッちゃんはいまどき珍しい読書の虫で、そんな空想話が大好きだった。

 僕はゲームのほうが断然好きだったけど、いつも話はきいてあげた。カッちゃんも僕のゲーム談義にさも興味がありそうに耳を傾けてくれる。


「俺は成功するのがわかってる。やつらには未来がない」

「未来のことなんかわからないよ」

「いや、証拠はあるんだ。本に書いてた。トップになった人はみんな言ってる。子供の頃からそうなると決めたんだってね。でも事実は逆なんだ。そんな未来が見えたから、必死になって努力したのさ。遠くに明かりが見えるとそっちのほうに歩いて行くみたいにさ、もう決まってるんだよ」

 ちょっと恐くなった。

 ずっといじめられたせいで、カッちゃんは頭がおかしくなってしまったんだろうか。

 階段に座り込んだカッちゃんの背中にちりの浮いた天窓の光が落ちている。廊下の暗がりで一人だけスポットライトが当たっているように見えた。

 振り向いたカッちゃんの顔つきはいたって冷静で、何かを固く信じている目つきだった。

「未来の俺と今の俺はつながってるはずだ。だから俺が将来成功するってのは周囲のやつらにもなんとなくわかるんだろ。だからイジメるのさ」

 僕は黙っていた。よくわからないし、今はなんの希望も見えなかったからだ。

「こんどその本貸してやるよ」

「うん」

「俺は絶対にお前のこと忘れないぜ。将来困ったことがあったら絶対に助けにいく」

「もう僕の未来が真っ暗みたいじゃないか」

「ごめん」

 同じくらいイジメられていたのに、カッちゃんは自分の未来を信じていた。勇気があるなと思った。

 よろよろと腰を上げたカッちゃんに手を貸して、正面玄関に下りた。カッちゃんの靴箱を開けると外靴に犬のウンコが入っていた。もれなく僕の靴にもだ。

 本日も定常運転です。

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