涼宮ハルヒのオレオ

太刀川るい

涼宮ハルヒのオレオ


「キョン!小説を投稿するわよ!」

 SOS団の部室にハルヒの声が響いた。新団員騒動や、俺の中学時代の同級生、佐々木をリーダーと仰ぐもう一つのSOS団による怒濤の攻撃をなんとか切り抜け、続く鶴屋家の大花見大会も無事に終えて、やっと一息つけると思ったら、これである。


「おや、涼宮さん、文芸部の会誌づくりがお気に召したようですね。あの作品群をどこかの雑誌に投稿しようとでも言うのですか?」いつもの笑みを浮かべて、古泉が詰碁の手を止める。楽しそうだな古泉。お前は自分の得意分野が当たったからあの会誌作りに良い思い出しかないかもしれないが。こっちは大変だったんだぞ。二度とやりたくないね。


 しかし、ハルヒは乗り気なもんで、

「甘いわね、古泉くん。今の世の中はウェブなのよウェブ!会誌なんて小さなものに閉じこもってちゃだめよ。我々SOS団も本格的にウェブで作品を発表していくべきだわ!」などとまくし立てる。

 国木田の科目別役立ち学習コラム12本が北高生以外に有益だとは到底思えないが、朝比奈さんの童話は結構良いかもしれない。あの愛らしさは文字だけになったとしても画面からにじみ出ることだろう。長門の書いた無題1から3がどう受け取られるかは解らないが……

 しかし、あれは会誌を作らないと長門のいる文芸部が廃止されてしまうからやっただけに過ぎなく、俺達は文芸部でもなんともないのだが。


 しかし、ハルヒはすでにあの時の「編集長」の腕章を点けて、パイプ椅子にふんぞり返っている。

「ウェブ小説が流行っているって聞いて探してたら、なんと今度新しく出来るサイトがあって、そこでコンテストをやっているのよ。これに応募するっきゃ無いわ。コンテストに出すなら新作がいいわね。賞金もでるのよ」

 賞金、やはりそれが目的か。しかし、新作を投稿するのか? 大変じゃないか? それよりかはあの会誌に載ったやつをいくつかまとめて載せたほうが良いと思うが……


「当然、会誌に載せたのも投稿するわよ。でもこれはジャブよ、ジャブ。SOS団の超面白い作品を世に知らしめるための、軽い様子見ってわけ。ここからから先が勝負よ。これで読者を引きつけて、そして待望の新作で一気に支持を獲得するのよ」

 そう、うまくいけばいいがね。俺はもうすでに諦めの境地に達している。反対しようが何をしようが、ハルヒはアクセルを全開にしたブルドーザーのようにやりたいことを推し進めるだろうし、地震でも台風でもそれは止められないだろう。人智を超えた人間型の災害に立ち向かってもくたびれるだけなのはこの一年でよく学んだ。俺は自分にお鉢が回ってこないことを祈りつつ、シンプルにまとまったデザインのサイトを眺める。


「ほら、有希も、書いてみない? 前はホラーだったけれど、今度は自分の好きなジャンルで書いていいわ。SFでもなんでも。今度は読者受けを狙ってみましょうよ。そうね、目標としては、サイトのランキング一位とか」

 目標がでかいな。もうちょっと実現可能な目標にしてやったほうがいいぞ。

 長門は分厚いハードカバーから目を上げる。その首が数ミリ動いたような気がした。それは肯定のしぐさなのだろうか。本物の宇宙人によるSFに興味が無いと言えば嘘になる。どんな凄い作品になるのだろう。


「みくるちゃんは前に書いた感じで良いわ。中々雰囲気もよかったし。まあ恋愛小説とかでも良いんだけれど」

「ふぇえええ? 恋愛、ですか?」朝比奈さんの可愛らしい頬が、かあっと赤くなる。朝比奈さんの秘められた恋愛観、もしそれが文章の形で世にでるならば、世界の出版事情を大きく変貌させることになるベストセラーになることは間違い無いだろう。ぜひ読みたいが、他の有象無象には読ませたくない。ジレンマだ。データだけ貰ってフォルダに待避させて実は非公開とか、出来ないものなのだろうか。


「僕はまた、ミステリで行きましょうかね。前書いたものを載せるなら、少々改稿したい部分がありまして」古泉がにこやかに笑う。

「いい心がけね。原型を留めないぐらいに変えちゃっていいから!」

 前回と同じように、ハルヒは自分では書かないつもりのようだった。まあ、奇々怪々な理論をアップロードされないだけでもマシと言うべきか……


 何はともあれ、我々SOS団のウェブ投稿サイトへの挑戦はこうして始まった。断崖絶壁の未踏峰に学校指定のジャージで挑むような無謀なクライミングが始まって一週間。鶴屋さんの書いた冒険小説は中々の評判で着実にアクセスを増やしているが、それ以外はというとそれほどぱっとしない。

 長門のホラーも、古泉のミステリも数回評価されただけで終わり、谷口のオモシロエッセイは未だに0PVだ。タイトルとキャッチコピーだけで面白くなさそうな雰囲気を察したのか、誰一人としてクリックをしていない。ネットの諸君、賢明な判断である。あれを読むくらいならまだ新聞に挟まっているマンションの販売チラシを読んでいた方が面白い。

 なお、俺の恋愛小説は編集長の独断により非公開となった。「女子小学生のプライバシーを公開しちゃいけないでしょ?」だそうで、だったら会誌の時は良かったのかよと俺は思ったが、まあハルヒも時々は常識的なことを言うのだ。俺もその判断に賛成だ。

 しかし、当のハルヒはと言うと……


「あーもう、何よこのオレオっての! 三文字しか無くて、全然ひねりもオチもないじゃない。なんで我がSOS団の自信作がこんなのに負けるのよ」

 ランキング上位の作品について文句を言っていた。

 ハルヒが憤ってるのは、SFジャンルで急激にランキングを駆け上がってきた「オレオ」という作品だ。本文は「オレオ」の三文字しかなく、そのシュールさがユーザに受けて半ば悪戯的に高評価を受けている。

 ハルヒ、諦めろ。これが民主主義だ。そしてインターネットというものはこういうもんだ。全校朝礼でふざけたポーズを取る中学生みたいに、みんなこういうネタに面白がって点数をつけるのさ。

「だからってこんなのを許してちゃだめよ。みんな本気で勝負しているのに。運営管理がなってないんだわ。担当者の首が飛ばないかしら」

 物騒だなおい。ハルヒはひとしきり不満をぶちまけると、「いいわ、こうなったらこれより面白いのを作ってやるんだから。キョン! 貴方の新作は出来たの? キーボードを叩く手が止まっているわよ」

 俺は真っ白なテキストエディタから目を離す。そんなことを言われても、思い付かないものは仕方がない。大体、前の時だって苦し紛れに昔あったことを書いただけだ。それに今回は注文が難しすぎる。やれ展開が遅いだの、ファーストインプレッションが必要だの、前回以上にハルヒのチェックは厳しくなっている。


 長門が本を閉じるのを合図にして、SOS団の活動は終わる。

ハルヒは「明日までに、プロットを最低3つはあげなさいよ! いいわね!」と言い残してさっさと部室を出て行った。


「ちょっといいですか」1バイトたりとも進んでいないテキストエディタを閉じて、帰ろうとした俺を古泉が呼び止める。

「なんだ。こっちはプロットを考えるのに忙しいんだ。余計な話は後にしてくれ」と俺はうんざりした口調で言う。

「涼宮さん、どうやら今回はそうとう入れ込んでいるようでして」

 だろうな、見れば解る。

「そして動かないランキングに対する鬱憤も相当溜め込んでいるようです」

 はじめてまだ一週間だろ。そんなにすぐ評価されるようなものでもない。ハルヒはせっかちすぎるんだ。いつものことだが。

「まあ、それは良いのですが。問題があるのは閉鎖空間の方で……」

 いつものハンサムスマイルはそのまま、古泉の目が猫のように鋭くなった。


「閉鎖空間で横浜駅が無限増殖を開始しました」


(次回更新:「古泉一樹の横浜駅」に続く)

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