8月 ニート、里帰りできない

 七月の終わりに、地方に住む親から電話があった。今年の盆休みは実家に帰ってくるのかの確認だった。俺は液晶画面に実家の電話番号が表示されただけでビビりまくりだったが、出なかったら余計に面倒な事になりそうだったので、勇気を出して通話ボタンをタップした。

 実家になど帰れるはずがない。幼馴染はどうせ俺の進路を聞いてくるだろうし、親には就活をしていると嘘をついている。それに、盆休みは居酒屋の稼ぎ時でもある。暑気払いだの、同窓会だので予約がいっぱいで、人手が必要な時期だった。うまく回せばボーナスももらえるかもしれない。俺にとって盆休みは休みなどではなく、この先を生き延びるためのラッキーチャンスなのだ。

「アンタ、今年は帰ってくんの?」

 母親の声は特に心配しているという感じでもなく、ぶっきらぼうだった。

「あの、就活が長引いてて、盆休みとかそういうのないんだ」

「ああ、そうなの。でも、お盆は会社もお休み入っちゃうでしょ。何するのにそんなに忙しいの?」

「面接はないけど、対策とかしたり、夏季集中の就活セミナーとか行ったり……」

「あっそう。じゃあアンタが急に帰ってきてもおいしい物用意できないからね」

「あ、はい」

「じゃあね」

 通話はあっさり切れた。

 うおおおおおおおおおお!!

と、俺は心の中で叫んだ。緊張した! 面接より怖いわ! いきなり電話かけてくんな!! 死ぬかと思ったわ!

 とにもかくにも、俺は最大の難関を回避することができた。

 今年も実家に帰らなくていい。大学時代も盆休みは旅行したり合宿したりの日々だったので、何かと理由をつけて実家に帰っていなかったのだ。親戚付き合いも嫌いだし、東京には修学旅行の時しか来たことがないような田舎くささ丸出しの幼馴染と会って変な空気になるのも嫌だし、それに、今の俺は親に合わす顔がない。

 よし! 今日はバイトもないし、書こう! 次回作のヒロインは自信あるんだよなあ! なんてったって、俺は今、バイトをしていて、中国人留学生の女の子の同僚と一緒の空間にいるんだからな! 仕事が終わってから話したことはないけど。

 人と関わるとは何と素晴らしいことだろう! 気まずい相手とでなければ悪くはない。新しい出会いは未来への希望を生み出してくれるし、執筆の題材を見つけることもできる。

 俺はノートパソコンの電源を入れて、軽やかなタッチでさらさらとタイピングしていった。自信と希望に満ち溢れた今の俺が書く文章ならきっと面白いと思ってくれる人がいる。そう信じて、書き散らした。データが重くなり、古いノートパソコンは時々動作を停止した。俺はこまめに上書きして、いつパソコンが落ちてもいいようにした。六月の時とは違う高揚感があった。キャラクターが生き生きしている感じがあった。他人と会話したことが活かされているのだ。うんうん、その調子だ。この作品なら確実に最終選考まで行ける気がする……!

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