5月 ニート、友達と話が合わない

 ピロリン、と懐かしい音がする。スマホの通知音だ。俺は乗ってきた執筆の手を止めて、すぐに内容を確認する。

【ゴールデンウィーク飲みに行こうぜ!】

 大学時代に一番の友達だったサークル仲間からの誘いだった。俺は即座に返信する。

【いいね! 絶対行くよ】

 俺以外のメンバーからの返信はかなり時間が経ってからだった。おそらく会社の昼休みだろう時間に投稿された俺と言い出しっぺの祐介の投稿はすぐに既読が何件か着いたが、返信する余裕はなかったらしい。定時上がりに返信するとか、深夜になってからスタンプだけ投稿するとか、反応は様々だった。

 結局のところ、ゴールデンウィークという五月病発生装置のような連休がある会社に就職したメンバーの方が少なく、日によっては行けるが、行けない可能性の方が高いという返信が多かった。俺はその投稿を見た時は何とも感じなかった。知らなかったからだ。新社会人というものが今どんな生活をしているのかを。


 学生時代によく利用した居酒屋で飲もうということになり、いつも通りの時間にいつもの場所に集合ということになった。俺はその日、皆に会えるという嬉しさでそわそわして執筆どころではなかった。たまにはそんな日もあっていい。要は新人賞の応募締め切りにさえ間に合えばいいのだから。

 集合場所に行くと、学生時代は奇抜な服装をしていた中野がさっぱりしたコーディネートで佇んでいるのを発見した。俺は遠くから本人かどうか確認しながら恐る恐る近づいた。

「よお、佐久間。お前何にも変わんねえな」

「やっぱり中野か! ああ、ビックリした! 何だよお前その格好」

「いや、社会人にもなって全身ピンクはねえかなと思って」

「今日くらいいいじゃねえかよ! 大学の連中と飲むんだから」

「俺の会社、この近くだから、誰かに見つかるとまずいじゃん」

「ああ……そうだよね」

 その後も続々と人は集まり、俺含めて五人で飲み会は始まった。

 メンバーは言い出しっぺの祐介(いつも何かを提案するのはこいつ)、学生時代はピンクの服しか着なかった中野(こだわりが強くて意見が対立すると絶対に折れなかったはずなのに……)、仕事上がりに急いで来てくれたフラッペ(某カフェで働いていたことからついたあだ名が段々変化してこうなった)、地方の会社に就職し、今日のためにわざわざ新幹線で来てくれた松田(何をするにも必死だけどいつも楽しそう)、そして俺だ。

 俺以外、全員就職している。

「じゃあ、とりあえず生で!」

「俺もー」

「え? あっ、俺は……レモンサワー……」

 最初の飲み物の注文の時、俺は気付いた。これは今までの大学生のノリの飲み会ではない。社会人になった奴らの愚痴大会なのだと。

「俺、仕事始めてからビール苦手じゃなくなった」

「俺も俺も。なんかさ、勝手に上司がビール頼むから断れないよね」

「注いでもらったりされちゃうと飲まなきゃって思うしな」

「俺、元々ビール好きだからそれは平気かな。それより上司の饒舌の方がどうでもいいっていうか、早く帰りたいし」

「……」

 何だこれは。祐介も中野もフラッペも松田もまるで別人だぞ。会話についていけない。ビール飲みたくなかったら言えばいいじゃねえかよ。飲めない振りとかしてさ。そんなことすらできないくらい上司って怖いのかよ……。社会怖い……。

「佐久間は今何の仕事してるんだっけ?」

 俺は急に話を振られてビクッと飛び上がってしまった。

「え? 何?」

「今どうしてんの? 皆心配してるぞ、お前卒業式の時も内定取れてないって言ってたじゃん」

「就活してるの? 希望留年は……してるわけないよな。一緒に卒業式出たし」

「あ、ああ……俺は……その……」

 俺はその日ラノベ作家を目指して部屋に籠って執筆しているとは口が裂けても言えなかった。

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