第22話 始まりの街への帰り道

「非情に困ったことになってしまった」

そう独り呟きながら状況を確認する。


予想外に工場の窓を突き破って飛び出したところまではよかったのだが、その直後に自動迎撃の効果が切れてしまったのはかなり痛い。

自動迎撃の効果があれば絶影の効果を微調整しながらどこかに降りることも出来るのだが……。

だがこうなってしまったものは仕方がないので周囲に建物がない場所で大雑把に速度や方向を調整しながら止まろうと試みる。


今落ちている方向とは逆方向に絶影を発動させて速度を落としてから地面と空へ交互に効果を発動させ地面に降り立つ。

「フベッ」

着地する瞬間思ったよりも横方向の速度が落ちていなかった様でそのまま10mほどゴロゴロと転がってようやく止まることができた。

ふと気づくと視界の端に通知マーク、開いてみるとウィンドウがポップしてきた。


サブクエスト【囮】

をクリアしました。


これだけ、報酬も何もない、ただのお知らせでした……。


それにしても此処はどこなのだろう……?

気になって広域マップを開いてみると現在地はエーアストから100km程離れた場所だった思った以上に離れていた、自由落下状態で進み続けるのだから当然と言えば当然なのだが。

プロシャンとは逆方向だが距離的には同じくらいの場所、さてここからどうやって帰ろうか、


絶影を利用して飛んでいくというのは相当な時間の短縮にはなるが遠慮したい手段だ、といって他に移動手段がある訳でもないので大人しく歩いて帰ることになる。


とぼとぼとエーアストにむけて歩きながら何か移動手段はない物かと考える。

と言っても僕が持っているスキルで移動に使えるのは絶影だけなのだが……。


先ほど分かったことだが絶影は長距離の移動には向いていない。

というのもどうやら絶影の落下には空気抵抗が作用しないらしく速度が上がり続けるのだ。

なぜそんなことに気付いたのかと言えば経過時間と移動距離からなのだが、自由落下時に空気抵抗があれば速度は人間なら体重にもよるが時速100~200km前後で空気抵抗により加速しなくなるだろう。

それが先ほどの移動では3分足らずの間に100kmを移動しているので時速5000km前後で移動していたということになる。

空気抵抗がそもそもこのゲームの物理演算から除外されているのか絶影だけ空気抵抗が無いのかは不明だが……とにかく長距離の移動に絶影を使うのは能力の制御的な意味であまりよろしくない。

なら短距離の移動ならどうだろうか?


空気抵抗のない自由落下は質量に関係なく落下距離、落下速度は重力の強さと経過時間で決まる。

10秒程度なら移動できる距離は500m程度で速度も時速350km前後、逆向きに絶影を発動して速度を殺せばある程度制御できるのできそうだ。


という訳で試してみた。


軽くジャンプしながら絶影を進行方向に発動させて10秒後に絶影の効果を逆向きに掛ける、速度が落ちたところで絶影を解除して地面に着地してさらに速度を殺す。


上手くいった、傍から見ると相当へんな動きで高速移動しているのだろうけど、かなり上手くいっている。

計算上最高速度は350km程だが平均時速は150kmちょっとといったところだろうか、これなら40分ほどでエーアストに到着するだろう。


早々に移動についても解決して鼻歌交じりに絶影の高速移動を繰り返していると視界にウィンドウがポップしてきた。


内容はというとロータスからのメッセージで

「おきた!!」

という簡潔過ぎる物だった。


それに対して簡単な現状報告を書いて返信すると直ぐに

「じゃあ頑張って帰ってきてねー」

と返ってきた。

まぁいつも通りの反応だ。


そんなこんなで20分程移動していると街が見えてきた。

エーアストまではまだ距離があるので知らない街だろう。


少し寄ってみるのもいいかもしれない、ロータスへの連絡もしてあるし多少帰るのが遅れても問題はない、というか今日約束がある訳でもないので今日中に戻ればいいのだ。

そう考えて絶影の発動時間をさらに短くして速度を落としつつ見知らぬ街へと向かう。




十分に速度を落としたつもりだったのだが感覚がマヒしていたのか街の入口で止まることができず勢いよく転がって街の中へ……突っ込むことはなく門番と思われる兵士二人の交差させた槍に勢いよくはじき返される。

「ぶべっ」


「何者だ!!」

起き上がるのも待たずに誰何の声が響く。


「通りすがりの吸血鬼です……」

何とか起き上がりつつ返したのだが

「吸血鬼?怪しいな、ちょっと一緒に来てもらおうか」

何か間違えたのだろうか?直ぐに取り押さえられてしまった……。


なんだろう、今日はひょっとして厄日なのだろうか?


見知らぬ町の自警団の詰所にて何故か強面の自警団員達に囲まれて質問をされている。

目の前の団員は疲れた様子でため息を吐きながら質問を重ねる。

細かな部分は違うが代替聞かれている内容が同じ事でループしているのだから精神的に疲れるのも分かるのだが、こちらも本当のことを言っているだけなのでこれ以上どう答えていいのかわからない。

「それで?なんで街に突っ込もうとした?」


「突っ込もうとしたわけじゃないんですけど少し加減を間違えて……」


「お前は少し加減を間違えただけであんなスピードで走れるのか?いくら吸血鬼って言っても俺が知ってるやつにそんな馬鹿げた身体能力を持った奴はいないぞ?」


「他の人と比べたこともないので分からないですけど……」


「はぁ……この街へ来た目的は?」

通算62回目のため息を吐く団員、ため息を吐くと幸せが逃げていくというけれどその話が本当ならこの団員は向こう数年分の幸せを取り逃がしているのではないだろうか?NPCに幸せなんてものがあるのかはわからないが……。

なんて暇すぎて団員の吐いたため息の回数を数えながら既に定型文と化した答えを言う。

「たまたまこの街を見かけたので立ち寄ってみようと思っただけです」


数度目の同じ答えに団員が盛大に溜息を吐き頭を抱えたところで部屋のドアがノックされる。

「誰だ、今取り調べ……失礼いたしましたディサロ少尉」

ドアの近くにいた団員がうんざりした様な態度でドアを開け、ドアをノックした人物を確認するや否や直ぐに態度を改める。

だが最初の態度が気に入らなかったのかディサロと呼ばれたその男は不機嫌さを隠すことなく要件を告げる。

「誰だじゃねぇよ、何時まで取り調べに時間かけてんだタコが、そいつにちょっと用がある」

そう言って僕の前までくると

「ついてこい」

とだけ言って先に部屋を出てしまう。


慌てて後を追い無言で先を歩くディサロの後ろを黙ってついていく。

大した時間はかからずに別の部屋へと通された。

殺風景と言うほどではないが物が少ない部屋だ、応接用の物と思われるソファーと執務用であろう机がぽつんと置かれている。


中に入ってドアを閉めるとディサロは直ぐに口を開く

「単刀直入に聞く、お前はコルヴォ・ホーカーという名前に心当たりは?」

ここでコルヴォさんが出てくるのか、というかフルネームは知らなかった。

「コルヴォさんを知ってるんですか?」


「こっちの質問が先だ」

ディサロは手でソファーに座るのを勧めながらも厳しい口調で言葉を重ねる。

「心当たりも何も何度もあってます」


「コルヴォの事はどこで知った?」


「エーアストでコルヴォさんから訓練を受けていたので」


「なるほど……この街へ来た目的は?」

ふむふむと頷きながら質問を重ねてくるディサロ

「エーアストに帰る途中に見つけたので寄っていこうと思っただけです」


「お前、この辺のことは知らないのか?」


「知らないも何も始めて着た場所ですから」


「なるほどな、なら出してやるからそのままエーアストに帰れ、用がないならこの街には残らない方がいい」

よくわからないが僕を騙そうとしている訳でも無さそうなので素直に忠告を受け取っておこう。

「分かりました」


「何かコルヴォに伝言はあるか?」

コルヴォさんに伝言……つまりディサロはコルヴォさんと連絡を取る手段があるということか、ひょっとするとコルヴォさんもこの近くにいるのかもしれない。

だが今は用事がある訳でもない伝言は特にない。

多少言いたいことはあるがそれは次に会った時に直接言えばいいだろう。

「いいえ、特には」


「そうか、なら直ぐに出るか」


「はい」


ディサロさんに連れられて自警団の詰め所を出る。

そのまま街の中を突っ切って僕が突っ込んだのとは逆側の入口まで案内される。

来たときは自警団員に連れられていたのでよく見ていなかったがこの街はエーアストと比べて余所余所しいというか排他的な雰囲気を感じる。

それが、この街の設定なのかゲームの進行度的な意味で此処にいるのが相応しくないという暗示なのかは分からないが、次にここを訪れるのは当分先の事になるだろう。


「じゃあな……とまだ名前を聞いていなかったな同胞」

同胞?どういう意味だろうか、と疑問に思っていると彼の口元にちらりとだが吸血鬼特有の牙の様な犬歯を見て取れた。

「ベルです」


「俺はディサロだ、次合うときはもうちょっとましな状況で会えることを期待してるぜ」


「同感です」


「じゃあな」


「ええ、それでは」


ディサロさんに見送られて街を出る。

この出会いが後にこの仮想世界でどんな結果を齎すのかは分からないが、ディサロさんとは近いうちにまた会う様な気がする。

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