第20話 暗殺ギルドへ

ロータスとアリスと共に街へ戻る。

アリスは未だにウェルターさんの所属する暗殺ギルドのアリスに対する疑惑がなくなったわけではないので安全のために僕のコートを羽織ってフードを被っている。

初期装備のコートだし表現の曖昧なフレーバーテキストの隠蔽効果とやらがどこまでの物なのかは分からないが何もないよりはましだろう。


特に問題もなくエーアストへと到着して初めてウェルターさんと会った屋台の並ぶ場所へと向かう。

朝早いということもあって流石に屋台も殆ど出ていないのだがタイミングが良かったのかウェルターさんを発見した。


「おー、誰かと思えば嬢ちゃん達か」

「僕は男だって……」

「あっ……そうだったな、それより後ろのそいつは?」

ウェルターさん完全に僕の事を男だって忘れて無かったか?

まぁそれは取り敢えず置いておくとして、街中では誰に聞かれているかもわからないので(聞いている者のスキルによっては無意味だが)一応声を潜めてアリスだと言う。

それと同時にアリスがフードを少し上げて顔を見せるとウェルターさんは納得したように頷く。

コートの隠蔽効果も十分使えるものだと頭の片隅にメモしておいて話を進める。


計画指示書を取り出して下水道であった事をウェルターさんに説明する。

一通り説明すると、ウェルターさんは屋台に準備していたアイテムをすべて仕舞うとギルドに伝えてくると言い残して大慌てで去っていった。

フレンド登録もしておいたので何かあれば向こうから連絡があるだろう。


取り敢えずの目的は果たしたので、下水道の戦闘で手に入れたアイテムを売るために武器屋へ

拳銃2つとクロスボウ2つに矢と弾丸にアクセサリーやら薬やらを売って得た金は金貨12枚と銀貨数枚、どうやら銃と弾丸がなかなかいい値段だったようだ。

売らなかった銃はあの盗賊もどきのリーダーが所持していたものでそこそこの性能なのでロータスが買いとるという。

売ればそこそこの金になるがロータスから金をとる気も起きないので何か良いアイテムが出たときに譲って貰うことに。


新しい武器を手に入れて上機嫌なロータスは早速試射ついでにクエストに行くというのでここで解散、アリスは暗殺ギルドに連絡が回るまではまだ堂々と歩き回る訳にはいかないので僕についてくる流れになった。

そろそろソフィアさんもログインしていると思うので一度訓練所を覗いてみよう。



訓練所に入ると予想通りソフィアさんが居た。

「あら、ベル君こんにちはそっちのNPCの子は?」

「こんにちは、ちょっと訳ありで一緒に行動してるアリスです」

「そう、こんにちはアリスちゃん、よろしくね」

「よろしくお願いします」

軽く挨拶を済ませたところで僕とソフィアさんはナイフ訓練を、アリスも射撃場で訓練をするということなのでその代金を纏めて受付で払い訓練開始となった。


実戦形式での訓練はいつも通り、違うことと言えばレベルアップの恩恵で自動迎撃発動時少し動きやすくなったことくらいだ。

休憩をはさんだところでウィンドウがポップしてきた。


ウェルターさんからのメッセージのようだ。

内容はギルド関係者への連絡が完了したのでアリスが素顔を晒して出歩いても問題ないということ、それに加えて今回の件でギルドから部外者の僕にも報酬を出してくれるということなので一度暗殺ギルドに来てほしいとのこと。

夜に暗殺ギルドに立ち寄る旨を返信して訓練へと戻った。


たまに休憩をはさみつつ訓練を受ける事数時間、再びウィンドウが視界の隅にポップしてきた。

訓練中だったためそれに気を取られて攻撃を受けてしまったが集中力を欠いた自分のせいなのでこれを言い訳にはできない。

そのまま続けて数戦して訓練が終わった。

ソフィアさんにお礼を言って射撃場で訓練をしていたアリスを連れて訓練所を後にする。


訓練が終わった事をメッセージでロータスに伝えてからふとさっきのウィンドウの事を思い出した。

システムログを確認して先ほどのポップしてきたウィンドウを開く


所要訓練時間を超えたためスキル【ナイフマスタリー(自警団:初級)】を獲得しました。


あれ?もしかして結構重要なお知らせだったのか?

取り敢えず詳細を見てみよう。


ナイフマスタリー(自警団:初級):

自警団の訓練所で一定時間以上ナイフ訓練を受けた証。

ナイフ系武器の攻撃力に僅かにボーナスを得る。


マスタリーというから補正値の上昇を期待したのだがそういう訳ではなかったようだ。

だがこれは嬉しい、それに初級ということは中級や上級があるということかもしれない、それに自警団とわざわざ書いてあるということは他の組織での訓練所で同様のスキルが獲得できる可能性もある。


ウィンドウを眺めて考え込んでいるとアリスが声をかけてきた。

「急にどうしました?」

「いや、なんでもないよ」

そう返しつつアリスの顔をみて重要なことを思い出した。

「あ、さっきウェルターさんから連絡があってアリスの指名手配は取り消されたらしい」

「え、ほんとですか!?」

驚きの表情のアリスに頷いてやると飛び跳ねて喜ぶ。

「それで、アリスはこれからどうする?」

「んー、そうですねぇ特に目的もないですし、お邪魔でなければ一緒にいさせてもらえますか?」

「あぁ、構わないよこれからもよろしく」

「よろしくお願いします」

と、会話が終わったところでウィンドウがポップしてきた。

今日はやけにポップの多い日だな……取り敢えず見てみるか。


・NPC【アリス】が仲間になりました。

これにより

・該当NPCとフレンドと同様の連絡機能の使用

・該当NPCのプレイヤーPTへの加入

・該当NPCのプレイヤー所属ギルドへの加入

が可能になります。


おぉう、これまた割と重要な事な気がする。

なんにせよシステム的にも正式に仲間だと認められたということだろう。

この事も含めて今日の成果報告をするために早くロータスと合流するとしよう。


いつものように街の噴水広場で待ち合わせをしてロータスと合流した後、ウェルターさんの所属する暗殺ギルドへ向かう。


エーアストに本部を持ちこのゲームの舞台となっている国モリドールのほぼすべての街に支部を持つ国家軍や自警団と並ぶ大組織、暗殺ギルドヤタガラス、裏家業系のギルドだがその存在は知れ渡っていて、報酬を出せば害獣の討伐や用心棒等の仕事を請け負うため街の住人からの信用もそれなりに厚い。

そんな組織の本部であるーー裏家業系のギルドだがなぜか街の中心地に堂々と佇むそのーー建物の前に僕たち3人は立っていた。


それにしても堂々とし過ぎだろう……。

そんなことを考えながらヤタガラスの本部を3人で眺める。

って、アリスは元々ここの所属じゃなかったのか?今更驚くこともないだろうにと思って横に立つアリスの表情をみるとどうやらこの建物の存在に驚いているのではないようだった。

口元は固く引き結ばれていて見るからに強張っている。

自分の所属していたギルドであり、命を狙われていた相手でもある、緊張するのは当然だろう。

そんなアリスの肩を軽く叩いてから建物の入口へと歩き出した。

今頃はアリスの嫌疑も晴れているはずで心配することなどないのだ。


建物の中へと入り受付でウェルターさんに呼ばれた旨を受付嬢のNPCに説明すると数分もしないうちにウェルターさんがやってきた。

「よく来てくれた、悪いな本当ならこっちから出迎えに行くべきだったんだが指名手配の件とかもあったし、なによりギルドマスターが直接会いたいらしくてな」

ここで言うギルドマスターとはウェルターさんは個人でヤタガラスに所属しているからNPCのヤタガラス代表者ということになる。


挨拶も済んだところで建物の奥にある手動エレベーターへと通される、このゲームではある程度高い建物はそれなりにあるのだが昇降は階段のみでエレベーターがある建物と言うのも珍しい。

ハンドルをぐるぐると廻してエレベーターを上昇させるウェルターさん、そういえば手動のエレベーターを動かすのは重くないのだろうか?この世界に魔法的な便利道具はなく物理法則もスキルの能力を覗けば現実世界と同じなのだ、全員分の重量が掛かっていることを考えれば相当な重労働だろう。

ちょっと気になったので軽々とハンドルを回すウェルターさんを見つつアリスに聞いてみたところ。


「このエレベーターはトラクション式と言ってワイヤーの両端にこのかごとカウンターウェイトを取り付けて滑車で釣り上げているのでさほど負荷はかかりませんよ、この人数なら私でも楽々上げれます」


とのことだった、その辺の技術はよくわからないが現代のエレベーターと同じ構造だということはなんとなくわかった。


そんなやり取りをしているうちにエレベーターは最上階である7階へと到着する。

ウェルターさんに廊下の一番奥の部屋へ案内される。

ウェルターさんが部屋のドアをノックすると誰何もなく

「入れ」

と一言女性の声が返ってきて部屋の中に通される。


部屋の中は如何にも高級そうな調度品が並んでいるが派手という訳でもなく落ち着いた雰囲気の部屋だった。

だがその部屋には声の主であろうギルドマスターの姿はなかった。

声は確かに聴いたはずなのだが部屋の中には今入った僕たち以外誰もいない。


「やあ私はシグ、ここのギルドマスターをしている」

声は聞こえるのだがやはり姿は見えない、何処かに隠れているのかそれとも透明化や相手に認識できない様にするスキルでもあるのか……。

そう考えたのだがその予想は外れていたようだ。

「何処を見ている、私はここだ」

声の聞こえてきた方向を見れば、奥にある事務机の上の調度品の一つなのかと思っていた小さなアンティーク人形が存在を誇示するかの様に飛び跳ねていた。


目の前の動くアンティーク人形ことシグは恐らく異形種ドール。

呪いや祝福と言った効果時間の長いバフ・デバフスキルの多い種族で支援系の職と相性がいいのが特徴だが高レベルで取得できる呪い系のスキルにはかなり強力なものもあり1対1の直接戦闘でも十分戦えるとロータスが言っていたのを思い出す。

つまりこんな人形でも油断していい相手ではないのだ。


「取り敢えず其処に掛けると良い」

その体躯に似合わないハスキーな女性の声で椅子を進めてくるシグ。


全員が椅子に座ったところでNPCのメイドらしき人が紅茶を運んできて配膳を終えてメイドが部屋を出たところでシグが口を開く。

「ベル君、まずは今回の件について君がこのギルドにもたらした情報とアリスを救ってくれたことに礼を言っておこう、ありがとう」

そう言って小さな体で優雅に礼をするシグ。

「いえ、成り行きでこうなっただけですから」


「理由はどうあれこちらの利益になったということだ礼はさせてもらう、それとアリスについてだがそいつはそんなんでもそこそこ優秀なギルドメンバーでね出来れば戻ってきてほしいんだが、いいかな?」

これは僕に言う必要はないと思うのだが……何かの契約などがある訳でもないのだ、これはアリス本人が決める事だろう。

「アリスが良いなら僕は構いませんけど」

そう応えると「ふむ」とシグは一つ頷くと

「だそうだがどうかな?」

今度はアリスに問う。

そんなシグにアリスはきっぱりと

「私はギルドに戻るつもりはありません、今回の件でベルさんがウェルターさんに払ったお金の事もありますがこの命を救ってもらった恩がありますから」

と答えた。


「ふむ……まぁこのギルドに敵対する意思がないならそれでも構わないさ、その恩とやらを返し終えてから戻ってきても良い、なんならベル君がこのギルドに所属してくれてもいいんだけどね」

優秀なギルドメンバーの回収のついでなのだろうが職業的に暗殺ギルドに所属するというのもありだろう。

まぁ今ここで決める必要はないけど。

「考えておきます」


「そうか、良い返事を期待してるよ、それから今回の件の礼だが少々少ないが金を用意した」

そう言いながらどこからともなく自分の体の半分ほどの大きさの袋をどこからともなく出してくるシグ……どうなってんだ?

「よっこらっせっと……中身は金貨150枚だ、あとはギルドメンバー専用の訓練所の使用を許可しよう」

特に断る理由もないのでお礼はありがたく受け取っておくとしよう。

「ありがとうございます」


それで用は済んだらしく後は軽く雑談をしてヤタガラス本部を後にした。

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