第24話 結婚しよう

「ゴースト。起きられるか」

「ん~……あと五分……」

 あの恐怖の後も散々蹴りを食らい続けた私は、明け方になってようやく微睡まどろんでいた。ゴロリと寝返りを打って背を向ける。逞しい腕が、私の肩を揺さぶっていた。

「しかしゴースト、もうみんな起きているようなのじゃ」

 腕が背中に回って、あの恐怖がフラッシュバックした私は目をバチッと見開く。

「クリステ!」

「おっと」

 本能で逃れようとしてベッドから落ちかけた私の腕を掴んで、プラミスが助けてくれた。

「大丈夫か、ゴースト」

「あ……プ、プラミスか。ありがとう」

 礼を言って、身を起こす。二度も風呂に入ったのに、この一瞬で私は冷や汗をびっしょりとかいていた。

「さっき、ディレミーンが来た。もうみんな起きてるようじゃ」

「そうか。今、用意する」

 私は、蒼い胸当てを身に着けた。まず背中側に胸当てを着け、革紐を編み上げる。その後、くるりと正面に回せば、出来上がりだった。こんな時、AAカップは便利だ。ざまあみろ。


 私とプラミスは、これ見よがしに腕を組んで部屋を出た。ところがクリステは、何処にもいなかった。

 ディレミーンは、見てはいけないものを見たように、そわそわとこっちを見たり目を逸らしたりしている。う……ディレミーンには、誤解されたくない気がする……。

「おはよう。……クリステは?」

 私は思わず、コージャスタスに訊いていた。

「私に訊くな! あんな女、知った事じゃない」

 すげない返事が返ってくる。確かにそうだけど、何処に居るか知っておかないと不安だ。

 代わりに、意外な人物が答える。

「胸のデカい女なら、深夜にここを出ていったが」

 ハセガワだった。なるほど、出入りを管理している彼なら分かるだろう。

「よ、良かった……」

 涙目で呟くと、コニーが心配そうに見上げてきた。

「ゴースト、何かされたの?」

 あれだけ悲鳴を上げたのに、ここは吟遊詩人のダンジョンのように、音が漏れない構造らしい。私は言葉を濁した。

「ああ、夜中にちょっとな……」

「ええ! ゴースト、襲われちゃったの!?」

「ち、違う! 未遂だ、未遂!」

 私は慌てて訂正した。ディレミーンが何か言いたそうな顔をしたが、やっぱり口出ししてはいけないといった風に顔を逸らした。いや、ディレミーン、言いたい事があったら言ってくれ!

 その時、ほえあ、ほえあと鳴き声が上がった。いや……これは、泣き声? そうか! コージャスタスのクローンの泣き声か!

 視線を集めて、ハセガワは藤製の籠をコージャスタスに差し出した。そこには、コージャスタスと同じ浅黒い肌と黒髪を持った赤ん坊が、白い産着に包まれて、もそもそと動いていた。

「おお!絵画で見た、私の小さい頃にそっくりだ!」

「君のクローンだからな。誰が見ても、君の子だと思うだろう」

アイルが受け取って籠をゆらすと、赤ん坊は泣き止んで、機嫌よくダァダァと声を上げた。良いお母さんになるな、アイル。

「帰りは、この首飾りをかけていけ。モンスターたちに襲われないようにする為の信号が、仕込んである」

「つまり……お守りアミュレットか?」

ディレミーンの言葉に、長谷川が頷いた。

「ああ。強力なお守りだと思って貰って良い。ザティハまでのミルクは、水をかけるだけの固形キューブが入っている。紙オムツも圧縮して入れておいた」

至れり尽くせりだ。

コージャスタスがハセガワに礼を言って、私たちは鉄の箱に乗り込んだ。ディレミーンが『1』と書かれたボタンを押すと、再び扉が開いた時、景色は森に変わっていた。

双頭の狼に出くわして思わず身構えたが、狼はヒクヒクと鼻をきかせると、興味もなさそうに去っていった。お守りの力は確からしい。

私はいつ何処からクリステが出てくるかと怯えながら、森を抜けて街道に戻った。

道すがら、炎で焼かれた大蟻が三匹居て、クリステが魔法で倒したのだろうと思われた。腕は確かだ。伊達や酔狂で冒険者をやっていた訳ではないらしい。


それから二日かけて王都に戻った頃には、結婚式を明日に控え、王宮中が浮き足だっていた。

「クリステ様に連絡はつかないのか!」

「おお、コージャスタス様! コージャ様がお戻りだ!」

「コージャスタス様、クリステ様を迎えに行ったのでは?」

 コージャスタスは、藤の籠を抱えたアイルを従えて、王の間に入り、一段高くなった玉座に着いて言い放った。

「クリステは、もはや私の婚約者ではない! 大臣をこれへ。正式に、私の伴侶を紹介しよう」

 客として王の間に通されていた私たちが固唾を飲んで見守っていると、白髪でやせぎすの壮年の男が大股に入ってきた。

「コージャ様! 何処へ行っておられた。もう王子の頃とは違うのですぞ。用心棒バウンサーもつけずに王宮を抜け出すなど、もっての外です」

「そこの冒険者たちに、守って貰った。命の恩人だ、金貨二百枚をつかわそう。用意を」

 控える少年たちに顎をしゃくると、数人が金貨を取りに退出した。忘れてなかったんだな。面倒な事になる前に支払ってくれて、有り難い。

「クリステ様とご結婚なされば、妾腹の貴方でも、誰もが納得するご身分を手に入れられる。少年ハーレムは大目に見ましょう。しかし、王妃は女性でなくてはいけません。このザティハ王族の血を絶やす訳にはいかないのです」

「子供が出来れば良いんだな」

「まあ、そういう事になりますかな」

「アイル、見せてやれ」

「は」

 アイルが藤の籠の中身を抱き上げると、コージャスタスにそっくりな赤ん坊が現れた。

「私が外で生ませた子だ。私の子だという証明は、大きくなれば自ずと分かるだろう」

「なっ……!」

「私は、アイルと結婚する。文句はないな、ダズン」

 ダズンと呼ばれた男は、顔を真っ赤にしていきどおっていた。

「し……しかし! お世継ぎは一人でも多い方が良い! ハーレムに少なくとも三人の女性を迎えなければ、その結婚、承知できませぬ!」

 するとコージャスタスは、不意に私に目線を移した。

「ゴースト、これへ」

「え……何?」

「内密の話がある。近くへ」

 私は言われた通り、玉座の近くへ進み出た。ダズンの視線が痛い。

「ゴースト。もう一度だけ、依頼を受けてはくれまいか」

 ひそひそとコージャスタスが囁いてくる。

「内容による」

「そなたを含めて三人、女性を集めてくれないか。アイルとの結婚が正式に認められるまでの間だけで良い、ハーレムに入って欲しい。その後は、逃げてしまった事にすれば良いのだ」

「う~ん……当然、何もしなくて良いんだろうな」 

「もちろんだ。金貨三百枚でどうだろう」

「乗った」

 報酬を聞いて、私は即答した。人助けにもなるし、報酬も破格となれば、受けない手はなかった。

「私と、コニーと、プラミスがハーレムに入ろう。あと、ディレミーンをハーレムの用心棒バウンサーとして雇ってくれ」

「構わないが……プラミスは男ではないのか?」

「聞いて驚け。女性だ」

「……!!」

 コージャスタスの視線が、後ろのプラミスに注がれるのが分かった。何処か得意げな心持ちで、私はまずはこの冒険の報酬、金貨二百枚を受け取ったのだった。

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