第22話 心変わりは悪女の飾り

 地下五階はやはり、白々とした灯りに満ちていた。ガラスで出来た大きな瓶が並び、中には人造人間ホムンクルスのように、胎児が丸まって入っている。

 ゴボッ。ゴボゴボッ。そんな音だけが、静かな室内に不気味に響いていた。

「ほう……国王というのは、嘘ではないらしいな」

 鉄の箱から先頭をきって降りてきたコージャスタスの身なりを見て、白衣を着た初老の男は腕を組んで呟いた。そして改めて、声を大きくする。

「ようこそ。研究には金がかかる。君を歓迎しよう」

「コージャスタスだ。彼らは、供の者だ」

 ちょっと待て。いつ私たちが、お前のお供になった? まあ一人一人自己紹介するのも面倒だから、誰も異論は唱えなかったけど。

「ハセガワナインだ。ハセガワと呼んでくれたまえ」

 ……ん? 私は唐突に違和感を感じて、ハセガワと握手をしようとするコージャスタスの腕を引き戻した。

「待て! 何かおかしい!」

「何か……とは?」

 コージャスタスが面食らっている。

「ああ」

 ハセガワは、いつもの事だと言いたげに、肩を竦めて両手を僅かに開いて見せた。

「君は、精霊使いかね」

「そうだ」

「精霊使いの諸君は、私に生命いのちの精霊が殆ど宿ってない事に、違和感を覚える事が多いようだね」

 言われてみて私は、ぼんやりとしか掴めていなかった違和感の正体を突き止める。確かにハセガワの身体には、そこだけポッカリと抜け落ちたように生命いのちの精霊が感じられなかった。目を凝らすと、かろうじて頭の部分に光を感じる。

死人返りアンデッドでもないようだし……どういう事だ?」

「私の身体は、君たちが神通力と呼んでいるもので動いている。頭の中を除いて、私の身体自体が神器じんぎなのだよ。私は神器の身体を乗り継いで、エルフたちのように永い時を生きている……まあ、言っても理解出来ないだろうがね」

 ハセガワは、軽く鼻で笑った。隠しきれない、自分以外の者への侮蔑を感じる。どんなに神通力を使いこなしているか知らないが、感じは悪い。

 コージャスタスが敏感に感じ取ったようで、握手しようとしていた掌を引っ込めた。

「私には、神通力が何なのか分からない。それでも、子供は作れるのか」

「ああ、安心してくれ。髪の毛を一本貰えれば、無限にクローンは作れる」

「無限には要らない。一人で良いのだ」

「そう望むのであれば、仰せのままに」

 慇懃に目礼をしたハセガワだったが、先ほどの言動から、その姿はもう慇懃無礼にしか見えなかった。

「では先に、報酬を頂こう」

「ああ。報酬は金貨百枚と装飾品で支払う」

 そう言ってコージャスタスは、見事な金細工の腕輪を、ジャラジャラと両腕から抜いて差し出した。後ろではアイルが、革袋から金貨を百枚出している。

「装飾品だけでも金貨千枚の値打ちはあるが、道々にモンスターを配置している所を見ると、そなたは滅多にここから出ないらしい。そこを考慮しての、金貨百枚だ」

 ハセガワは、白い顎に拳を当てて、ラフなオールバックの黒髪を揺らして含み笑った。

「助かる。頭の良い人は好きだよ」

「して、どうすれば良い」

「髪の毛を一本、この中へ」

 机の上に立ち並ぶ細長いガラスの容器の中から一本を手に取って、ハセガワはコルクの栓を抜いた。コージャスタスは、黒い前髪を一本プツリと抜くと、その中へ押し込む。ハセガワがすぐに栓をし、白い紙にコージャスタスの頭文字『C』を記すと、ガラス容器に見えるように貼り付けた。

「どのくらいで子供は出来る?」

「急げば、八時間で培養は完了だ」

「何と。寝てる間に生まれるのか」

「ああ、だから今夜は泊まっていくと良い。明日の朝には、クローンを渡そう」

 その時天井の方から、教会のパイプオルガンに似た旋律が響いた。何だ?

「む。また侵入者か。……マイク。地上一階」

 ハセガワが天井に向かって言うと、私たちが来た時のように誰何すいかした。

「誰だ」

『あんたこそ誰よ。人に名前を訊く時は、自分からって教わらなかった?』

「クリステ!」

 その強気な声に、コージャスタスがおののいてアイルに抱き付いた。

「仲間か?」

「だ、断じて違う!」

「迂闊だった。モンスターに神経を裂いていて、まさか尾行されるとは思わなかった」

 ディレミーンが呟く。

「いや。私も気付かなかった。コニーやマルでさえ気付かなかったんだから、仕方ない」

 後ろを見張ってた、、、、、、、、筈のマルが気が付かなかったのは、少し意外だったけど。

「きっと魔法で姿を消して、着いてきたに違いない」

「クリステは、魔法が使えるのか?」

 聞いてないぞ!

「ああ。クリステは、かつて冒険者だった。有り余るほど持っているくせに、財宝に目がないのだ。私に女性の恋人が出来そうになると、ことごとく邪魔された」

 それ、大事な情報なんだが!

「何で言わなかった?」

「え? 訊かれなかったから……」

 王様というのは、ゆとり教育の賜物たまものらしい。私とディレミーンは、揃って頭を抱えた。

「私は、ハセガワナイン。これで満足か。君の名前を訊かせて貰おう」

『あたしは、クリステ様よ。コージャ様、来てる? 隠すと……』

「ああ、来ている」

 あっさりハセガワが口を割り、私たちはますます頭を抱えた。

「こら、ハセガワ! 何でバラす!」

 コージャスタスが、この世の終わりみたいな声で非難する。

「ん? 内緒だったのかね。隠せと言われなかったのでな」

 駄目だ。ハセガワもゆとり世代らしい。

『コージャ様? もーう、水くさいんだからあ! 冒険するなら、経験豊富なあたしが、手取り足取り指南して差し上げますわよっ』

「く、来るな、クリステ!」

『今、行きまーす! エレベーターが止まってたから、地下五階ですわね!』

「く、来る! あやつが来る! 何とかしてくれ、ゴースト!」

 知った事か。自業自得だ。そう言いたいのをグッとこらえて、私はおざなりにディレミーンを振り仰いだ。

「どうする?」

「クローンが出来れば、クリステと結婚させられる事はないんだろう。クローンの事を内緒にして、一晩明かすしかないだろうな」

 こんな丸投げにも、ディレミーンは丁寧に受け答えする。改めて、ディレミーンって良い奴だな。

「そういう事だ、コージャスタス。ハセガワ、クローンの事はクリステに内緒にな」

「分かった。では、私はクローン作りに専念する」

 そう言って、ハセガワが奥の壁の前に立つと、自動で長方形に壁がスライドして部屋が現れ、その中へと消えていった。凄い。この研究所は、神通力で溢れているらしい。

 程なくしてポン、という音と供に鉄の扉が開くと、中から冒険者姿のクリステが現れた。真っ直ぐにコージャスタスの元へ向かう。

「コージャ様ー! お会いしたかったわ!」

「はっ、離れろ、クリステ!」

「は・な・さ・な・い。ん~っ」

「馬鹿者、接吻せっぷんなどせんぞ! 私はアイルとの愛に生きるのだ!」

 胸元が大胆に開いたボディコンシャスな空色のオールインワンに茶色のロングブーツ、ローブをまとったクリステは、はみ出しそうなGカップをコージャスタスの腕に押し付けていた。彼女の武器はもはやこれだけなのだから、ある意味哀れな光景なのかもしれない……。

「み、見てないで助けろ、ゴースト!」

 うるさい。自業自得だ。私はそう言いたいのをやはり飲み込むと、クリステに声をかけた。

「クリステ、コージャスタスはアイル一筋に決めたようだ。相手が男では、勝ち目はない。私と共に諦めよう」

「まっ。そんな事言って、抜け駆けしようって気ね!」

 クリステはようやくコージャスタスから離れ、私の方へ一歩進み出て、腰に両手を当てた。Gカップが、ばよよんと揺れる。

「コージャスタス、言ってやれ」

「あ、ああ! 私はアイルと共に生きる事を決めた!」

「王族のつとめ、子作りはどうなさるおつもり?」

「私は、王位を捨てる! その覚悟があるから、アイルとの生活を選んだのだ!」

「まっ……それ、本当?」

「ほ、本気だ!」

 語気は勇ましいが、全てアイルを盾に後ろからの台詞だから、情けなさは百万倍だ。

「ふーん……そう。なら、もう良いわ。ザティハ国王じゃない貴方なんて、何の価値もありゃしない」

「なっ……」

 全員が、呆気に取られた。おもちゃに飽きた子供が次の娯楽を探すように、一人一人の面々を確認していたクリステだが、不意にひくひくと鼻をきかせて目を瞑った。

「良い匂いがする……」

 そして一歩、また一歩とヒールのかかとを鳴らして私たちパーティの方へと近付いてきた。

「あたしの好きな匂いだわ」

 ディレミーン、香水なんかつけてたっけ? それとも、男臭い汗の香りが良い匂い? そんな風に考えて成り行きを見守っている私の鼻先で、クリステは付け睫毛の乗った瞳をぱっちりと開けて言い放った。

「エルフの匂いがする!」

 止める間もなく私のフードに、黒いマニキュアを塗った指先がかかり、パッとそれを払っていた。

「やっぱり! あたし、エルフと相性、、が良いの! こんな南国で会えるなんて、ラッキー」

 語尾にハートマークを散らして、今度は私の腕にGカップが押し当てられた。

「コージャスタス! 聞いてないぞ!」

 青ざめて叫ぶと、コージャスタスはポツリと言った。

「あ、いや。訊かれなかったから……」

 ……いい加減にしてくれ!!

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