第20話 スライム研究所

「こんな貧相な胸の女、コージャ様には相応しくありません!」

「何を言うか! 貴様の醜いGカップなんかより、ゴーストのAAカップは女体の神秘なのだ!」

「騙されてるんですコージャ様! あんた、ゴーストとか言ったわね。へーんな名前!」

「余計なお世話だ」

 初等科生レベルの痴話喧嘩に巻き込まれて、私は疲れた声を出す。つまり、昔のコージャスタスはGカップが好きで、クリステとは上手くいっていたんだな。それが、Gカップの第一王妃に殺されかけて、Gカップがトラウマになってしまった。

 ……待てよ。AAカップが好きなのなら。

「コージャスタス。コニーなら、AAAカップだぞ」

「ロリコンの変態趣味はない!」

 男色家が、大きく出たものだな。

「あ……そ」

「ゴーストは、コニーちゃんの恋人だもん!」

「「えっ」」

 二人が、異口同音に驚いた。

「聞きました、コージャ様! あの女は、ロリコンの変態なんですよ!」

「ゴースト……」

 コージャスタスが、俯いてぽつりと呟く。

「ご、誤解だ、コージャスタス。私にもロリコンの趣味はない!」

 誤解されたままでもあるいは話が上手く纏まったような気がするが、コニーと恋人だと誤解されるのは、私にとって死活問題だった。

 地面に視線を落としていたコージャスタスの顔が、パッと上がる。

「ゴーストそなた……そのような花のかんばせをして、なかなかやるな。良かろう。そなたのハーレムには、二百人の見目麗しき幼女を取り揃える!」

 落ち込んだのかと思ったら、感動していただけだった。気を遣って損した。

「だから違うって……」

「よし、話は纏まった! そう決まったら、私は宿屋に帰る。クリステは着いてくるな。いくぞ、アイル!」

「は、はい」


 翌朝。私たちは寝不足だった。クリステが夜中にコージャスタスを夜這いに来たのが薄い壁越しに丸聞こえで、アイルを巻き込んだすったもんだは明け方まで続いたのだった。

 クリステの叫びによると、コージャスタスとアイルは、同じベッドに裸で眠っていたらしい。想像したくない……。

「キュー……」

 そんな訳で、マルも眠い目を擦りつつ、ドラゴンフードをつまんでいるのだった。

「お、恐ろしい女だ。あのような格好で私のベッドに入り込んでくるとは……」

「コージャスタス様、お気を確かに」

 こんなに暑いのに、ガタガタ震えるコージャスタスの肩を、アイルが後ろから掴んで慰めてる。コージャスタスも一番の気に入りだと言っていたし、アイルも心からコージャスタスを想っているようだ。案外、この二人お似合いなんじゃないか?

「なあコージャスタス、アイルは妃になれないのか?」

「王の血を引いた子供を作るのが妃の役目だ。残念ながら、アイルに子は生めぬ」

 そっか……って、じゃあ私の役目は、子供を作るだけって事? 私は墓穴を掘って、気分をいちじるしく害した。

 その時、ふと思い出したようにディレミーンが口を開く。

「子供が出来れば良いのか? 確か何処かで、スライムの細胞を研究して、クローンを作る技術が出来た筈だが」

「くろーんとは何だ?」

「女の腹を借りなくても、自分一人だけで子供を作れる技術の事だ」

「何っ!?」

 途端、コージャスタスは色めき立った。やっぱり、アイルを愛してるんだな。

「それは何処に行けば手に入るのだ!」

「確か……うーん、五~六年前の事だから記憶が曖昧だが……南、つまりこの辺りを旅していた時に聞いたのだと思う」

「思い出してくれ、ディレミーン! そこに案内してくれたら、報酬をはずむぞ!」

「ちょっと待ってよう。それって、コニーちゃんたちに正式に依頼するって事?」

 成り行きを見守りつつ朝食を摂っていたコニーが、口を出した。

 プラミスは一歳児みたいに、『食べたいけど眠い』を地でいって、一口運んでは船を漕いでいる。

 私もこの一件の解決策をそこに見出みいだして、コージャスタスに確認した。

「王族の血を絶やさなければ良いんだな? なら、クローンだって立派な王族だ。依頼をするなら、冒険者ギルドに行って依頼書を作ろう」


 ギルドに行って風聞を確認すると、ここから二日ほど西に行った樹海の中に、研究所はあるという。研究しているのは年老いた博士一人で、夜盗対策に周囲の森には博士の作ったモンスターが跋扈ばっこし、辿り着くには一定以上のスキルが必要だ。

「剣は使えるか? コージャスタス、アイル」

 ディレミーンが、冒険初心者用に壁にかけられて売っている、大小の剣を見ながら問う。

「私は使えます。コージャスタス様をお守りするのに、訓練を受けました」

 アイルは、腰に下げられた半月刀を軽く持ち上げる。

「そうか。なら、アイルはコージャスタスを守る事を最優先してくれ」

「分かりました」

「問題は、コージャスタスだな」

「私も、短剣なら持っているぞ」

 コージャスタスが懐から、金細工と宝石で飾られた短い守り刀を取り出した。

「それは、敵に捕まった時に自害するくらいの役にしか立たない」

 ディレミーンは売り物の剣を一本一本抜いて使いやすさを確かめて、やがて両刃の小剣を選び出した。刃の幅が太く、大きなつばが付いているので、当てやすく怪我をしにくい構造だ。

「せめて自分の身は自分で守れ。これを買うんだ」

「わ……分かった」

 金細工のフォーク以上に重いものを持った事がないんだろうコージャスタスは、そのずっしりとした重さに少し怯えているようだった。

 コージャスタスとアイルだったら、だんぜんアイルの方が頼りになるな。玉座を下りた王なんて、ただの足手纏いでしかない。辛辣にそう思って、私たちは西に向かって進路を取った。

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