第16話 そなたは理想の妃だ
たらふく食べて呑んで、宴がお開きになると、ずらっと客室が並んだ一角に案内された。私が通されたのは、草で編んだ丸い敷き布団に枕代わりのクッションが沢山積み上げられた部屋だった。そうか……年中暑いから、掛け布団をかけるという習慣がないのだな。
「今宵はこちらでお休みください」
さっきまで踊ってた美しい少年従者が、金細工の水差しと寝間着を枕元に置いてくれる。
「いい夜を」
そして妖艶に微笑んで、扉を閉めて出ていった。何だろう。意味ありげな笑い方だな。私の気のせいだろうか。
王宮は、風の通り抜けが計算されているのか、宿屋よりも随分過ごしやすかった。暑くて寝付けないかもしれないと思っていたが、これは有り難い。
私は寝間着に着替えようとして、念の為サイズを確認しようと身体に当てて、着替えるのはやめにした。暑い国の人って、こんな寝間着を着るのか……透け透けじゃないか。ある意味、びきにより悪い。
胸当てだけを外して、私はいつもの黒装束で横たわった。
どれくらい眠っただろう。人の気配で目が覚めた。野営をする事も多かったから、危険に備えて目を覚ます癖というのは、冒険者になってから身に着けたものだった。
「誰だ……!」
抜かった。薬品の匂いがしたと思った時にはもう、唇に布が押し当てられ、私は再び意識を失った。
「……スト。ゴースト」
遠くの方で、誰かが呼んでる。ディレミーン? 助けにきてくれ、何者かに眠らされたんだ。
「ディレ……ミーン……」
「ゴースト!」
私はハッと目を覚ました。さっき別れた筈の少年従者が、覗き込んで私の汗を拭っていた。
「ゴースト! そなた、ディレミーンという男とは、どういう関係なのだ!」
この声は……起き上がって見回すと、草で編んだ敷き布団が五~六枚敷かれた広い寝室で、先ほどのように一段高くなった玉座に、コージャスタスが胡座をかいて座っていた。これは……。見てはいけないものを見た気がする。じわりと冷や汗がこめかみに結晶した。
「答えよ!」
周囲には半裸の少年たちがなまめかしくシナを作ってはべり、コージャスタスはその内の一人の肩を抱いて、左右からは大きな団扇を持った者が彼を扇いでいるのだった。
高圧的な言葉に、私はちょっとムッとして答える。
「大切な仲間だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「仲間……仲間か。想い合っている訳ではないんだな?」
私の不機嫌が伝わったようで、コージャスタスは若干口調を柔らかくする。
「それがどうかしたか。仲間に手を出したら、幾ら王でも、承知しないぞ」
「いや、すまなかった。ゴーストがきゃつに抱かれているかと思うと、
抱っ……何を言ってるんだ、この子供は。
「私の后になって欲しい。贅沢は思いのままだ。そなたのように、理想の后は他に居ない。大事にするぞ」
それはお願いしているようで、イエス以外の返事を求めていない物言いだった。ああ……この歳で王だなどと持ち上げられると、やはり常識が麻痺するのだな。
「断る。私は平民だ。后には相応しくない。王族ともなれば、身分も重要なのだろう?」
私は物語で読んだ、身分違いの恋に焦がれた王女の話を思い出す。
「身分の違いなど、私が一言言えば関係ない」
やばい。目がマジだ。
「私の何処がそんなに気に入ったんだ? 見た所、女性に興味がないようだが」
私はズバリと本題に切り込む。コージャスタスは一度瞑目すると、遠い目をして語り出した。
「実は……私は妾腹の王子だったのだが、前王の正妻、第一王妃に誘惑され、寝所で殺されかけたのだ」
つまり……お前は、義理の母親とコトに及ぼうとしたのだな。喉まで出かかった台詞を、グッと飲み込む。
「その時のGカップの感触が忘れられず……」
出たな、Gカップ。
「女性に対し不能になってしまったのだ」
……終わり?
「だからゴースト、そなたは理想の后なのだ。ハーレムには男しか居ない、后はそなた一人と誓う」
「ちょっと待て。何でそれで、女の私を気に入るんだ」
「海でそなたの身体を見た。AAカップの女性は居ないかと、密かに長い間探し求めていた。そなたなら抱ける!」
ぷちっ。私の中で、何かが音を立てて切れた。
「AAカップで悪かったな! これでどうだ!!」
私は、フードを取って尖った耳を見せつけた。だけど予想に反して、感嘆の溜め息が寝室に溢れる。
「おお……そなたは、妖精か。側近たちに政略結婚を強く勧められていたのだが、相手が妖精となれば、きゃつらも口を
……あれ? 予想の斜め上を行く反応だ。
「あの……コージャスタス。ダークエルフって知ってる?」
「そなたのように、肌の黒い妖精の事だろう。案ずるな、過去に黒い妖精が后になった例もある」
私は驚いた。そう言えば、随分南に下ったし、ここは黒い肌が王族の印の国だものな。ダークエルフに対する偏見がなくたって、不思議じゃない。
「だから……なっ。ゴースト。契りを交わそう」
コージャスタスが手を伸ばしてくる。
「……じゃない」
「ん?」
俯いた私の顎に、コージャスタスの親指がかかった。
「なっ。じゃない! お前みたいな色狂いに、指一本も触らせるものか!!」
私の繰り出した右アッパーは、見事にコージャスタスの顎を捉えて、彼は泡を噴いて昏倒した。
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