第12話 吟遊詩人の依頼
あれからコニーを依頼主に会わせ、事情を説明するのに少し手間取った。何しろ、コニーの正体は秘密なのだ。いくらエルフの突然変異と言っても、依頼主の男は納得しなかった。オーブを渡せと食い下がる。
「でもコレ、コニーちゃんのだもん」
「子供には高価過ぎるおもちゃだよ。美味しいケーキと交換にしないか?」
「ケーキは食べるけど、オーブはあげないんだもん」
これは、星を貰えるかどうかも怪しいな。私は痛む額を押さえた。
「第一、歌うオーブは吟遊詩人の為の
「なっ……!」
はぁ。星にマイナスがなくて良かった。
「何て失礼な!」
依頼主は怒って、請負書にサインだけ書き殴ると私たちを追い出した。案の定、星は一つも付かなかった。
「良かった。コニーちゃんのオーブ、とられなかった」
そう言って、オーブの表面のボタンを押すと、また男声の歌声が流れ出した。コニーが上手に真似て歌い出す。だけど上手いか下手かは問題外だった。
「コニー! こんな道端でオーブを使うな。盗賊の良いカモだ」
オーブなんて初めて見たが、天文学的価値のあるものだとは分かる。襲ってくださいと言っているようなものだった。
コニーはすぐにオーブのスイッチを切って、頬を愛らしくぷうと膨らませる。
これが本当の子供なら、心から可愛いと思えるんだけどな。
「だからコニーちゃん、ダンジョンの奥で練習してたんだもん。コニーちゃんのせいじゃないもん」
ディレミーンが、思い出したように語り出した。
「そう言えば……吟遊詩人の為のダンジョンがあるが、そこには行かないのか?」
「ディレミーン、物知り! 吟遊詩人のダンジョンはあちこちにあるけど、モンスターの巣にちょうど良い形をしてるから、殆どに何かが棲んでるんだもん」
なるほど。吟遊詩人の為のダンジョンって、どんなだろう? 興味のわいた私は、ディレミーンとコニーを代わる代わる見ながら、話に耳を傾けた。
「モンスターは、一~二匹か?」
「何で?」
「それくらいなら、倒せない事はない」
「ディレミーン、強いの?」
「わしもおるぞ」
プラミスが顎髭を撫でながら、のんびりと割って入った。
「ふぅん……」
コニーは急に、私たちのパーティをジロジロと眺め回し始めた。
「ゴーストは、弓士?」
「ああ。あと、精霊魔法が少し使える」
「そう……じゃあ、金貨五十枚でどうかな」
へ?
「何が?」
私はそのそこそこ大金の打診に、ピンときていなかった。
「近くのダンジョンのモンスター討伐の依頼だよ。コニーちゃん、このオーブを聴いて、新しい
……えっ。金貨五十枚? 三等分出来ない! 声に出していたら、そこかとディレミーンに突っ込まれそうな感想を
「コニーちゃんも協力するから、報酬は四等分だよ」
「あ……そう。割り切れるな」
「そうと決まったら、善は急げだ。冒険者ギルドに行って、正式に仕事にしよう」
「キュー!」
何故か頭上のマルが、元気いっぱいに返事した。
酒場で聞き込むと、近くには吟遊詩人のダンジョンが二つあった。この町だけで二つもあるのだから、全土にどれくらいあるのか分からない。
一つは大きく部屋が沢山あって、案の定トロールの巣になっているという。トロールは身体も巨大で凶暴だし、恐ろしく治癒能力が高い。よほどの事がない限り、誰もそんな所へは近付かないだろう。
もう一つはこぢんまりとした、上に高いダンジョンで、コボルトが周囲を彷徨くのが何回か目撃されているという。コボルトは、犬のような頭部を持った亜人種だ。牙にさえ気を付ければ、それほど脅威の存在でもない。私たちは、このダンジョンを攻略する事にした。
「コニー、先頭に立つな。危ない」
ディレミーンが再三注意するが、コニーは何処吹く風だった。
「だって、コニーちゃんがリーダーだもん」
「リーダーは必ずしも、先頭に立たないぞ。真ん中で守られてれば良いんだ」
私が言うと、コニーは嬉しそうに笑顔を見せて、真ん中の私に並んで手をきゅっと握ってきた。
ぞわっ。
「ゴースト、心配してくれてるの?」
握った手に頬ずりされる。
ぞわわっ。
私は反対の腕が痒いふりをして、さりげなく手を
「そろそろ、コボルトの縄張りに入るぞ。ゴースト、プラミス、用心しろ」
「ああ」
「承知」
「コニーちゃんも」
コニーは何を思ったのか、背負っていたリュートを構えた。どうするんだろう。
その時、犬の吠え声のようなコボルト語が遠くに聞こえてきた。内容は分からないが、本物の犬とは違って、確かに会話している。
茂みに隠れて近付くと、ボロ布を纏ったコボルトたちが、道端の樹下で日差しを避けて微睡んでいた。鎧を着けていない所を見ると、ダークエルフなどに使役されていない、野良(?)のコボルトなのだろう。
その向こうに、五~六階建ての吟遊詩人のダンジョンが見えた。
「三匹か……」
ディレミーンが抜き身の長剣を構える。だがコニーが、それを制して言った。
「コニーちゃんに任せて」
「ん? どうするんだ?」
不思議顔の私に白い歯を見せると、コニーは言い置いた。
「みんな、耳を塞いで」
「え?」
「ああ……コニーの言う通りにしろ」
ディレミーンは慣れた風に耳を塞ぐ。ディレミーンが言うのだから、何らかの冒険者的手段なのだろう。私たちは耳を塞いだ。
コニーの小さな手がリュートの弦の上に踊り、桜色の唇が何事かを綴ってパクパクと動いた。
歌っている。その真剣な眼差しは、ちょっと格好良いなんて思ってしまうものだった。
いけないいけない。私にその趣味はない!
「わっ」
頭を軽く振って考えを払拭していると、膝の上に何かが落ちてきた。マルだった。涎を垂らして、眠っている。
なるほど。吟遊詩人の詩は、娯楽の為だけでなく、こういった効果もあるのか。私は、目から鱗だった。
コボルトの方を見ると、三匹は眠気をもよおしたらしく、くっついてうつらうつらと船を漕いでいた。
コニーは歌いながら、片手を上げてパーティを誘導する。耳を塞いだまま、マルを背負い抜き足差し足で眠るコボルトの前を通り過ぎた。
私たちは無用の戦闘を避け、無事にダンジョンの前に辿り着いたのだった。
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