TARGET6 悪友

視界がゆっくりと、明るい光に照らされて意識が戻る。

さっき寝たはずなのに、もう外は明るい。

久しぶりに、俺はあの夢を見なかった。2年間続いている悪夢を…

何度か見ない日はあった、だが今日は数ヶ月ぶりに気持ちの良い目覚めであった。

昨日はひどく疲れたからだろうか?

どこぞのバカ女がしつこく迫ってきたからだな、一晩中名前で呼ばせろと呪いのように押し続けやがって…

だが悪い気分にはならないどころか、少し機嫌がいい。

ちょっとだけ、あいつを認めてやろうか…

「あっ!隼人先輩、おはようございます!素晴らしい朝ですね!!今日も瀬見さんの美味しい朝食で頑張れそうです!!」

前言撤回。このくそ五月蝿(うるさ)さだけは直りそうもなく、返事をせず溜息をついてみせる。

「あ、もしかして昨日は眠れなかったんですか?お疲れですか?」

「うるせえ黙って飯を食え、下品だ」

「す、すいません…」

一気にテンションが正常となり、朝食を続けた。


「はい隼人くん、朝食っすよ!」

優しく笑う瀬見に差し出されたのは、1杯のコーヒーとシナモンが振りかけられたトースト。

いつも瀬見に頼んでいた、普段の朝食だ。

「ありがとう瀬見さん…うん、俺が淹れた方が美味いな」

「失礼っすね!自分の方が美味いっすよ!ミキちゃんはどう思いますか?!」

「どれも同じ豆のコーヒーですよ」

未来が一蹴して瀬見が静まるが、隼人は黙らない。

「分かってねえな、淹れ方で味は180度変わる。その違いも分からないようじゃ、まだまだお子様ってことだ」

「なんですと?!ぐぬぬ…じゃあお2人で勝負を!」

ピンポーン


未来のセリフを遮り、インターホンがリビングへ鳴り響く。

どうしたものかと、未来は一瞬口を開けたまま止まる。

「お客さん、ですか?」

「自分が見てきますよ、はーい!」

瀬見が返事をして玄関を開けると、金髪、やたら派手なピアスが特徴的な青年が立っていた。


「どうも、隼人いますか?」

「おー久しぶり、隼人くんなら…」

その声に隼人は瞬時に判断し、瀬見へ指示を出した。

「瀬見さん、そいつ閉め出してください」

「え?」

「いいから早く!」

「ちょおー待て!止めてください!ねえ酷くない隼人?!」

ドアに挟まり上半身のみ家に入っている男へ近づき、睨みつける。

「何の用だ?」

冷たい視線を、男はへらへら笑って受け流す。

「久しぶりに会いたくなっちゃって〜…あと金貸してくんねって痛い痛い痛い!踏むな、人の頭を踏むなっての!!」

「貧乏神に用はねえ、逆に金返せ」

「容赦ないなお前!親友だろ?」

「腐れ縁の間違いだろ」

何やら騒がしい空気を嗅ぎつけ、素早く未来が駆けつけると目の前には扉を持つ瀬見、上半身のみ挟まっている金髪の男とその頭を踏む隼人…


「何のショートコントですか?」





「折角引越し祝いに来てやったのに…酷いよなぁ、お嬢ちゃん?」

「あ、アハハ…」

未来のフォローもありようやく家に入った男は、ご満悦の笑顔で差し出された紅茶を啜る。

隼人は頬杖をついて正面の男を睨み続けている。

「隼人先輩、この人は?」

「紅麗(くれい) 和彦(かずひこ)、俺と同い年の…舎弟だ」

「せめて友達として扱ってくれ…!」

未来は俯いて顎を触ると、思いついたように隣の隼人を見る。

「隼人先輩がこれだけいじめるということは…幼馴染みとかそんな感じですか?」

「正解!頭がキレるね〜お嬢ちゃん、何か奢ってやりたいところだが、生憎金が無いんでな…」

相変わらずのクズっぷりだな、と目で訴えかけるがまたも紅麗はまた、へらへら笑って受け流す。


「で、何の用だ?」

突然、笑っていた紅麗の目が据わるのを目の当たりにし、空気がビリリと乾くのを感じた。

「情報を与えてやろうと思ってな…昨日、イギリスのテロ組織の一部が日本に侵入したらしい。武器もどっからか仕入れてるし、近いうちにドンパチするかもしれん、頭に入れといてくれ…」

テロ組織、武器、ドンパチ…いきなり飛び交った物騒な言葉に身を小さくする。

「な、何者なんですか…紅麗さんは…?」

「ちょいとお家がヤのつく家行なんでね…煙草吸っていい?」

「ダメだ。灰皿ねえし」

「ヤ…あっ!ヤク○ト工場の人!」

「何でそうなる」

「ブワッハッハッ!お嬢ちゃん面白いなー!」

額をテーブルにぶつけ腹を抱えて笑われ、恥ずかしくなって頬を赤らめる。

「じゃあ何ですか?!」

「ヤ○ザ」

「ひ、ひぇ〜〜!!」

「や、やめろ…マジで腹痛え…!」

さっきまでの緊張感はどこへやら、笑い声に包まれたリビングは終始ふんわりとした雰囲気が漂う。


「紹介しとく、このバカが俺の新パートナーの二条 未来だ。頭はこんなんだが実技はなかなかだ」

「おっ隼人が褒めるなんて珍しすぎるね〜、よっぽど腕が立つんだな!能力は?」

聞かれて未来は得意げに宣言する。

「分析眼(アナライズアイ)、簡単に言えば色々見える能力です!」

「へぇ〜、変わった能力だね。C級ってとこか?」

図星、という反応を見せてしまい未来は口を紡ぎ、こくりと頷く。

「ちなみに俺A級、戦闘員では無いけどね〜」

「そ、そうなんですか?!でも、戦闘員じゃない…とは?」

紅麗が隼人を見るが、面倒だと言わんばかりの表情でそっぽを向く。


「あー、未来ちゃん。日本の能力者には二つのタイプがいるんだよ、一つは君らのように警察の一部となり、GSOのメンバーとして働くタイプ。一般的に戦闘員、ガーディアンと呼ばれる。そしてもう一つは、国から少々の支援を頂いて保護されているタイプ。非戦闘員、保護能力者(ウェイスト)…ウェイストは差別用語として禁止されてるけど、俺は後者ね」

なるほど、と手を叩いて納得したことを表現する。

昔から養成学校で戦闘員(ガーディアン)として育てられた未来には知らない世界だった。

「まあ俺はちょっと特殊なんだけど…家柄でね?」

「お、お察しします…」

ハハッと笑って隼人を見つめる。

「だけど、自分で言っちゃなんだが腕は確かだぜ?なあ隼人、久々に戦らねえか?」

「やだね、無駄に疲れることはしない」

やっぱりね、と肩をすくめる。

「そういえば、保護されてる側として有名なのって言ったら花園(はなぞの)の姉さんだよな?」

花園…どこかで聞いたような…?

「あの、その人は…?」

紅麗は驚いた顔をつくり、話を続ける。


「東東京エリアに2人の特級能力者がいることは知ってるか?」

「はい。道師さんと…」

「そうそう、その片割れが《花園(はなぞの) 小百合(さゆり)》周りからは都市伝説!とか言われてる変な人でさぁ…花園邸に閉じこもってて、会ったことはないけどそりゃ美しい女なんだってよ。一目見てみてえな!」

「俺は面識あるけどな」

突然隼人が割り込み、ドヤ顔で紅麗を見る。

「マジかよ!どんなだった?教えてくれよ!!」

「なかなか美人だったぞ、どこぞのバカと違ってお淑やかで胸もあっ…!!」

ガスッと大きな音がしたかと思うと、隼人は脛(すね)を押さえながらテーブルに蹲(うずくま)る。

隣の未来が制裁を加えたのだ。

「踵(かかと)は無えだろ踵は…」

「フンッ!」

胸の前で腕を組みそっぽを向く。

「自分は小さい方が好きっすよミキちゃーげふっ!!」

「せみゆーさんは黙っててください!」

容赦なく瀬見の腹へ拳を入れ、倒れさせる。

その光景を見た紅麗の顔は青ざめていた。

「げ、元気なお嬢さんだな隼人…」

「ああ…元気すぎて困ってるところだ…」





「じゃあ情報が入り次第また来るからよ!未来ちゃん、隼人をよろしく!」

「任せてください、きっちりシメときま痛いっ!!」

「調子に乗るのもいい加減にしろ」

隼人の鉄拳が未来の頭へ炸裂し、自らの頭をさすさすと撫でる。

「じゃあな〜」

玄関が閉まり、リビングはシンと静かになった。

それだけ彼が五月蝿かったということになる。

「あいつは普段あんなだが…頼れる奴だ。もし俺に何かあったら紅麗に助けを求めろ、すぐ駆けつけてくれるだろ」

「ハハーン…」

紅麗を信頼しきったセリフに未来はニヤニヤと笑う。

「隼人先輩ってホントツンデレですよね〜」

「うるせえ」

「痛っ…たいですよ!加減してください!」

「やだね」

2度も殴られ、泣きべそをかいてみても隼人は動じない。


寝る前に、布団に潜った未来はふと思った。

「そういえば、隼人先輩の能力…まだ知らないや」

聞いても答えてくれなさそうだし、後々でいいや…

ふとカレンダーを見ると、明日は渋谷第二高校の入学式。

今はその現実に、期待を膨らませておこう…

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