TARGET3 パートナー

「お願い…私を殺して…」

目を開けると、いつもこの光景が映された。

燃え盛る炎、焼け爛れてゆく思い出の品の数々、頬にパチパチと当たる火の粉。

目の前には、血を浴びたようにべっとりとまとわりついている女性。

「ふざけんな!あなたは一緒に…ここから出るんです!俺に乗ってください!!」

「…大好きだったよ、隼人…」


「カハッ!はぁ…はぁ…」

いつもここで、夢が終わる。

全身から嫌な汗が吹き出し、寝間着はびしょ濡れだ。

忘れたくても忘れることのできない、追憶はどこまでも彼を追いかけてきた。

「…くそが」

部屋で着替えて1階へ降りると、ジャージ姿の未来がテレビの前へ転がっていた。

「あ、宇田川先輩…おはようございます」

眠そうに目を半開きにしつつふにゃっとした笑顔を向けて挨拶をする未来に、隼人は思わず笑いそうになる。

「何だその腑抜けたツラは、もう8時だぞ」

「先輩だって今起きてきたじゃないですか…」

「俺は社会人だからいいんだ、学生はもっと早起きをしろ」

笑いそうになった自分を戒めるように説教をすると、コーヒー豆を取り出して準備を始める。

「朝もコーヒーですか…スカしてますね」

「うるせぇ、これが日課だ」

ガリガリと豆の砕ける音と、テレビから聞こえる笑い声だけが部屋に響いていた。


うーん、宇田川先輩ともう少し仲良くなりたいんだけど、いまいち近寄り難い感じなんですよね…自分のことについて何も喋りませんし。

「先輩のこと、隼人さんって呼んでもいいですか?」

「馴れ馴れしい」

「えーじゃあ…うーくん!」

「馴れ馴れしいって言ってんだろ?」

「ほらまた怖い顔!だから友達できな…痛いっ!」

遠くだから油断をこいていたが、プラスチック製のコップが正確に額へ飛んできた。

「余計なお世話だ。それに…俺に近寄ってもいいことはねえぞ」

隼人の後半の独り言が聞き取れず、えっ?と耳に手を当てて聞き返してみせる。

「何も言ってねえよ」

「そうですかぁ?あ、そろそろ来ますねホームヘルパーさん!」

「もうそんな時間か…てかお前着替えなくていいのか?」

「どうせこれから共に生活をするなら、いいじゃないですか?」

「あっそ、お前の平和ボケっぷりには鼻で笑うことしかできねえよ」

目を瞑ってコーヒーの香りを嗅ぎ、僅かに機嫌のよさそうな表情を浮かべたことに、未来は気づかなかった。





「いっけね!9時に着くとか言っといて遅れた…人によっては殺される!」

緑がかった柔らかな髪を風に流されながら、青年はキャリーバッグを引きずって全力で走る。

息を切らしてメモ帳を確認し、顔を上げる。

「ここっすね…怒られなきゃいいな…」

一抹の不安を感じつつ、そっとインターホンを押す。

一瞬だけ静まり返ると、中から近づいてくる足音が聞こえ、扉が開いた。

扉の奥には、見慣れた無愛想な青年。

「げっ…また瀬見(せみ)さんかよ」

「また隼人くんっすか?!勘弁してくださいよ〜!」

瀬見、と呼ばれた青年は悔しそうに頭をガリガリと掻き回す。

「また男3人でむさ苦しい生活を…はあ、たまには女の子と組んでくださいよ〜できればJKくらいの…」

「あっヘルパーさん来ましたか?!」

隼人の背後から姿を現したのは、隼人よりかなり身長は低く、真っ赤なショートヘアの少女。

瀬見はあまりの驚きに、持っていたキャリーバッグを地面に落とす。


「…うぉぉぉぁぉぉぉぉ!!女子だぁぁぁぁぁぁ!!!女子高生だぁぁぁぁぁ!!!!」

「え?何ですかこの人…」

「変態だ、閉め出すぞ」

「ちょ、やめろ!挟まってる!一旦開けて!!」


「改めまして、瀬見(せみ)勇(ゆう)っす!どうぞお気軽にせみゆーとお呼びください!」

「よろしくお願いしマス!二条 未来です!」

「ミキちゃんか〜…可愛いっすねぇ〜」

「え、いやそんな…」

ド直球に可愛いと言われたことない未来は、反応に困ってしまい、頬を赤らめて目線を泳がせる。

「いや〜はっはっ!久しぶりに女の子が…本当に嬉しいっす、よくやった隼人くん!」

「俺は捕まえてねえ、あとうるせえから黙れ」

「お2人は知り合いなんですか?」

未来が割り込んで問いかける。

「はい、半年前に隼人くんともう1人の人のヘルパーをやってましてね…あと隼人くん、自分一応年上っすからね?」

「そーなんですか?!てっきり私と歳近いのかと!」

「そんなベタな褒め方したって…何か欲しいものありますか?」

「ケーキー!!」

「はぁ…」


隼人は憂鬱に浸っていた。

ただでさえ騒がしかったこの家が、変態青年の瀬見まで加わり余計騒がしくなったことが理由に他ならない。

「お2人とも、朝ご飯は食べましたか?」

「まだです!」

「俺はコーヒー飲んだからいい」

「まーた隼人くんはそれだけっすか?1日持ちませんよ?!」

瀬見は顔をしかめて立ち上がる、それに気づかないかのように隼人はそっぽを向く。

「私達、壊滅的に料理ができないんです!昨日なんて世界一まずいカレー食べましたし!」

「えぇ〜…じゃああの残骸がカレーっすか?」

瀬見が指さしたのは、散らかったキッチンに置いてある茶色い物体のこびりついた鍋。

あのあと2人はとても食べることはできず、残して置いておいたのだ。

「これは自分が洗っときますんで、ミキちゃんはくつろいでていいですよ!」

「さすがヘルパーさん!どこぞの先輩より頼りになりまぎゃふっ!!」

背後に迫った隼人に頭を叩かれ、モグラたたきのようにしゃがんで頭を抑える。

「こら隼人くん!こんな華奢なJKを殴っちゃダメっすよ!」

「教育だ」

「世間ではDVと言うんですよ…」


冷蔵庫を開け中身を確認した後、食材を取り出しテキパキと料理を始める瀬見に2人は思わず見とれていた。

「見てください先輩、包丁ってああやって持つんですよ!」

「知ってたよ、うるせえな…」

昨日の2人よりも遥かにスムーズに料理が進み、あっという間に二人の前へ豪華な食事が姿を現す。

朝ご飯にしては多すぎるくらいの栄養満点なレシピのようだ。

「うわぁー!凄いです瀬見さん!!」

「うっはっはー!それほどでもありますよー!」

美味しそうにパンを頬張る未来を横目に見ながら、テレビを見つめているととあるニュースが流れている。


『能力者集団暴動 一般人数名が軽傷』

「ちっ…またかよ」

「これどこっすかね?」

「要請のメールが来なかったから、西か…このグループ、最近活発に活動してやがるから注意しろってよ」

「ふぁい!」

「とりあえず口の中のもん飲み込んでから喋れ、きたねえ」

ゆっくり飲み込んだ後、未来がそっぽを向く隼人の顔を覗き込んで言う。


「そーいえば、私達はいつ本部へ行けばいいんですか?」

「あー…明日だ、さっさと書類書いとけよ」

「はーい!」

「何しに行くんすか?」

呼び止められると、未来は踵を返して嬉しそうに笑って答える。

「私と宇田川先輩が、正式にペアとして登録しにいくのです!!」

「なるほど〜てことは、お2人は組んで日が浅いんすね!」

「浅いどころか、昨日初めて顔合わせしたよ。ったく道師のヤロウは何考えてやがる…」

書類に目を通しながら、隼人は愚痴をこぼす。

「私じゃ不満でしたか?」

言い方が気に入らなかったのか、未来はズンズンと詰め寄って隼人の顔を覗き込み、黒の大きな瞳を向ける。

「そうだ、もう少しお淑やかな女の子がよかったよ」

「ぐぬぬ…相変わらずデリカシーの欠片も無いですね!!!」

再び機嫌を損ねて大きな足音を立てて階段を登っていった。

その隙を伺い、瀬見が問いかけた。

「もしかして、ミキちゃんを遠ざけてるのは《あの事件》が尾を曳いているからですか…?」

脳裏には燃え盛る炎、そして…

「例え瀬見さんであろうと、俺の過去に触れるなら容赦しませんよ」

「…」





翌日、2人は東京の総合本部に向かい、手続きをする予定だった。

電車に揺られ、降りてから徒歩数分で到着し、受付を済ませて書類を提出した。

「よし、帰る…」

言いかけたところで、近くにいた数人のグループから小さな囁きが聞こえる。


「おい、あれって…」

「ああ例の…あの娘可哀想だな〜」

例の?

未来は何を示唆しているのかさっぱり検討がつかず、首を傾げる。

廊下を歩いても、周りからは指を差され続けた。

この人は、一体…?

「うたが」

「気にするな、いつものことだ」

「で、でも…?」

少し離れたところからエネルギー反応?量からすると野球ボールを投げる程度の力…

推測していた刹那、目の前の隼人からパキャッと何かが割れた音がした。

彼を見ると、頭には生卵が飛び散っていた。

「う、宇田川先輩…」

「俺らの前に顔見せんじゃねえよ、悪魔め!」

1人のヤンチャそうな、小柄な男が甲高い声を発して吠えた。

それに呼応してその男の連れらしき人達も笑った、フォローしようとする人間は誰一人いない。

隼人ただ一人、黙って立ち尽くしていた。


何これ…何でこの人は悪魔と呼ばれてるの?

私はたった2日しか話してないし、横暴で不器用だけど…それでも

「ぎゃはっはっ!今のも避けられねえのかよ、だから仲間一人守れねえんだよ!」


ブチンッ


「おいバカ女、やめろ」

隼人の注意を振り切り、鋭い眼光を飛ばして男達の元へ歩み寄る。

「ハハハ…ああ?」

「さっきの言葉、訂正してください」

「なんだぁお前は?」

「宇田川先輩の新パートナー、二条未来です!」

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