3


 さっきまでここに居たのに、どこに行ったんだ?トイレか?


 だとしても不用心というかなんというか……、いくら深夜で客が来ないからって店内を空っぽにするなんて。客がいきなり来たらどうするんだ。来ないと見越してのことなんだろうけど。


 がらんとした店内に俺一人。それにしても暇だ。時計の針はもう深夜二時半を過ぎた、雑務も教えてもらいながら大体の仕事は片付いた。

 このまま朝までこの調子か。日が昇るまでにあと何人の客がくるのか。この分だとお客の数と、顔と、買っていったものを俺は多分全部覚えていられるんじゃないか。

 ……。青山さん帰ってこないな……。

 ふと。視線を感じて顔をあげる。雑誌コーナーのガラス張りのところ。


「青山さん?」


 と、思ったのに。ガラスの向こうは真っ暗闇、青山さんは愚か人っこ一人立っていない。なんだ、気のせいか……。

 そういうことは良くある。俺はたいして気せず、また店内に視線を戻した。

 その時――。

 平凡なチャイムと共に自動ドアが開いた。


 きた……!


「いらっしゃいませ――」


 反射的にそう口にして、自動ドアの方を向く。久々の客だ。

 営業スマイルフル装備で迎えたつもりの俺だったが、次の瞬間ドアの方を向いたまま固まってしまった。

 いや……、なにって。

 いないのだ。

 そこにいるはずの客がさ。

 自動ドアを潜り抜けてくるはずの客が。どこにも。

 自動ドアはそのまま何事も無かったかのように閉じ。チャイムも鳴り止む。

 ……。なんだ……?

 目を細め凝視してみるも、変わった様子はないただの自動ドアだ、風で何かが当たって作動したのか。いや今日は風はそんなに吹いていない、ドア付近にゴミらしきものもない。


 おかしいな。首を傾げてそう思ったら。またドアが勝手に開いた。


「……」


 怖い。

 とは思わなかった。

 その時は変だなーくらい。

 ドアがもう一度閉まったのを確認し、俺はカウンターを抜け出して自動ドアの前に立ってみる。俺が立つことによってセンサーが作動し、当たり前のようにそれは開く。ドアから首だけを出して辺りを見回す。勿論誰もいない。……悪戯じゃないよな。

 悪戯でないならば、考えられることとしたら一つしかない。


「故障か……」


 きっとセンサーがイカレてるんだな。

 脳裏に店長と青山さんの言葉が蘇ったが。目に見えてもいないのに、不可思議な現象を幽霊の仕業だのなんだの決めつけるのは、気が引けた。

 そりゃあ、足のない女の人が入ってきたとかなら俺も多分信じるんだろう、幽霊という存在を。

 でも何もないのにドアが勝手に開くぐらいだったら、扉の故障とか他になにか理由だっていくらでもありそうだ。

 なんだよ……。俺は外に向かって短い溜め息を吐いた。

 今まで辞めた奴って、自動ドアの故障を幽霊の仕業と勘違いして怖くなって辞めただけなんじゃないかよ。

 情けないなー、こんなのがなんだっていうんだ。ちっとも怖くない。

 人通りが少なくて周りが樹海で自殺の名所でもあるっていう要素が不安や恐怖を倍増させているわけで、それの所為でおかしなものを見たっていう錯覚を起こしてしまうんだ。

 生憎俺は信心深くはない方で。目に見えない証拠もない話は超がつく程大嫌い。

 だってその手の話は必ず裏で誰かがしてやったりな顔をして楽しんでいるのだから。そう考えたら怖い怖いと騒ぐその他大勢に流されるのは至極馬鹿馬鹿しいことだと思わないだろうか。これぐらいのことなら一週間なんてちょろいもんだ。

 カウンターに戻ろうとすると、閉じかけたドアがまた開き、今度はチャイムが鳴り終わっても開きっぱなしになった。


「……」


 それを冷めた目で見つめる俺。

 青山さんといた時はこんなことなかったよな。

 視線の先にあるドアは閉じられずに開いたまま、外の生暖かい空気を絶えず店内に送ってくる。

 人が一人ドアの前に立ちっぱなしになっていると、同じ現象が起こることがある。

 いやいや、まさか……。

 まさかな……。


 カウンターに戻っておかしな自動ドアを観察し続けること凡そ数分。

 なかなか閉じない自動ドアに痺れを切らして俺はもう一度カウンターから出て行きドアを調べにいった。

 開きっぱなしだと店内に虫が入ってくるのだ。これ以上は堪えられない。どうせ、レールかどこかにゴミが詰まってるっていうオチだろ。

 だが。しゃがみ込んでレールを隅から隅まで見てみてもゴミ一つ挟まっていなかった。

 ほんとに壊れちまったのか。あーあ、これ。開きっぱなしでどうすんだよ。


 取りあえず青山さんが来たら相談して……。ボリボリ後頭部を掻きむしって、そう思った時だった。





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