第五話 地獄の門《ボルター・インフェルミ》

『問題は、ただ、私たちが自分の新しい科学的・技術的知識を、この方向[ガス室、原子爆弾による大量虐殺などの破滅的な方向]に用いることを望むかどうかということであるが、これは科学的手法によっては解決できない。それは第一級の政治的問題であり、したがって職業的科学者や職業的政治屋の決定に委ねることはできない』

             ―ハンナ・アーレント『人間の条件』(プロローグ)―




やっと!やっとやっと欲しい言葉が茶髪の癖っ毛幼女から聞けた。

毎晩、布団の中で妄想していた夢想がついに実現しそうだ。

剣と魔法のファンタジー世界、、、技術レベルは中世ぐらい。

石畳の通路が張り巡らされた城郭都市からはじまる冒険の物語。

俺のテンションは最高潮を迎えていた。


「松本裕太さん、ありがとうございます」

茶髪の癖っ毛幼女がうやうやしくお礼を述べる。

やだなぁ、まだ何もしてないですよ。

でも、期待しててください。世界は俺が救いますから。


「それで、俺はどうやって世界を救えばいいんですか」

世界を救う自信はあるが、どのように世界を救うかの方法を知らなければどうしようもない。当然の質問だ。


「ある魔女を殺していただきたい」

随分と物騒な話だ。人殺しをしろというのか俺に。

異種族の魔王を殺すならいざしらず、一応は同種族であろう、しかもおそらくは美人であろう魔女を殺すとなると非常に良心の呵責かしゃくに悩まされそうだ。


「その魔女は一体何者ですか?」


「それはワシが答えよう」

俯いていたダーブルドアが身を乗り出して俺の質問に答える。

もしかしたらダーブルドアの関係者なのかな?


「殺して欲しい魔女はアリス・キテラじゃ。

彼女が世界を滅ぼした。

彼女は神を、ひいては神の創造物とされる世界を憎んでいる。


…可哀想なことに彼女は我々の世界線で魔女狩りにあってのう。

それで神と世界を憎んでおるのじゃ。

憎んで憎んで憎みきって…

彼女は死んだ後、ここにきても神を殺す、世界を滅ぼす方法を探していた。

そして、彼女は方法を見つけたのじゃよ…


第三世界線に転移し、そこを滅ぼすことによって第一世界線と第二世界線の紐帯ちゅうたいを断ち切って第一世界と第二世界を自壊させるという方法を見つけたのじゃ」


髭のおじいちゃん、話が長いです。あと、何言っているかわかりません。

第三世界線とか第二世界線とか第一世界線って何ですか?よくわからないのですが…


「おいペテン師、頭の悪いこいつにそんな説明しても理解できないぞ。

世界線について懇切丁寧に説明しなければ察しが悪いこいつには何言ってるのかチンプンカンプンだろう」

マルクスちゃんが理解できてない俺を察したのかフォローに入る。

たぶんマルクスちゃんは俺を馬鹿にしたいだけだろうけど、フォローしてくれたと思っておこう。

プラス思考で生きていこう。


「おぉ、すまん、すまん。

まず、この世界には三つの世界線が存在する。

一つは我々魔法使いの住む世界線、つまり第一世界線じゃ。

頭でっかちのマルクスが言うには迷信と直感、感覚乃至ないし自然の世界らしいのじゃが、まぁワシはそう思わんよ。魔法もそなたらが言うところの理性を使っとるからな。便宜上、魔法世界線とも言っとる。


二つは小僧の住む世界線、つまり第二世界線じゃ。

理性の支配する世界線じゃな。技術世界線とも言っとる。


そして三つは第一世界線と第二世界線の中間に位置する第三世界線じゃ。

魔法と技術がごっちゃになっておる。魔法も使えるし、技術も発達しておるんじゃな。

まぁ、それは大して問題ではない。


ここで重要なのは第三世界線が第一世界線と第二世界の中間に立って世界の均衡を保っていたということじゃ」


…話が見えてきたぞ。

分かった。つまりは…


「第三世界線が第二世界線の理性の行き過ぎをおさえていたということだ、この最下層の腐敗物ルンペンプロレタリアートが!!」

マルクスちゃんにいいところを取っていかれた。

あぁ、なるほど。それでダーブルドアが理性についてとやかく言っていたのか。

第二世界線の俺たちは自然への畏敬を忘れ、世界のことわりを歪めようとしたわけか、、、そして世界を滅ぼしてしまったと。


「第三世界線の崩壊によって第一世界線と第二世界線の結びつきが切られることになった。そして制御を失った理性は世界の秩序、あるいはシステムを変更しようとした。恐らく第二世界線でなんらかの実験を行ったのでしょう。それがものの見事に失敗した。

それが世界滅亡のあらましです」

茶髪の癖っ毛幼女がまとめる。


なるほど、理屈はなんとか分かった。

なんとも面倒くさい世界設定だが、現実なんだから文句も言ってられない。

というか、こういった世界観の説明って、普通物語の終盤で行われるんじゃないだろうか。冒険が始まる前から物語の核心に触れてるんですけど…


まぁ、それはそれとして

しかし、理屈がわかったとしても問題がある。

俺が世界を救うために魔女を殺すとしても問題がある。



世界滅んでんじゃん!!!滅んでしまった後でどうしろと!!??

魔女殺したところでどうしようもないじゃん!!



「理屈はわかりました。

でも、世界が既に滅んでいるのにアリス・キテラとかいう魔女を殺したところで世界を救うことなんて出来るのでしょうか?」

滅んでしまった世界を滅びから救う。

矛盾が生じているのは明白だ。


「む、そこに気づくとは単なる馬鹿ではないようだな。

いや、すまない。君のことを馬鹿にしていた。謝ってやっても良いぞ」

マルクスちゃんの尊大な態度は変わらずだ。


「えぇ、普通考えればその通りです。

その推論は、あなたが今もを過ごしているならば正しいと言わざるをえません。


しかし、あなたの推論は間違っています。

あなたの推論の誤りは『時間は過去と現在、そして未来に連綿と続くものであり、我々が現在から過去、或いは未来に介入することは不可能である』と無条件に措定していることにあります」

茶髪の癖っ毛幼女がなんだか意味のわからないことを喋り始めたぞ。

でもこの口ぶりだと俺の心配は杞憂で終わりそうだ。


「結論から言います。その心配はありません。


我々はあなた方の世界の過去に介入するすることが可能です。

現在の状況は、歴史が止まっているというべきものです。

原因を取り除けば歴史は再び歩み始めるでしょう」

で、ありますか。そういうものですか。

よくわかりませんが、そういうことにしておきましょう。

専門家の話をすべて理解する必要はない。


「はぁ、そうですか。ならいいんですが」


いい加減、頭の痛い話はもうこりごりだ。

俺は設定集を読みたいわけではない。

物語を読みたいのだ。

早く剣と魔法のファンタジー世界に飛ばしてくれ。


「では、これからあなたが転移することになる

第三世界線の説明をしようと思――」




ドッカーン!!

後ろで大きな爆発音の音がした。俺はびっくりして驚いた。振り返った。




「私の名はイスラフィル。

七大天使メネイキトゥス・セバイの尖兵としてここにやって来ました。

あなた方による世界への介入は許されません。

即刻、その者を開放してあるべき道理に戻しなさい」



え!?なになに??これどういうこと!?

さっきからもう忙しいなぁ!!

早く話をおすすめろよ!

いつになったら俺は異世界に行けるのだ!!




魔王軍の破城槌サタン・ミリテャイア・ヤブショーロ・マレーオ

ダーブルドアがすかさず杖を出して魔法を発動する。



イスラフィルの真下から鉄のぶっとい棒みたいなものが伸びて、灰色の天使は登場早々に引き裂かれ――


――なかった。



すんでのところで回避し、イスラフィルは右足を強く蹴って、

俺へ吶喊とっかんする。


「偽装魔法を賢者たちがかけていたのにバレるだなんて、、、


助けて、聖ロンギヌスさーん!!!!」

茶髪のくせっ毛幼女が力いっぱい叫ぶ。


と、同時にマルクスちゃんは机を飛び越えて叫んだ。

「馬鹿者!!ぼけっとするな、こっちに来い!!」




「鬱陶しいのう!魔王の鉄拳ブーニョ・デァーブリ!!」

何もない空間から灰色の大きな拳がイスラフィルに向かって伸びていく。


まっすぐ凄い速さで飛び込んできているイスラフィルは避けることができないはずだ。直撃、そう思った。


銀の盾ダラ・ハミネル・スヴァ

しかし、鉄の拳を銀色の魔法陣が受け止めた。


「ちぃ!こいつ相手に詠唱破棄では威力不足か!!」



魔法戦だ!

凄さがいまいち分からないが、きっとハイレベルな戦いなのだろう。

夢にまで見た戦いが行われている。

現前で!まさにこの時に!!


という感想をマルクスちゃんに手を引っ張られながら逃げて思う。



鉄の拳を受け止めたイスラフィルは止まることなく俺へ吶喊する。



俺の手を引っ張っていたマルクスちゃんが俺を机の後ろに放り込む。

俺を守ろうと両手を広げてイスラフィルの前に立つ。




なっ!

嫌だ!!死なせたくない!!

駄目だ!!俺のようなやつを守って死ぬのはダメだ!!

いやっ!いやだ!!!やめてくれ!!



もうダメだ。

そう思った時。


イスラフィルは後ろに飛び退いた。


そしてマルクスちゃんの目の前に、上から二股の槍が突き刺さった。


「ぎりぎり間に合にあったか…」

世界史の資料集ででてきそうな昔の甲冑を着た壮年の男が上から降りてきた。


「まだまだぁ!

反撃の隙は与えない!!」

壮年の男がマルクスちゃんの横に着地したあと、

茶髪のポニーテール少女が退いたイスラフィルを追撃する。

彼女もまた、槍使いだ。


「裕太さん!!」

マルクスちゃんに机の後ろに投げ込まれて、情けないことにそこから事の次第を見ていた俺は茶髪の癖っ毛幼女に呼ばれた。


「いろいろ伝えなければならないところですが、時間がありませんので手短に言います。実はあなたの他に、もう一人第三世界線に転移しています。

我々の目的を達成するであろう重要人物です。

あなたはその人の指示に従って行動してください。



ダーブルドアさん!早く今のうちに!!」

え、そうなの!?俺の他に転移されてる人いるの?

ていうか俺、その補助なの!?

俺が主人公じゃないんか!!


「だーっとるわ!!

おい、ロンギヌス!ソクラテス!時間を稼げ!!」

ダーブルドアが二人に指示を出した。

ソクラテスという名前になにか引っかかるものがあるがキニシナイデオコウ。

ギリシャあたりの哲学者として有名だった気がするがキニシナイデオコウ。



「はははっ!やっぱりな!!

こいつスパルタ兵なんぞより遥かに強いぞ!!」

ソクラテス?がポニーテールを振り乱しながらあっちこっちあぶのように飛び回りながら戦っている。

イスラフィルはそれを手刀でいなしている。


「ダーブルドアさん、それは無理な頼みですな。

しかし、死力は尽くさせてもらう。



天使をかたる者よ!

主を一度殺した槍で滅びるが良い!!」

ロンギヌスは床に刺さっていた槍を抜いてイスラフィルに突きかかる。


「その槍相手で素手は不利ですね。

あまり武器は使いたくないのですが、

交渉が決裂したのでやむを得ませんか。

英雄アリーの宝剣ズルフィカールウ・ズリファカール・アリ―・ハンバタレン

偃月状で先が二つに割れた剣を手にしたイスラフィルと槍を手にしたロンギヌス、ソクラテスの間に激しい斬撃が飛び交う。


イスラフィルがロンギヌスとソクラテスを押している。




「我を過ぐれば憂ひの都あり!

我を過ぐれば永遠の苦患あり!

我を過ぐれば滅亡の民あり!

義は尊きわが造り主を動かし、

聖なる威力、比類なき智慧、

第一の愛、我を造れり!!

永遠の物のほか物として我よりさきに

造られしはなし!

しかしてわれ永遠に立つ!!

汝等ここに入るもの一切の望みを棄てよ!!


地獄のボルタ―――」


詠唱が終わろうとした時、イスラフィルが持っていた偃月えんげつ状の剣が上から襲いかかって、ダーブルドアの身体を切り裂いた。


「がはっ!…くっ…」


口から悲鳴が漏れる。

痛みを抑えようと歯を食いしばっている。


唾液と胃液、そして血液が混ざった赤いものが口端こうたんから吹き出す。


「ダーブルドア!!」

マルクスが駆け寄る。


「魔法の詠唱を止めるな!!

今を逃したらこいつが殺されてしまう!!」

ロンギヌスと思しき身体は切り刻まれ、血にまみれて地面に転がっている。

ソクラテスは奮戦むなしく押されている。


ソクラテスはもう持たない。


ソクラテスが殺された後、俺も同じ運命を歩むことになるだろう。


「あのカリスマにはこいつが必要なはずだ!!

今死ぬな!!耐えろ!!

魔術師としての誇りを見せろ!!


お前、賢者の石の作成者なんだよなぁ?

魔法界の伝説だったんだよなぁ?

根性見せろ!!

この不思議びっくり嘘つきペテン師のキチガイ宗教家かつ偉大な魔法使いが!!」

マルクスが地に伏したダーブルドアを抱きかかえて檄を飛ばす。


焦点があっていない眼が据わる。


「はぁ…はぁ……っく…


地獄の門ボルター・インフェルミ!」

ダーブルドアが最後の力を振り絞って魔法を発動させる。



俺の身体が光りに包まれて消えていく。

それと一緒に意識も薄れていく。


薄れていく意識の中で茶髪の幼女が俺に呟く。

「裕太さん。





西園春菜さんを頼みましたよ」


――プッツン。


またあの音がして俺の意識はブラックアウトした。

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