Action.22【 ワシは石と語る 】

 はて他山の石とはなんぞや!?

 

 暮石他残くれいし たざんは、こよなく石を愛する男である。

 彼の家系は代々石屋を生業なりわいとする一族で父は腕のいい石工だった。だが両親を亡くしてから、生来怠け者の他残は稼業を辞め独りでひっそりと暮らしていた。

 ちなみに、この他残たざんという名前は自分で付けた雅号がごうで本当の名前は正男まさおという、しごく平凡な名前である。しかも暮石くれいしという名字の方は、時々墓石はかいしと読み間違われてしまう。墓石なんて不吉だと、本人は気分を害する。

 しかしながら本人の意に反して、石の業界では『墓石他山はかいし たざん』という呼び名で通っているのだからしょうがない。――ということで、ここから彼の名称は他山たざんとする。

――閉話休題かんわきゅうだい

 ところで墓石他山という男は、一年中作務衣さむえを着て、山羊髭と長く伸びた髪をひっつめにして、藍染めのバンダナを巻いている。一見、陶芸家のように見えるが、本人いわく「ワシは石と話ができる選ばれた人間だ」そうだ。

 他山が愛する石は庭石のような大きいな石ではなく、鑑賞用の石である。

 石になど一円の値打ちも付けられない者にとっては奇妙だが、自然の石であってもその造形が美しい、化石が入って珍しい、輝石などには市場価値が付くのだ。

 たとえば山奥の土産物屋のショーケースに飾られているような磨き込まれた石、もしくは旧家の床の間で埃を被って台座に乗った石などである。さざれ石や涙石など自然が創った美しい造形の石が他山は好きなのだ。

 他山がどれほどの石好きかというと、石と寝る、石と風呂に入る、石を相手に酒を呑む。

 彼の部屋は床が抜けそうなほど石だらけ、もしも地震が起きたら落石事故と同じ死に様になるだろう。――それでも石と離れられない石マニアである。


 そんな他山の元へ、ある日いとこがやってきた。

 彼も石屋だが、最近はやりのパワーストーンの店をやっていて景気は上々みたい、今度三号店を開店するので店長として手伝って欲しいと頼まれた。

 親の遺産もそろそろ尽きてきて、ぼちぼち働こうかと思っていた矢先だったので、石と一緒に居られるならばと承諾した。

 ファッションビルの5Fにある『ストーンヘッド』は、占いとパワーストーンの店である。

 鼻ピアスをした御影みかげという女が占い師兼店員として働いている。御影は元キャバクラ嬢だったが、パワーストーンに出会ってからスピュリアルに目覚めたのだという。水晶占いで運勢を占い、お守りと称して高価な石のブレスレットを売りつけるのがこの店の商法なのだ。

 御影はいつも境界線ぎりぎりのミニスカートをはいている。

 けれど他山は「ワシは女の尻なんぞ興味ない」と気にも留めず、素知らぬ風である。その態度に御影は女のプライドを傷つけられて、ふたりの仲は険悪だった。

 他山はもともと人間の女になどに興味がない、実は憧れの石があるのだ。

 それは福井県の恐竜博物館で見た『蛍石ほたるいし』という光る鉱物で、まるで蛍のように青白く光る石はとてもきれいだった。展示ケースの前に何時間も立ち尽くし凝視する他山の姿はさぞ異様に見えたことだろう。

 だが、その時、声を聴いたのだ。《わたしの片割かたわれがどこかにいます。どうか探してください》蛍石がそう他山に話しかけたのだ。

 それから、ずっと蛍石の片割れを探し回っている。


 休日には『探石行たんせきこう』と称して、多摩川の上流や秩父の山中に出掛けていく。

 その日は、水晶の鉱脈があると聴いて、秩父の山中へと分け入った他山である。目的の水晶の鉱脈が見つかり採掘して帰る途中の山道で、ふいに誰かに呼ばれたような気がした。

 辺りを見回すと、つる草に隠れているがかき分けると、ぽっかりと口を開けた岩穴があった。

 よく目を凝らして見ると、その奥の方が仄かに青白く光っている。

 狭い岩穴を潜って光る方へ行ってみると小さなお堂があり、そこには光る石が祀られているではないか。「おおー、これはワシが探していた蛍石の片割れじゃあ!」他山は小踊りしたいほどの歓喜、手に取って頬ずりしてしまう狂喜だった。

 蛍石をぎゅっと握りしめて岩穴を出たところで、猟銃を持った爺さんと遭遇した。

「貴様! この山のお神体を盗もうとしたなっ!?」

 他山の握った石を見るなり、銃を構えてそう言った。

「待て、待て! ご老人。この石には片割れがおって、その石に探してくれと頼まれたのだ」

 他山は弁解するが、そんな話に聞く耳持たない。

「嘘こけ! この石は古来よりこの山の守り神なんじゃ! 持ち出す者は撃ち殺す!」

 銃口を向けて脅してきたが、だが臆することなく――。

「いいや。この石を片割れに送り届けるのがワシの使命なのだ!」

 その言葉にブチ切れて、いきなり他山を撃ってきた。


 デンジャラスな爺さんから猛スピード逃げ出す。

 背後から銃弾が飛んできて、何度も頬をかすった「間違いなくワシを撃ち殺す気じゃ……」山道を闇雲に失踪する。

 だが前方には最悪の事態が待ち受けていた。深い渓谷がぽっかりと口を開いて待ち受けていたのである。先は行き止まり! 深淵を前に立ち尽くす他山の背後からは、猟銃を持った爺さんが追いかけてくる。

 ああ、絶体絶命! 

 その時、蛍石が囁いた。《どうか、わたしを片割れに会わせてください》青白く発光しながら哀願したのだ。――幻聴ではなく、はっきり他山にはそう聴こえた。

 なんと愛らしいその姿、激情に駈られて「おう! ワシの命に代えても守ってみせる」蛍石を天に掲げてこう宣言すると――。

『おまえは他山の石だ!!』

 果敢にも崖の上からジャンプした。


『他山の石だ――――!!』


 叫びながら渓谷の底へと吸い込まれていく――。

 その言葉をやまびこが繰り返す。


『他山の石だ――――』『他山の石だ――――』『他山の石だ――――』

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