Action.18【 失踪人 】

 俺の名前は螢志郎けいしろう、新宿の街で『相談屋』稼業をやっている。

 相談といっても、表立って人に相談できないような……裏の稼業である。古い雑居ビルの五階に『萬相談承るよろずそうだんうけたまわる』と書いた木の看板をかかげているが、知らない人が見たらあやだろう。

 運命のことなら、タロットカードで占う。法律のことなら、弁護士の資格もある。裏事情なら、新宿のシマを仕切ってるヤクザの組長とは朋友ほうゆうだ。

 一応、仕事は選ぶ主義なので、興味の湧かない相談事はお断りしている。


 気だるい午後、オフィスのソファーで惰眠だみんを貪っていたら、ノックの音がした。

 助手もいないので、起き上がってドアを開けると、目が覚めるような美人が立っていた。

「こちらで相談に乗ってくださると聞いたのですが……」

 二十代半ばで気品があり富裕層の女性だ。薬指に指輪をしているので既婚者らしい。俺は寸時にそれらを観察した。

「ええ、まあ。相談事の内容によりけりですが」

「失踪人を見つけて欲しいのです」

「失踪人ねぇ……」

 先ほど俺が寝ていたソファーに座るように勧めて、とりあえず話だけでも聞くことにする。


「商社に勤めていた夫が、半年前に東南アジアへ出張したまま行方不明になりました。それが最近、夫らしい人物を新宿で見たという情報があります」

「家出人なら俺の所ではなく、警察か、探偵社に頼むべきでしょう」

「ええ、まあ、そうなんですが……あ、これが夫の写真です」

 女性は言葉を濁し、エルメスのバッグから一枚の写真を取り出して俺に渡した。

 スーツ姿の三十歳くらい、色白の優男、顔はイケメンの部類に入るだろう。

「じゃあ、旦那さんが見つかったら連れ戻すんですね」

「いいえ。これを渡してください」

 それは離婚届けの用紙だった。

「この用紙に記入させて欲しいのです」

「……はぁ」

「謝礼は三倍払いますから、どうかお願いします」

 美人に頭を下げられると弱い。

 しかし、こんな写真一枚でどうやって捜せばいいんだ。とりあえず一週間の期限を貰った。失踪中の夫を連れ戻さないで離婚届けに判子を押させて欲しいというのが女性の依頼だったが、夫婦の問題を第三者である相談屋に持ってきたことが……どうも気になる。

 まず、タロットカードで失踪中の男のことを占うことにした。

死神! カードに死神が出た。

 もしかしたら、この男は死んでいるかもしれない。もう一度占うと、今度は逆位置の死神だ。もし生きていたとしても……。

 人捜しは一人では無理なので、新宿を根城にしている情報屋たちへ男の写メを一斉送信して調べて貰うことにする――。 


 情報屋から意外と早く、男の情報が寄せられた。

 新宿二丁目のゲイバー『薔薇の館』で、最近売り出し中のルカという子が、この男と似ているらしい。ゲイバーだって? 俺は半信半疑ながら、その店に行ってみることにした。

 店の扉を開けると、丁度ショータイムだった。舞台では着飾ったきれいなオカマとギャグ担当の滑稽なオカマがフレンチカンカンを踊っていた。

 その中でも、ひときわ目立つ美女がいる。身体はすっかり女性でDカップの乳房もある。ここは特殊な店なので部外者に対して警戒心が強い、やくざの組長から事前に話しを通して貰ってある。

 片隅の席でふたりきりで話をすることに――。

「あなたがルカさんですか?」

「ええ、そうよ」

 真紅しんくのドレスをまとった彼女は、男だったとは思えないほど完璧な女性だ。

 俺は依頼者の女性から聞いていた夫の名前をいい、ルカに確かめたら「うん」と素直に本人であることを認めた。

「あなたの奥さんからこれを預かってきました。記入して貰えますか?」

 一瞬、ルカは眉根まゆねを寄せたが、俺のボールペンを借りて用紙に記入してくれた。

「判子は持ってないから、そっちで押しといて」

 あっさり仕事が片付いてしまったので拍子抜けする。

「簡単に離婚に応じていいんですか? 奥さんと一度話し合った方が……」

 柄にもなく、お節介をいう俺をさえぎるように、「何も話し合うことはないわ。もう男じゃないし、一緒に暮らすことはできない」とルカはいう。

 あんな美人の奥さんと別れるなんて、惜しいと思うが……。

「妻には男がいます。もう自分は必要とされてないと知ったから、タイで性転換の手術を受けたのよ。子どもの頃から性同一性障害に悩んでいて、なりたかった女性に変身して新しい人生をやり直しているのよ。今の

 タロットカードで逆位置の死神は『再生』という意味がある。なるほど、そういうことか――。

「後悔してないんですか?」

「男の私は死にました!」

 ルカはそう言い放つと、席を立ちゲイバーの喧騒けんそうの中へ戻っていった。


 一人残された俺は支払いを済ませると店を出た。新宿二丁目のネオンが瞬く中、ぼんやりと考えていた。

 浮気した妻への復讐のために女になったとは思わないが、おそらく切欠にはなった筈だ。妻は自分の浮気のせいで性転換して女になった夫を見るに忍びなくて、こんな仕事を俺に依頼したのだろうか。簡単に片付いた相談だが、釈然としないものが心に残る。

 ――夫婦というのは不可解なものだ。

 まあ所詮、俺は相談屋だ。他人の人生なんて関係ないさ。

 ポケットから煙草を取り出しライターで火を付け、一服深く吸うと火種が蛍のように仄暗く光る。

 新宿二丁目は人生の魔界かもしれない。そんなことを考えて、ニヒルに嗤うと螢志郎けいしろうは新宿の闇に呑まれていった。

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