極東より愛をこめて ②

 如月大河は施設を出ると、包囲している警官隊の人垣を抜けて、待機しているヘリへと向かった。

 先程保護した少女は、既に救急隊に引き渡している。彼女に目立った外傷はなかったが、あの様子では心に負った傷は計り知れないだろう。

「クズどもめ……」

 吐き捨てながら、大河は歩いて行く。包囲から離れると、開けた場所に1機のヘリが駐機していた。

 UH-1イロコイ。世界中の軍で採用されている、汎用ヘリコプターだ。

 大ベストセラーではあるが、この型式はもう既に使われていない。

 機体の側面にはASAのマーキング──大河が所属するこの組織ASAには、自衛隊を退役したこの旧式の機体があてがわれていた。

「遅えぞ大河、何やってたんだ?」

 ヘリに乗り込んだ途端、緊張感のない声が大河を呼んだ。

 そこには既に先客がいた。

 長谷川ハルキ。

 大河と同じ組織に所属する工作員が、座席にもたれかかりながら気だるげに煙草を吹かしている。

「煙草は止めとけって言っただろ。いつか体壊すぞ」

「誰が気にするわけでもねえだろうよ。どうせ俺たちはいつ死ぬかわからねえんだ」

 ハルキは先の短くなった煙草を空き缶に押し付けると、欠伸を浮かべて座席にもたれかかった。

 ハルキは空気を読まない。どこまでもマイペースに、自分の好きなように行動する。それはこのような緊迫した雰囲気が漂う場所ですらも変わらなかった。

 大河はため息をついて、ハルキの隣に腰を降ろした。

「で、何してたんだよ? 敵でも残ってたのか?」

「ああ、一人な。それでそいつが監禁されていた民間人を人質にしやがったもんだから、保護するのに手間取った」

「へえ。で、その民間人って男か、女か?」

「女の子だよ。それと多分、あの子は──能力者ギフトだと思う」

「だろうな。ギフトじゃなかったらとっくに始末されてるか、どっかに捨てられてる。でさ、その子は可愛かったか?」

「まあ──いや待て、関係ないだろそんなこと」

 大河は慌てて話を戻した。ハルキは女好きで、ことあるごとにこういう方向へ話を向けようとする。

「いいだろ? 自分を救いに来た正義の味方、燃えるシュチュエーションだと思うんだけどなぁ」

 場違いなことを言いながら、ハルキが笑う。

 大河はそれを見て、自分の眉間にシワが寄っていくのを感じていた。

 こいつには緊張感というものはないのだろうか?

 湧いてくる怒りを抑えつつ、大河はハルキに本題を切り出した。

 ハルキも同じ組織に所属する工作員だ。当然彼にも与えられた任務がある。

 今回彼に与えられた任務は、施設に残された物資の解析だった。

「ちゃんと調べてきたんだろうな」

「モチのロンよ。で、あの場所を管理してた偉い奴らお目当てはもぬけの殻だった。残っていたのは金で雇われたチンピラばかりで、能力者ギフトなんて一人も残っちゃいねえ。オマケに見つかったのは、よりによって薬物の山と来てる」

 冗談じゃねえ、とハルキは吐き捨てるように言った。

「薬物?」

「麻薬に合成ドラッグ、自白剤まで。どれも割と簡単に手に入れられるモンばっかりだったが、依存性が高いものばかりだ。多分、捕まってた子どもたちに使ってたんだろーよ」

 そう言って、ハルキは押し黙った。彼にも何か感じるところはあるらしい。

 ハルキが分析するのは、この施設で何が行われていたのかということだ。

 その薬物はハルキの言う通り、子どもたちに使われていたに違いなかった。

能力者子どもを高く売るには、薬物中毒にしてしまうのが一番手っ取り早いからな。訓練も受けてない民間人が薬物に逆らうのは無理だ」

 大河は自分で言っていて憂鬱な気分になった。

 能力者ギフトを薬物中毒に仕立て上げ、従順な奴隷を作り出す──それはよく使われている手法だ。

 人間という生き物は脆い。  

 どれほど屈強な人間だろうと、永遠に続く拷問や、薬物による快楽には抗えない。 その対象が、今までごく普通に暮らしていた子どもだとすればなおさらだ。

 彼らはある日突然誘拐され、見知らぬ、劣悪な環境に閉じ込められる。

 その環境による心理的ストレス、そして度重なる拷問による痛みと、薬物による快楽を何度も何度も繰り返し与えられ、少しずつ狂わされていく──そして最後には、命令に従順な『兵器廃人』へと作り変えられてしまう。

 そうして彼らはブラックマーケットに売りに出される。そして彼らを買い付けたテロリストの言いなりになり、どんなことでもするようになる。

 ほんの僅かな薬物を貰うために、何だってするようなるのだ。

 たとえそれが、人殺しであろうと。

 人を殺してでも、薬が欲しい──そうなるように仕向けられる。

「嫌な世の中だよなぁ……」

 間の抜けた声で、ハルキは言った。

 本当に──その通りだと、大河は思った。

 


 能力者ギフトが世界に現れ始めたのは、今から25年前のことだ。

 産まれた子どもたちの中に、超能力──そうとしか表現しようのない力を持った者が現れ始めたのだ。

 原因は今もわかっておらず、彼らが使う力の原理もほとんど解明されていない。

 環境汚染、未知のウィルス、突然変異……様々な憶測が流れたが、どれも答には成り得なかった。

 解を得ないまま、『超常現象』を起こすことが出来る子どもたちは増え続けた。

 そしていつしか人々は、あるがままの事実として──彼らの存在を受け入れた。

 人の身でありながら、『超常現象』を起こすことが出来る彼ら──その力を『大人たち』が利用し始めるのには、それ程の時間はかからなかった。


 ある時はテロリストの武器として。


 ある時は軍の兵器として。

 

 ある時は犯罪の道具として。


 彼らは利用され、結果として多くの人間が死んだ。

 人々は彼らに畏怖を込めて『能力者ギフト』と呼んでいる。

 神に与えられた力──ギフトとはそういう意味だ。

 現在では、もう能力者ギフトは珍しい存在ではない。最新の統計では、新たに誕生した子供の内、百人に一人がギフトであるとすら言われている。

 だが、ギフト彼らの存在は世界を変えた。

 超能力による凶悪犯罪は増え、都市の治安は急激に悪化の一途を辿った。

 ある地域では民族紛争が更に激化し、その結果世界中にテロリズムが蔓延した。

 そしてギフト彼らの誕生によって、人類は新たな次元へと進化したと言われるようになっても──世界から戦争は無くならなかった。


 西暦2024年。

 今も、世界の何処かで血が流れている。


 能力者ギフト無能力者オールドも関係なく。

 赤い血が流れ続けている。


 

 


 

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