靄がかりの風景

緋砂かやえ

桃色リサイクル

 今年から桜の花びらをリサイクルすることになったらしい。




 白色や桃色の花びらを付け華やかに咲き誇る桜。

 毎年3月下旬から5月上旬にかけて、日本じゅうのどこかで咲いている国花だ。

などと、私が説明する間でもないだろう。


 枝という枝全てに花をつけるそれは、毎年大量の花びらを地上に撒き落とす。

 その枚数は、桜の木1本あたり3万枚とも10万枚とも言われている。


 散ってしまった花びらは儚く、人々の心に影を落とす。

「しづ心なく花の散るらむ」「3日見ぬ間の桜かな」、昔から世の無常の代名詞のように用いられてきた桜の散り際。

 五月病を引き起こす遠因だと唱える学者もいる。

 花見の間は春の喜びを謳歌できるのに、散ると物憂げになってしまっていけないとは、いかにも人間のエゴでしかない、という話なのだが。


 ともかくも、落ち葉と同様に、散ってしまった花びらはこれまで土に還るのを静かに待つか、道路の上で人々に踏まれてドロドロになる運命にあった。

 だから桜並木の周辺住民はゴミとして掻き集めて捨てるのが日課となっていた。




 だったら桜の花びらも回収してリサイクルすれば良いじゃない。





 と、ちょっとこしゃまくれた子供が日比谷公園で母親に言ったのを、昼休みにベンチで居眠りしていた私の友人で環境省の官僚が聞いて、ピンと来たらしい。

 思いつきで上司に提案したら、あれよあれよという間に局長決済が下りて、都道府県に花びらリサイクルに関する通達が出されたのだそうだ。



 

 私の住んでいる地域でも、来週から花びらリサイクルの体制が整うという。


 区役所に問い合わせたところ、散った花びらを公園周辺にある回収所や区役所の出張所に運ぶと、5キログラム100円で引き取ってくれるらしい。

 (単位が100円なのは、硬貨のデザインに縁るのだろうか?)

 ただ、雨の降った後に回収したものは汚れていて洗浄が必要になるため値段が半額になってしまうらしい。


 さらに、公園や川べりで花見を楽しんだ人は、帰りがけに1人最低1キログラムを回収しなければいけない。

 これには対価は払われない。花びらが花見料代わり、ということだ。

 花びらの量にも限界があるため、公園の容量を超えて人々が集うのを防ぐ効果もあるらしい。

 金欲しさに例年よりも人出が増えるんじゃないか、という疑問もないわけではないが、どうなのだろうか。


 桜を掻き集める道具、なんてのもそろそろ店頭に並び始めた。

 ほうきと塵取りがあれば良いような気もするのだが、バッテリーで動く携帯掃除機やロボット掃除機、溝に落ちた花びらを掬う網みたいなものも出回り始めている。

 色調は概ねピンク、時々空色の物もあったりして、かなりポップな掃除道具だ。

 渋谷の大型雑貨屋では特設売り場の上に「花見でエコ」みたいなキャッチコピーを書いた看板が天井から吊り下げてあった。

 私が見ていた間にも、何人かの客が入れ替わり立ち止まって商品を手に取っていた。案外この春のヒット商品になるかもしれない。


 一方で、このリサイクル開始でてんやわんやなのが、都内では上野公園がある台東区、隅田川の流域にあたる墨田区など。

 担当係に任命された職員に水を向けたところ、

 「公園周辺に職員を張り付けなければいけないうえ、一体どの程度の量が回収され料金を支払わなければならないのか想像もつかない」

と嘆いていた。




 さて、肝心の話。


 集めた花びらは何に使われるのだろう。


 草木染の材料?食用もしくは飼料として?

 昼休み、食事を共にした環境省の友人に問いかけてみる。

 友人は大袈裟に首を振って否定した。


 「凍らせて保存するんだ、いわば未来への投資さ――未来に向かって撒くんだよ」


 意味が分からず眉を顰めると、彼は丁寧に説明してくれた。


 百年後か二百年後か、このまま温暖化とか異常気象が深刻になれば、いずれ桜が毎年咲かない時が来るに違いない。

 その時、人々はどう思うだろうか。

 桜のない春に落ち込み、憤り、あるいは自暴自棄になるかもしれない。

 ともかくも、国内の人々が春になって生産性を落とすのは間違いない。


 そんな時こそ、それまでに集めた膨大な花びらの出番になる。


 国中のありとあらゆるところで、空から桜を降らすんだ。

 そうすれば人々は華やかで儚い春を思い出し、新しい年が来たのだと感じることができるだろう?


 「子孫に対しての、せめてもの償いってやつかもな」

 最後はそう締めくくった友人の目は遠く、重たそうに蕾を抱えた桜の木に向けられていた。




 その視線を追って、私も空を見上げてみる。


 真っ直ぐな日差し。春にしては珍しく、ぬけるように青い空。


 その向こうに、幻影を見た。

 長い眠りから醒めたばかりの花びらがしんしんと降ってくる。

 温かな光を受けてそれらは溶けることもなく足元に積もっていく。

 贖罪の色は白く、そしてほのかに赤色が混じっている。




 花の命よ長くあれ。蕾に向かって吐きかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る