第5話 ムハマド空将

 2020年4月11日10:35 市ヶ谷


 自衛隊航空幕僚監部総務課総務部副部長補佐、田神芳雄二等空佐は今、航空幕僚副長室において、直立不動の体制にいた。別な言い方をするならば、デスクの横に掲げられている国旗と、後藤田航空幕僚副長の軍服袖に付けられた星三つの階級章に威圧されている状態とも言えるだろう。ちなみに後藤田幕僚副長は彼の義兄でもある。


「芳雄君、ちょっと困ったことがあってね」


 そう言って、後藤田は椅子に身を持たせながら大きな口髭を引っぱった。

 既にシンボル化しているその口髭は、数十年前に救援部隊として中東にしばらく駐屯して以来だそうだ。『口髭がない男は、大人ではない』というのが口癖で、浅狭な隊員などは“ムハマド空将”と陰口をたたいていた。

 義兄が困ったこととは何だろう。田神はしばし考えてから言葉を選んだ。


「例のミサイルでありますか? 昨夜ニュースで報道していましたね」

「ここ数日で、事態が二転三転しているからな」

「原因はやはり世襲問題ですか?」

「三日前までは長男の世襲が濃厚だったが、彼の側近が昨夜拘束された。どうやら三男のバックにいる急進派が、軍を掌握したらしい。やはりあの国に於ける総督の権威は、既に消えかかっているようだ」

「ではミサイル実験の方は……?」

「その件については、米軍と協議中だ」


 それ以上尋ねるなというように、後藤田は両手を組み直す。やはり二等空佐という微妙な階級では、肩書きばかりが長くても、親族関係にあっても、なかなか核心的な話はしてもらえないらしい。


「呼んだのはその件ではなく、昨日国税庁にいる友人からある打診があったことだ」

「国税庁……ですか」


 これまた不思議なところから接触があったもんだと田神は思った。もちろん、国の税金を使っての防衛活動だから、縁がないわけではないが。しかし、防衛費は国家予算として決められるので、直接国税庁から何か言ってくることは殆どない。それに基本的に各省庁は横の繋がりが薄かった。


「信憑性はあまりないが、一度誰かが見てこないと駄目だろう。もちろんわざわざ出向いて何もなかったら、こちらも恥をかく。つまり、非公式に訪問して、事の真価を確かめてきて欲しいのだ」

「えっと、何を仰られているのか、自分には分かりかねるのですが……」


 地位が上に行けば行くほど、話す内容をぼかし始めるという不思議な病状が現れ始める。それを読み取れなければ、なかなか昇格も難しい。後藤田もまた、何故分からないのだという顔で田神を睨み返した。


「国税庁の奴らが、妙な物を見つけたらしいのだ。ただの玩具だとは思うが、作成者が作成者だけに、慎重に動くべきだと言ってるんだ」

「玩具ですか?」

「ああ、そういうことだ」


 田神は必死に考えた。

 国税庁が発見した玩具。それは、防衛に関わる物だろう。作成者はきっとそれを創り得る人間に違いない。となるとやはり武器、まさかとは思うがミサイルか何かだろうか?

 脳内推理に裏付ける為、田神は遠回しな質問をすることにした。


「しかし何故、警察の方に話を回さなかったのでしょうか?」


 警察嫌いな後藤田が、フンとバカにしたように鼻で笑う。国家安全を守るという方向では同じはずなのだが、過去にあった機密漏洩事件で色々あったらしい。


「警察などにはとても扱えない代物だよ、たとえ公安であってもな、君。なにしろ物は巨大ロボットだ。それに国税庁としては、監査が終了する前に大ごとにしたくないそうだ。彼らは以前テロ組織の施設を公安部に押さえられ、徴税が出来なかったことを相当根に持ってるからな」


 国税庁の事情などどうでも良い。それよりも義兄が何気なく口にしたその言葉に、田神は耳を疑った。


「空幕副長、確認いたしますが巨大ロボット……でありますか?」


 SF小説じゃあるまいし、そんな物がこの世に存在しているなんてことがあるのだろうか? たぶん調査官らの見まちがいだろう。

 その一方で、防衛省は数十年前からロボット計画を推進し、国家予算をつぎ込んでいる。だが、飛んでもない予算をつぎ込んでいるわりには、計画は遅々として進んでいなかった。つまり荒唐無稽と笑ってしまえば、目糞鼻糞を地でいってしまうようなものだ。

 後藤田もそれは分かっているのだろう。普段にも増して、恐ろしく歯切れが悪い。


「私としても、君のように身内だからこそなのだが……。何しろ、信憑性はゼロに近く、やたらの者に行かせてハリボテだったでは目も当てられない。まあ、これは君の有志ということで明日にでも……」


 言葉を切った彼は、上目遣いに田神を見つめ返した。


「なるほど、分かりました」


 歯切れが悪くても、命令は命令だ。即答せざるを得ないだろう。そんな理不尽は慣れている。とにかくロボットと聞いて、息子とのゲーム対戦で完膚無きまでに叩きのめされた昨夜のことを、ふと思い出していた田神だった。

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