相続ロボ ビークエスター!

イブスキー

第1話 無用の長物

 2020/4/9 15:30 神奈川県・大宝寺邸


 大宝寺空人は横たわる巨大な物体を、憤然とした気持ちで眺めていた。

 彼にとってそれは確実に無用の長物。それどころか、「超いらねぇー」を二百回ほど連呼してもまだ足りないという、そんな代物だ。

 カリフォルニア大の学生である空人だが、今日は珍しくスーツを着込んでいる。しかし緩めたネクタイや、乱れた癖毛が全てを台なしだ。いつもは軽く分けている前髪も、今は目をおおうカーテンである。

 顔立ちは童顔と言っていいだろう。アメリカでは東洋人であることも手伝って、常に身分証を携帯しなければ映画館にもまともに入れないという不遇に見舞われている。一度などは運転中にハイウェイパトロールに止められて、ジュニアハイの生徒にしか見えないから髭を生やせなどと、しょうもないアドバイスを受けたことがあった。

 そんな顔がへの字に結んだ唇と相まって、ヘソを曲げた幼児のようになっていた。


「マジ、なにこれ。あ、でも二次元ならあり得るのか。するとここは二次元か、二次元なんだな?」


 しかし、“それ違うからぁぁぁ~”と別の自分がアホ声で答えていた。

 意味不明な物体。

 いわゆる巨大ロボットだ。

 巨大ロボット、それは多くの者が心を躍らすらしいことは、数々のアニメが証明している。ただし空人は何の興味もない。興味がないどころか無性にイラつく物体だった。


「お坊ちゃま、お気持ちお察しいたします」


 背後に立つ秘書兼執事の堀越伝十郎が、同情するような声を発したのを聞いて、空人はますますイラッとした。


「同情するなら、お前、これを何とかしろ」


 無茶なことを言っているのは知っている。これは八つ当たりだ。髪が薄くなるまで、長年にわたり大宝寺家に使えてきた伝十郎には、何一つ落ち度はない。


「分かりました、お坊ちゃま」


 だが伝十郎は即答だった。片手にトンカチ、もう片方にはノコギリを携えて、目の前の物体に近づいていく。手中のアイテムと黒いスーツ姿はあまりにも不釣り合いなのだが、本人は気にしている様子は全くなかった。その瞳は思いつめたような色を帯び、普段はピシッと整えられたバーコード風の髪型も、ざるそばのごとく頭の上で乱れていた。


「待て、伝十郎!」


 空人の制止も聞かず、伝十郎は振りかざしたトンカチを目前にある壁のような物体へと叩き付ける。瞬間、硬いものどうしを打ち付けた鈍い音が響いた。

 だが剛性が常識外に高いのか、トンカチを打ち付けた程度では表面を震わせることすらなく、その衝撃を完全に跳ね返したらしい。「ぐはっ」と呻き、伝十郎は右手を抑えてその場にうずくまった。


「だ、だから止めろと言ったのに」

「な、なんぞ、これしき……」


 伝十郎の決意はその物体以上に固いらしい。ノコギリを拾い上げると、今度は両手で破壊活動を再開した。

 しかし、ノコギリは表面を滑り、力んでもノコギリ自体がたわむばかりで歯が立たないようだ。位置を変え、角度を変え、何とか表面に食い込ませようとしているが、あっという間に刃はボロボロで、ついでに伝十郎の両手と心もボロボロとなってしまった。


「あぁぁ……」


 うめき声を漏らす秘書兼執事に、空人は駆け寄った。今年七十になろうとしている老体にひびでも入られては、日常生活が困窮してしまうだろう。

 だが空人の心配をよそに、伝十郎はうつむき気味に肩を震わせていた。


「申し訳ありません、旦那様! わたくしはなんということを……」

「大丈夫だ。傷一つ入ってない」


 本当になんて頑丈に作られている物体だろうか。こんな物を押しつけられ、あまつさえ今後待ち受けているだろう厄介事を想像すると、空人はとてもやりきれない気分になっていた。


「そういうことを申し上げているのではありません! たとえお坊ちゃまの頼みとはいえ、旦那様が丹精込めて作られた大切な物を破壊しようとした自分を、情けなく思っているのでございます!」


 真剣に睨み返され、さすがの空人も言葉を失う。

 だから次の瞬間、「てめぇ、トンカチやノコギリまで用意して、やる気満々だったじゃねぇか!」という文句が脳裏に浮かんだにも関わらず、珍しく口にはしなかった。


「しかし、もしもお坊ちゃまが収監されることになりましたら……」

「というか、俺はなんかの罪になるのか? ええっと、あれかな。世界に誇る日本のマグナカルタ、その名も銃刀法違反!」


 そう言いながら、親指と人差し指で拳銃の真似をする。しかし、伝十郎は眉をひそめて、即座に否定した。


「いえ、銃器ではないですゆえ……」


 確かにそうだ。

 それに、これはたぶん刀剣類でもない。もっと言うなら、目的すら分からない代物なのだ。

 空人は再び顔を上げると、横たわる物体を険しい目で睨みつける。

 全長十五メートルあまり。白銀のボディが白熱灯の光に輝いている。妙に長い手と、妙に短い足を持つ不格好な姿は、立ち上がっても見栄えが良いものではないだろう。手の指はそれぞれ五本あり、何かをつかむ機能はあるようだ。頭部はたぶん二メートルほどありそうだが、人が搭乗するようには出来ていないらしい。

 その装甲強度は、先ほどの伝十郎の攻撃にも無傷だったことから想像すると、かなりあるらしい。もっともトンカチやノコギリで壊れるような代物は、たとえ見かけがそうであってもロボットとは言いがたいだろうが。

 ただし分かるのはこれだけ。横たわっているので、前面がどうなっているのか、背面がどうなっているのか全く見えない。むしろ人が搭乗できるのかも、空人には判断が出来なかった。


「そういえばこの屋敷はオヤジが即金で買ったんだったよな? 大丈夫なのか?」

「屋敷の方は資産評価がはっきりしているので問題ないかと。ただここは……」


 伝十郎が言った“ここ”とは、神奈川にある屋敷の地下。広さは三十メートル四方もちろんアバウト、何となく工場っぽい、あえて言うなら秘密基地っぽい、そんな場所だ。入口は屋敷の地下室と狭い階段で繋がっている。しかし、ロボット周辺に点在する機材や機械や機器を考えれば、別の入口もどこかにあるだろう。

 いや、問題は入口のことではない。


「色々と面倒なことになりそうな悪寒がする。明日の午後だったよな、国税庁との約束の時間は?」

「もめなければよろしゅうございますね」


 ってか、どう考えてももめるだろう、という無言のツッコミは飲み込んで、空人は深いため吐き出した。

 空人の父、大宝寺直太朗が突然の事故で七十一年の生涯を閉じたのは、ちょうど一週間前だ。彼は世界随一の科学者で、物理学者で、数学者で、工学者で、つまりそんな感じだった。

 もう少し詳しく書くとしたら、彼は数値流体学で博士号を取得し、金属科学の分野で世界的に有名になり、電気力学における新理論でノーベル賞を受賞し、超硬化金属の開発で巨万の富を入れたのだが、そんなウザい過去などどうでもいい。

 問題はそんな偉業ではなく、その父がもうこの世には存在しないことなのだ。


「オヤジの奴、何を考えてこんな物を作ったんだ。遺産相続で困るのは俺だって分かるだろうに」


 母はずっと昔に死んでいる。事故死したのは空人が八歳の時だ。父とは三十近く年が離れていて、身寄りがない人だったと以前に伝十郎から聞いたことがある。幼かった為に記憶には残っていないが、優しい微笑みを浮かべる人だった。

 父もまた、タイに又従兄弟が住んでいるぐらいで、近しい親族はこの世には残っていない。

 つまり空人は戸籍上も実質的にも、天涯孤独の身の上となってしまった。もっとも、これは以前から予測がついていたことだ。高齢の父が死ねば相続人は自分一人。余談だがアメリカのタブロイド紙に、『相続争いが起こらないセレブ・ベスト一〇〇』の第六七位に選ばれたことがある。


「考えましたら、アメリカに住んでいらして、本当によろしゅうございましたね。あちらにある資産の百分の一にも満たないというのに、日本の遺産相続の手続きは色々と大変ですから」


 手続き以前の問題だ。こんな置き土産を残されて、国税庁に目をつけられるとか鬱すぎる。


「しっかしオヤジの奴、これを作る為に日本に戻って来たのか」


 口を尖らせて、空人は呟く。


「余生の楽しみだと旦那様が仰ってました」

「お前、知ってたのか?」

「い、いえ、存じませんでしたが、帰国の理由についてそのようなことを」


 父が単身で帰国したのは四年前だ。当時ハイスクールの生徒だった空人は、伝十郎とともにアメリカに残った。というより父が来るなと止めたのだが、止められずとも空人は戻るつもりは毛頭なかった。州法によりハイスクールは義務教育だからとか、ガールフレンドと別れたくないからとか、そんな理由だ。


「とにかく、会計士には連絡したんだろうな?」

「はい、先生は明後日の夕方には来ていただけるとおっしゃっています」

「あさってぇ!? 明後日来たってしょうがないだろっ! 奴らが来た時に一緒にいなけきゃ、意味がないじゃないか。何の為に顧問会計士をさせてやってると思ってるんだ!」

「お忙しい方ですから」

「仕方がない。とりあえず相手の言い分を聞くだけ聞いてみるか」


 空人はまるで死刑宣告を待つ囚人のような気分になっていた。口では強がりを言っていたものの、内心は戦々恐々といったところだ。

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