第49話 疫鬼、封印す

 緒方おがたは汗を拭いながら土中から出現する敷次郎しきじろうを、土蜘蛛つちぐもの糸により封印していく。その数は、もう数えていない。金剛寺こんごうじせり祀宮まつりみやも鍛えているとはいえ、これほどの大群を相手に闘ったことはなかった。


「あれ?」


 芹の驚く声がインカムを通して聴こえた。


「どうしたぁ。芹っ」


「隊長、敷次郎が」


 今度は祀宮の声が響いてきた。


「どんどん土に還っていっているわ!」


 緒方はゴーグルの下の目を凝らした。敷次郎たちが明らかに数を減らしている。


「金剛寺、これぁどういうこった」


「わかりません。しかし、もう襲っても来ないみたいですよ」


 緒方は土蜘蛛を持った手を下げた。目の前の土中から上半身だけ出した敷次郎が、吸い込まれるように土中へ沈んでいく。


 気が付いた時にはあれだけいた敷次郎が、すべて姿を消していた。緒方は作戦指揮室へ連絡を取る。


漆黒の鷹しっこくのたか、緒方っ。金生きんしょう山麓に現れた敷次郎たちが、すべて消えた!」


 インカムに佐々波さざなみの太い声が入る。


「緒方隊長、こちらには反対の報告が、地区保安官から入って来ているんだ」


「と言いますと?」


「各地区で忽然と気配を消した敷次郎が、再び戻ったらしい霊波を捉えたとのことだ」


「つまり、ここに集結していた連中が帰宅してきました。そういうことですかい」


「ああ。いったいどういうことなのか。すぐに調べるがな。それで、そっちのほうはどうなった」


 緒方は片手を挙げて部下を呼び集める。


「敷次郎に手間取っちまいました。すぐに民間人と疫鬼えききの後を追いかけます」


「頼んだぞ」


 通信を切ると、緒方はすぐに前方を指さした。


藪鮫やぶさめ七宝しちほうを援護しにいくぜ!」


 全員が走り出した。その時。

 二百メートル先に影となって浮かぶ廃工場が、真っ赤な光に包まれた。


「なんだあっ!」


 緒方たちは思わず立ち止まった。目のくらむような真紅の光が辺りを照らす。


 緒方のインカムに、上空で待機しているヘリの操縦士、駒ケ岳こまがたけから通信が入った。


「隊長! 工場から赤い光がとんでもない勢いで放射されてますが、これってあの天狗筒てんぐづつが使われたんですかぁ?」


「いや、違うな。安心しろや、駒ケ岳。天狗筒を使用したらあんな発光はしねえさ。その前に上空のおまえさんは木端微塵になっちまっているよ」


 一瞬間が空き、駒ケ岳の悲壮な笑い声が聴こえてきた。


 一番手の芹はすぐに走り出している。後に続く三人。

 廃工場の崩れた壁や屋根から強烈な赤光色が、鋭利な刃物のように放射されている。緒方たちはゴーグルを操作し、光から視覚を守る。


「おいっ、七宝! 藪鮫! 聴こえるか」


 緒方は壁に背を預け、インカムに怒鳴った。

 まともに正視できないほど、強烈な光の渦に包まれた工場内。


「ヒエーッ、この光は何なのよっ」


 ナーティは固く瞼を閉じ上から両掌で覆うが、それでも赤色が針となって視覚に突き刺さる。


「これで天女の羽衣てんにょのはごろもがなかったら、いったいボクたちはどうなっているのやら」


 珠三郎たまさぶろうは目を閉じたまま首を振った。


「あっ、隊長から通信ですね」


「はーい、こちらは藪鮫。緒方隊長、敷次郎はどうなりましたあ?」


 ゴーグルを操作し終えた藪鮫は、天女の羽衣から透けて見える前方に視線を向けながら言った。


「おお、藪鮫の! 民間人と貴官たちは全員無事か」


「ええ、なんとか生き延びてます」


「隊長―っ、お元気ですかぁ?」


「七宝、俺を誰だと思ってんだあ! ところで、この無茶苦茶真っ赤な光はいったい何だ」


「それが、僕にもわからないんですよ。ただ言えるのは、呪術師の女の子が疫鬼をなんとかしてくれているみたいなんです」


 藪鮫のゴーグルには天井の梁に立ち、手から赤い光を放射し続けるリンメイの姿が映っている。


 リンメイは歯を食いしばり、渾身の力を込めて赤い石を疫鬼に向かって突き出していた。


 光は質量があるかのごとく、もしくは磁石の同極が反発しあうようにリンメイに負荷をかけてくる。


「ぜ、絶対に負けないっ、わたしは、わたしは、薩満シャーマンだあっ」


 磯女いそおんなに唯一の武器である数十本の尾を固定され、疫鬼は断末魔の咆哮を上げる。

 四メートルを超えていた体高が、目に見えて縮んでいく。


「くううっ、カアアアッ!」


 リンメイは叫んだ。


 ドーンンンッ、赤い光で満ちていた工場内に、爆音とともに紫色の光が疫鬼の身体から炸裂した。


 花火が天空で開花し消えていくように、工場内が静寂に包まれる。


「むむむっ、どうなったのやら」


 珠三郎は天女の羽衣から、そっと覗き見た。

 星明りがやけに降り注いでいる。天井を仰ぐと、丸く切り取られたように大きな穴が開いており、夜空がうかがえる。


「あら、あの化け物はどうしちゃったのかしら」


 ナーティは目隠ししていた太い指を開いた。


「七宝―っ、藪鮫保安官―っ」


 鉄扉から小銃を構えて、芹が走ってくる。その後に緒方たちが続く。


「おーい、こっちだよー」


 藪鮫は立ち上がり、手を振った。


げんちゃん、大丈夫かのう」


「ああ、ありがとう、ぬえちゃん」


 老人二人は互いに手を取り合った。


 大柄な緒方の走る地響きが、コンクリートの床に響く。


「藪鮫の、疫鬼は?」


 腰の右にナーティ、左に七宝がしがみついたままだが、藪鮫は二人の頭に手を置いたまま緒方に言った。


「どうやら消滅、もしくは封印できたと思われますね」


 珠三郎はタブレットをスワイプさせながら、うなずいた。


「うん。完全に邪気じゃきが消えちゃっているよーん」


 緒方は床を這う黒い物体に気づいた。あわてて土蜘蛛を収めたホルスターに手を伸ばす。その手を藪鮫が押さえ、ウインクした。


 大量の毛髪である磯女はズルズルと蛇のようにうごめきながら、珠三郎の脚から身体を登り、オカッパ頭にたどりついた。


「えっ? ええーっ!」


 緒方をはじめ、芹、金剛寺、祀宮は小さな悲鳴を漏らすのであった。


つづく

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