第16話 超法定速度の軽トラ

 陽の落ちた県道を猛スピードで走るトヨタのピクシス。二人乗りの軽トラックである。すれ違う車のドライバーはその荷台を見て一様に驚いた。真っ黒なゴリラが檻にも入れられずに積んであったからだ。


「もうちょっとマシな車は調達できなかったのかしらっ」


 ゴリラと見まごうのは黒い道服どうふくのナーティであった。その怒った声はインカムを通じて運転席でハンドルを握る珠三郎たまさぶろう、そして隣でグリーンのハート付きカチューシャを嬉しそうに頭にはめたぬえにも聴こえた。


「ほうほう、これは便利よのう、風船のにいさん」


「でしょう。本当はLEDで七色に光らせたかったんだけどさあ」


 世の中のほぼすべての乗り物を操縦できる珠三郎にとって、軽トラックなど鼻くそをほじりながら足の指でも運転できる。


 ただ胸元と背中に取り付けたタブレットとPCが邪魔で、半身の状態でハンドルを右手の親指と人差し指だけで操っていた。時折胸元のタブレットにじっと視線を注ぐ。もちろんアクセル全開のままで。


「あいにくと店子たなこのみんなが出払っておったでのう。隣の家から農作業用のトラックしか借りられなんだわい」


「上等、上等。それよりも邪気じゃきが異様に膨らんできてるんだよーん。緊急事態だから、ノンストップで突っ走りまーす!」


 珠三郎はすべての信号を無視し、侵入してくる他の車を紙一重で避けながら軽トラを走らせる。


「ヒーッ! ぶつかるぅー! 危なーいっ!」


 荷台に乗ったナーティは曲芸を通り越した珠三郎の運転に、心の底から恐怖を感じていた。


 パトカーで警らに出ていた田中たなかとハマさんは交差点で信号が青に変わったため、運転する田中はゆっくりとアクセルを踏んだ。その時「危ないっ」とハマさんが叫んだため、あわててブレーキを踏んだ。


 目の前を信号無視で、しかも時速百キロを軽く超えるスピードで軽トラックが交差点を突っ切っていくではないか。


「おいっ、信号無視にスピード違反だ! 追いかけるぞっ」


「了解っす!」


 パトカーは赤色灯を回しながら、サイレンを鳴らす。


「あらやだっ、ちょっとタマサブ!」


 荷台に乗ったナーティが叫んだ。


 ハンドルを器用に操りながら、珠三郎はナーティの声を無視して鼻歌まじりでさらにトラックを加速させていった。


つづく

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