第12話 百五十兆円の宝

 小笠原おがさわらの自室へ採掘現場からもどった百目ひゃくめが入って行く。中尾なかおは運転してきた小笠原の車、黒塗りのベンツCLSを屋敷の駐車場に入れた。


 中尾が駐車場からでると、そこには武本たけもとが立っていた。


「おう、お疲れ」


 武本は言いながらもしきりに視線を周囲に向けているのが、中尾にはわかった。


 中尾は無言で軽くうなずく。どうやら人に聴かれたくない話があるようだ。実は中尾も武本に相談したいことがあった。


「百目の旦那が先生の自室に入ったなら、二、三十分は大丈夫かな」


 低い声で武本が言う。二人は屋敷の中にある小さな控室へ向かった。


 小さなテーブルと安物のソファのみが置かれた、六畳ほどの小部屋。

 武本はでっぷりとした身体をソファに沈め、前に座る中尾を見る。


「中尾さんよ、ここなら誰にも聞かれねえかな」


 三白眼の中尾の目が瞬きもせずに、じっと鋭い視線を送る。


「で、どうだったよ。徳川の埋蔵金とやらは」


「ああ、ここまで戻ってくる車中で盛んに嬉しそうにつぶやいていたな。見つけた、見つけたと」


「ほう。じゃあ話は本物だったわけだ」


「みたいだな」

 

武本は思案気な顔つきで宙に視線をはわす。


「いったい幾らぐらいの価値があるんだろうな。一億か、まさか十億ってか」


「いや、もし本物であったらそんなチンケな額じゃないようだ」


 中尾は口元を曲げる。


「百五十兆円。今の価値でいくとそれくらいになるらしい」


 事もなげに言う中尾に対して、武本は驚いた。


「ひゃ、百五十、兆円? な、なんだあ、それは!」


「あくまでも噂さ。それに本物であれば、我々のものにはならない」


「なんでだ、掘ったもん勝ちだろうがっ」


 ドスの効いた声を荒げる。


 武本の威嚇に近い怒声に対して、中尾は相手に気づかれないように小さく舌打ちをする。武闘派を気取っているが、所詮は力だけの脳なしだ。これからの世の中は情報力だ。しかもそれをどう使うかの知性が大前提として必要だがな。


 中尾はおくびにも出さず、続けた。


「埋蔵金の類は文化庁とやらに届けないといけないらしい。しかもあの山は我々の持ち物じゃないしな。当然警察へも言わなければならん。つまり我々には一銭も入らない。せいぜいマスコミに取り上げられるくらいさ」


「冗談じゃねえ。今さらそんな事言われてもな」


「ああ。だからさ。だから今回がチャンスなんだ」


 中尾の小さな瞳が獲物を狙うかのように光る。武本の怒った顔に、笑みが絡んだ。


「そうか。お宝が見つかったら、いよいよ決行。俺たちの時代が来る、ってことか」


「そっちの配下については大丈夫なんだろうな」


「おう、任せな。あいつらを手なずけているのは俺だ。俺の命令には絶対服従さ」


 中尾は目を閉じ、両手を組んだ。


「小笠原のとっつぁんには散々苦渋を舐めさせられたが、これで終わりだ。このO市をまとめていくのは、小笠原から俺たちに交代だ。市政については俺が、会社についてはあんたが引き継ぐ」


 二人は笑いをかみ殺しながらうなずいた。


つづく

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