お盆休みの【NG】のこと

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一九八六年 八月十三日(水)

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 今週の日曜日、八月十日から、父の仕事も『南』の特別授業も一週間のお盆休みに入った。


 お休み一日目。

 父の強いリクエストで、毎年この日はなにも予定を入れない。

 家族それぞれ、好きなようにのんびりと過ごす。


 お休み二日目。

 この日は家の掃除。年末の大掃除とまではいかないけれど、それなりに気合いを入れて家中をきれいにする。

 一通り終わったらナスとキュウリで精霊馬を作り、切り花や落雁と一緒に仏壇へ供える。


 お休み三日目。

 お墓参り。我が家のお墓だけでなく、親戚や、交流のあったご近所さんにもお線香を上げて回る。

 丘の上とか、畑の端っことか、お寺以外にあるお墓も多くて、毎回かなり時間がかかる。

 春や秋のお彼岸と違い、この時期は暑いうえに蚊も多いから、あまりしんみりした気持ちにもなれない。


 そして、お休み四日目。

 今日は朝早くから家族全員で父の車に乗り込み、祖父母の家に向かって出発した。

 早いと言っても、ぼくにとっては普段の通学時間と大差ない。

 未だ眠そうな母と弟は後部座席に乗ってもらい、ぼくが助手席でナビ役を務める。


 いつもの駅前に向かう道とは反対方向に走り、県境を越え、高速に入る。

 十時を回ったあたりで帰省ラッシュに捕まって、ようやく高速を下りられたのは、お昼を少し過ぎたぐらい。

 目的地まであと一時間というところだけど、ノロノロ運転でみんな疲れていたし、ちょうど国道沿いに見えて来たデパートに入って、お昼休憩を取ることにした。


 お盆休みのお昼時とあって、飲食店のフロアはどこもいっぱい。

 約三十分待ちと告げられたレストランに予約を入れて、それまではデパートの中で自由時間となる。

 元よりこうなると予想していた弟が、喜々として屋上プレイランドへ走り出す。

 もちろんぼくも、両親に少し迷った素振りを見せてから、弟の様子を見ていると理由付けをして、その後を追った。



 ある、ある、ある。

 見たことの無いゲームがいっぱいある。



 横スクロールシューティング、【スカイキッド】がある。

 固定画面のアクションゲーム、【トイポップ】がある。

【バラデューク】に【パックランド】に【ドラゴンバスター】……。

 わっ、今月号のBASICマガジンベーマガで紹介されてた最新ゲーム、大型3Dシューティングの【サンダーセプター】まである!

 ここ、本当にデパートの屋上?

 地元のデパートは元より、下手をするとゲーム・パラダイスより品ぞろえが良くない?


 こうなると、わずか三十分の自由時間が恨めしい。

 うう、迷う。目移りする

 どれから遊ぼう? 限られた時間の中、まずどれを遊ぶべきだろう?



 と……。



 はやる気持ちでゲーム筐体の列を見渡した時、壁に描かれた文字に気が付いた。


「ナムコランド」?

 ここ、ゲームメーカー「ナムコ」の直営店!?


 ナムコが全国に直営ゲームセンターを展開していることは、ベーマガの記事で知っていた。

 同じくナムコ系列の「プレイシティキャロット」というお店には、その地域でトップクラスのハイスコアラーが集い、日夜腕を競っているらしい。

 そんなメーカー直営店が、まさかこんなデパートの屋上にもあったなんて……。

 道理でナムコゲームの品揃えがいいわけだ。


 待てよ。

 ここがナムコの直営店なら、ひょっとして……。



 フロアの奥にあるカウンターでは、長髪をバンダナでまとめたバンドマン風のお兄さんが雑誌を読書中だった。

 この人が店員さんでいいんだよね……とためらっていたら、ぼくに気が付いたお兄さんの方から「なにか?」と声をかけてくれた。

 思い切って質問してみる。



「【NG】ば知っとっとね!?」



 ずいぶん驚かれた。

 このお店では、あんまり【NG】って知られてないんだろうか。

 ナムコが直営店で無料配布している季刊発行の情報誌、【NG】。

 その存在を知ってからずっと気になっていたし、全国のゲームファンも思いは同じだと思っていたんだけど。


 ぼくが【NG】を知っていたのがよほどうれしかったのか、お兄さんはカウンターの棚から次々とA5版の小冊子を出してくれた。

 表紙に【ドルアーガの塔】シリーズのギルとカイが描かれた十四号、【トイポップ】のピノとアチャが描かれた十三号、パックマンが今年の干支の寅に扮している十二号……。


 最新号だけでなく、バックナンバーまで!

 地元に【NG】を置いてるお店なんて無いから、お目にかかるのはあきらめていたと言うのに、なんて想定外のプレゼント!!

 お兄さんに負けず劣らずこちらも笑顔になって、何度もお礼を言う。


 その会話が聞こえたのか、奥のスタッフルームから年配の男性が顔を出した。

 ナムコグッズの販売もやってるそうなので、品物を見せてもらう。


 ポスター、欲しい。ものすごく欲しい。

 でも、部屋に貼ったりすれば、これまでひた隠しにして来たゲームへのはまりっぷりを自白するのと同じ。泣く泣くあきらめる。


 その代わり、ポスターと同じ図柄の下敷きを購入した。


 最近なにかと縁のある【ゼビウス】に、ストーリー仕立ての構成が面白い【ドルアーガの塔】、そして巨大なドラゴンが人間の戦士を見下ろす幻想的な風景を描いた【ドラゴンバスター】の三枚。

 初めて手に入れた、ナムコのゲームグッズ。

 なんだかわくわくしてくる。自然と頬がにやけて来る。

 大切に保管しておくか、それとも普段使いの文房具として愛用するか、どっちがいいかな。


 このナムコランドの責任者らしいおじさんが、手ずから【NG】と下敷き三枚をパックマン模様の紙袋に入れてくれた。

 さらに「オマケ」と言って、金色と銀色のパックマンメダルを、一枚ずつぼくに手渡してくれる。


 時計を見ると、もう両親との待ち合わせの時間。

 ぼくはもう一度おじさんとお兄さんにお礼を言って、途中で【サンダーセプター】に乗り込もうとしていた弟を捕まえてから、ナムコランドを後にした。



 夜。

 寝る前に祖父の机を借り、学校の課題を広げつつ、こっそりと【NG】を読んだ。

 無料配布とは思えないしっかりした装丁で、カラーページも多い。

 ベーマガに載っていないゲームの情報もうれしいし、そのうえマンガや短編小説まで読める。

 これは、良い物をもらった。

 もっと前のバックナンバーや、これから発行されるであろう最新号を読む方法は無いかなあ。

 特にこの「午後の国」ってマンガ、暖かでユニークなSF世界が、読んでいてすごく心地良い。

 せめてこの作品だけでも、単行本とかにまとめてくれるとうれしいんだけどな……。

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