12.お茶会


 それから、特に何事もなく数日が経った。

 相変わらずセイは忙しそうだし、フィーネは日々院での自分の仕事をこなしたり、空いた時間に読書をしたりと普段通りに過ごしている。

 『護衛されている』というのにも随分と慣れた。というかあまりにも彼らを見かけないので、むしろそれ自体忘れそうになるというのが正直なところだ。建物から出るとどこからともなく現れるので、完全に忘れることはないのだが。

 シキ曰く、建物の中での護衛は姿を現さなくてもまったく支障はないが、建物の外だと姿を現していた方がやりやすい、とのことだ。フィーネには護衛の経験などないので、そういうものなのか、と素直に納得した。

 ぱたん、とたった今読み終わった本を閉じる。やるべき仕事のほとんどは午前中のうちに終わらせた。あとやるべきことと言ったら夕飯の支度くらいだが、まだそれには時間がある。

 少し凝ってしまった首を軽く回しつつ、お茶でもしようと立ち上がった。

 急ぐことでもないのでのんびりと厨房へ行く途中、ふと、シキとカヤも誘ってみようかと思いつく。一度思いつけば、それはとてもいい案のように思えた。

 セイがどんな事態を想定して彼らに護衛を頼んだのかはわからないが、誰にも襲われることのないような自分を護衛する為に神経を磨り減らしていたりするなら心苦しい。

(少しでも息抜きしてもらえるといいんだけど……)

 そんなことを考えながら、三人分のお茶の用意を済ませて中庭に出ると、やはり何処からともなく二人が現れた。一体どこにいたのやらと思うが、なんだかその神出鬼没っぷりにも慣れてきたような気がするのがどうかと思う。


「あの、シキさん、カヤさん」

「ん?」

「…………」


 この数日間フィーネが二人に話しかけることはほぼ皆無だったため、不思議そうにシキとカヤは視線を向けてきた。


「お茶、しませんか。お仕事中なのは分かりますけど、少しは息抜きとか……必要だと思いますし、一人より三人のほうが、お茶も美味しいと思いますし……」


 断られたら、という不安からしどろもどろの口調になってしまう。

 けれどそれは杞憂だったらしく、シキは「お、いいじゃん」と楽しげに声をあげた。カヤは相変わらず無言ではあるが、シキと共にフィーネの傍に来たので、拒否する気はなさそうだ。


「何、……緑茶? 珍しいな」


 フィーネの持っていた籠を何気ない動作でカヤが持ち、横目で中身を確認したシキが僅かに目を丸くする。

 この国でお茶といえば紅茶が主流であり、緑茶はごく一部でしか流通していない。元々緑茶は『異国』――シルフィードから伝わったものであるために馴染みがなく、扱う商人が少ないために値段が張る、というのが原因だろう。


「あ、お好きじゃないですか?」


 慌ててフィーネが問うと、シキとカヤは同時に首を横に振った。


「いや、俺らも普通に飲むし。むしろ紅茶よりこっちのが馴染みあるくらいだからお気遣いなく」


 同意するように頷くカヤ。フィーネはほっと胸をなでおろす。

 さっさと手近な地面に腰を下ろした二人がフィーネを促して、お茶会が始まった。


「どうぞ、シキさん、カヤさん」

「ありがとな」

「…………」


 軽くお礼を言うシキと、黙って頭を下げるカヤ。フィーネも、まだ熱いお茶を手に持って、一息つく。


「そういや……」


 ふと何かを思い出したように口を開いたのはシキだった。お茶に息を吹きかけて冷ましながらフィーネに尋ねる。


「なんで敬語使うんだ?」

「?」


 思ってもみなかったことを問われて疑問符を浮かべるフィーネを、心底不思議そうに見るシキ。


「だってフィーネ、俺たちより年上だろ? おかしくないか?」

「…………」


 数秒の空白。後にフィーネは「……え?」と間抜けた声をあげた。


「俺ら十五だから。フィーネは確かセイと一つ違いで十六歳って聞いてるんだけど、違ったか?」

「え、え、年……下?」


 混乱の表情を浮かべてシキとカヤを交互に見るフィーネ。それに苦笑しながらシキが答える。


「そ、年下。だから敬語はナシでいいぜ。……あ、もし気になるんだったら俺らは敬語になおそうか?」


 そんなシキの問いかけも聞こえていないフィーネは、頭を抱えてブツブツ言っている。


「え、年下? わたしより年下ってことはセイより年下ってことで、つまりあの優柔不断でボケで子供と遊んでるときがどんなときより楽しそうなあのセイの、弟……? いや待ってどう考えてもおかしいから。だってシキさんとかカヤさんのほうがよっぽどしっかりしてそうだし、ていうか実際しっかりしてるし……」

「うっわー、セイすげー言われようだな……。ここで何やってたんだか」


 あんまりなフィーネの評価にさすがに同情するシキ。セイはただ貧乏くじ体質なだけで、能力的にはかなりのものを持っているはずなのだが。

 それをよそにマイペースにお茶を楽しんでいたカヤは、衝撃からなかなか抜け出せないでいるフィーネを一瞥し、おもむろに腰に下げていた袋を漁りだした。

 少しして、目当てのものを見つけたのか、フィーネに向かって何かを差し出す。突然目の前に現れた物体に驚いたフィーネは、思考から覚めた。

 カヤの手にあったのは、薄い紙に包まれた丸みを帯びた白い物体。


「……大福?」


 それは小ぶりの大福だった。

 こくりと頷くカヤはいつもと変わらぬ無表情で真意はわからない。


「……くれるんですか?」


 再び頷くカヤ。事情が上手く飲み込めないながらもとりあえずフィーネは大福を受け取る。


「ありがとうございます」


 同じ大福をもうひとつ取り出して自身の口に運び始めたカヤに礼を言って、手に持ったそれに齧り付く。


「……っ美味しい!」


 絶妙な甘さと食感に思わず感嘆の声をあげる。大福はシルフィード発祥のものだ。セントバレットではそれほど広まっていないため、これまでに食べたことは数えるほどしかないが、これほど美味しい大福に出会ったのは初めてだった。

 フィーネの心からの賞賛に、一瞬目を見開いたかのように見えたカヤは―――。


「…………ありがとう」


 小さな声で言って。ふわり、と微笑んだ。


「……っ?!」


 今まで一度も口を開かなかったカヤが言葉を発したこと、大福への賞賛に「ありがとう」と言われた……つまり大福の作り手が恐らくカヤであるということ、一度たりとも表情を変えることのなかったカヤが微笑んだこと―――どれに驚けばいいのか分からずに目を白黒させるフィーネ。

 滅多にないことに、隣のシキも呆気にとられている。


「……槍でも降ってくるんじゃねぇの……」


 ぼそりと呟かれた失礼極まりない言葉は、幸いカヤには届かなかった。


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