5.シオン


「これで終わり?」

「ちょっと待って。……うん、これで全部ね。本、少し持つわよ?」

「いいよ。これくらいなら僕一人で持てるし。でもそろそろ本棚いっぱいじゃなかった? また棚作るの?」

「そうなんじゃない? 院長の私室からも少し移動させるって言ってたし」

「え、僕聞いてないよ?」

「わたしも昨日聞いたばっかりよ。まぁ、セイが手伝わされるのは確実よね。頑張って」

「うう……まぁいいけどさ。チビたちにやらせるのも不安だし」

「年長者の務めよ。手が空いてたらわたしも手伝うつもりだから安心して。……まずは本の選別があるしね」

「なんで私室はあんな乱雑になるんだろうね、院長。他はちゃんとしてるのに」

「昔からだからもうどうしようもないわよ。本以外は整頓してあるから大目に見ましょう」

「フィーネにかかると院長も形無しだよね……」

「? 何よ」

「いや何でも」


 頼まれたもの全てを買った二人は、そのまま帰路に着く。行きとは違い表通りを使っての最短経路で帰ることにしたのだが、その途中、見知った顔を見つけて立ち止まった。


「あれシオンさんじゃない?」

「え、嘘。……あ、本当だ。珍しいね、あの人が表通りに居るの」

「何か用事でもあるのかしら。――って、あ」


 フィーネが目を瞬かせる。何事かと視線をフィーネからシオンの居るほうへと向けたセイは、話題の当人がこちらに近づいてくるのを目にした。


「こんにちは、フィーネさん、セイくん。買出しの帰りですか?」

「はい。シオンさんは何か御用が?」

「ええ。……というか、院に行くところだったんですよ。ご一緒しても?」

「院に? 構いませんけど……院長に用ですか?」

「まぁ、そのようなものです。荷物、持ちますよ。貸してください」

「え、いいですよ……ってああ」


 笑顔のままさりげない動作で荷物を奪われる。フィーネの持っていた分全てにセイの持っていた分を半分、という結構な量のはずなのだが、その細腕に似合わず軽々と持っている。セイは自分の腕と見比べて、もう少し身体を鍛えようと心に決めた。


「ええと、ありがとうございます。……お仕事の方は大丈夫なんですか?」

「ええ。優秀な弟子が二人も居ますからね」


 シオンは『何でも屋』を営んでいる……らしい。フィーネ自身は詳しく知らないが、院長にそう聞いている。先ほど言及されたように弟子が二人いるらしいが、実際に会ったことはない。しかし彼らの話題は度々上がっていたので、その人となりはそれとなく知っていたりする。

 雑談を交わしながら、三人連れ立って院へ向かう。会話をするのはもっぱらフィーネとシオンで、セイは何か思い悩むような顔で黙り込んでいた。

 院内に入ったところで別れ、シオンは院長の私室へ、セイとフィーネは買い込んだ荷物の整理へと向かう。


「セイ、途中からずっと黙ってたけど、どうしたの?」


 作業しながらのフィーネの問いに、セイは「うん……」と歯切れの悪い返事をした。


「シオンさんの用って何なのかなって、考えてて……時期的にもちょっと気になるし」

「時期?」

「あ、いや何でもない。ほらその、やっぱり珍しいからさ」

「まあ、確かに……。こんな時間に訪ねてくるのは珍しいわよね」


 シオンが院を訪れることはそう頻繁にあるわけではなかったが、それは大抵夜――夕食を終えた頃であることが主だった。酒などを手土産に訪れる姿を、フィーネも幾度か目にしている。


「何か急ぎの情報でも頼まれてたとか?」


 シオンは院長の持つ情報源のひとつでもある。『何でも屋』を営んでいるからなのか、また別の理由があるのかは知らないが、迅速に質のいい情報を集めるのだと、院長が手放しで賞賛しているのを聞いたことがあった。

 セイは少し考えるような素振りを見せたものの、気分を切り替えるように息を吐いて、呟いた。


「なら、別にいいんだけど……」


 それについての話題はそこで途切れ、後は子供達が椅子を壊したから新しく買わないといけないとか、どこそこの扉は調子が悪いから一度ちゃんと見てみたほうが良いとか、そういう院内の雑事についてへと話は移行していった。

 しかしその間も時折院長の私室を気にする素振りを見せるセイに、何をそんなに気にしているのかわからず、フィーネは内心首を傾げる。

(確かに滅多にないことだけど、一度もなかったってわけでもないし……他に気にかける要因でもあったとか?)

 そう考え、ふと気づく。

(もしかして、『隠し事』に関わること? 月一の外出、今日だったし)

 それなら妙に過敏になっていることにも頷ける。毎回外出後のセイは考え事に沈みがちだったり、溜息の数が増えたり、かと思えば明らかに空元気で騒いでみたりと、少々様子がおかしくなるのだ。今回もそれの一環なのかもしれない、とフィーネは考えた。

 荷物の整理を終えた後、シオンに出すためのお茶請けを準備しながら、フィーネは思いを巡らす。

 これまで見聞きしたことから推測するに、セイの『隠し事』には院長だけでなくシオンも関わっているのは間違いない。

 シオンが訪ねてきた後にセイが呼び出され、三人で院長の私室にこもっていたこともあれば、シオンの所に行って来ると言って、数日帰ってこなかったこともある。帰って来たセイは何やらよろよろしていて、その後数日ぐったりしていたが……一体なんだったのだろう。

(……まあ、こうやって推測したって、答えは教えてもらえないんだけど)

 隠しているのならそれ相応の理由があるのだろうとわかっているから、しつこく追及することもできない。

(……いつか、教えてくれるのかなぁ)

 そうだといいのに、と思いながら、フィーネは院長の私室の戸を叩いた。

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