第3話 脱出

次々と階段を駆け上がっていく。

「34・・・35・・・36」

階数を数える自分の声だけが響いた。

流石にミヤも息が上がった状態のためか、話しかけてこない。最も、俺の方が口数多いかもしれないが-----------

「脱出方法・・・って、どんな・・・ものなの?」

「私用のはちゃんとしたモノだけど・・・あなたに貸す手段・・・は、あくまで“予備”だから・・・」

「予備?」

「屋上についたら見せる」

首を傾げた俺に対し、彼女は一言だけ述べたのである。

 話しかけてる内に、足音が次第に更に大きくなる。

「急ごう!!」

俺は、無意識の内に彼女の腕を掴んで階段を駆け上がっていた。


「48・・・・・49・・・・・・50!・・・到着だ!」

走りながら登っていたので、二人ともその場に立ち止まって息があがっていた。

うつむいた状態から元の体勢に戻そうとした途端、ミヤの瞳を垣間見たのである。

 漆黒の瞳と思いきや、目に光を感じられない。…何より、瞬き一つしていないように見えたから、もしかして…?

「これ」

考え事をしていた俺は、彼女の声と差し出された物を見て我に返る。

自分に対して渡されたのは、一枚の板みたいな形をしていた。

「これって、もしや・・・」

「ええ。バランス感覚を間違えると、死に至るわよ」

渡された物が何かに思い当たった途端、彼女はそれを待っていたかのように次の台詞ことばを述べていた。

シャレになんねぇー!!

さらっと凄い事を言う彼女に対し、俺は冷や汗をかいていた。

しかし、脱出手段を教えてもらえたのだから、文句を言う訳にはいかない。

あれ?俺が「これ」を使うとすると、彼女は何を使うのだろうか・・・?

同時に、そんな考えが俺の脳裏をよぎっていたのである。


「見つけたぞ!!!」

警備員達が俺達に追いついていたようだ。しかも、奴らも階段を使用していたにも関わらず、息一つあがっていない。

「くそ、あいつらしつこいな・・・!」

「駄目よ!!!」

警備員達を追い払おうと剣をかまえそうになった俺に、ミヤは声を張り上げる。

理由を尋ねる間もなく、彼女は俺の腕を掴んで走り出した。

 俺達が走る方向にちょうど向かい風が吹き、全速力の手助けをしてくれている。気がつけばミヤは細長い棒のようなものを両手に持っている。俺達二人は、一切立ち止まらずに走り出す。

「出るわよ!!!」



 「空を飛ぶ」――――――それは、子供の空想を考えていた。・・・しかし今、俺達は、いくつものビルの上を飛んでいる。

ミヤは“パラグライダー”というモノを脱出手段として利用していた。それは、バランスを取るのがあきらかに難しそうな代物のようだ。ただし、パラグライダーの色が白鳥のように純白な事に新鮮さを感じたのである。

 一方、俺が借りた“脱出手段”は“エアスノーボード”。古代人が作ったとされるモノで、板のようなモノにつかまって使う一種の移動手段。走行中は宙に浮いて動くため今回使用したが、本来は低空飛行するモノであるため、このまま空中で走り続けられるかはわからない。幸い、逆風に煽られるという事態にはならなさそうなため、このまま飛行できそうだ。

「風がすげぇ気持ちいい・・・」

19年間生きてきた中でこんな体験は初めてだったので、この時はただ静かに風を感じていたのである。


 どれぐらいの間飛んでいたかはわからないが、俺達二人はトウケウの入口付近に広がる鉄壁の上に着地していた。街はすっかり夕焼け色に染まっている。

「・・・間に合ったわね」

不意に呟いた彼女の言葉を聞いて、俺は「この街の仕組み」について思い出した。

高層ビルの下の方を見ると、黒っぽい物体が次第に増え始め、街の夕日色を消していく。

「あれが全部、魔物・・・いや、この街で亡くなった人々の魂なんて信じられないわ」

「本当だよな・・・」

そう話す二人の間に、短い沈黙が起こった。

 この街は、実は世界地図だと“亡失都市トウケウ”と書かれている。そのため、もう都市として機能していない街だったのだ。トウケウは元々、約2000年ほど昔に古代人によって作られた都市で、度重なる戦争によって滅亡の道を辿る事となった。しかし、文献では「この街でマカボルンが作られていた」と書かれている。そのためなのか、1年に1度のある日、その24時間という限られた時間の間だけ滅亡する前の姿に戻るのである。マカボルンは“どんな願い事でも叶う”と言う伝承があることから、高い魔力を持ち、そのような現象を引き起こせるのではないか・・・と、考古学者は語るという。

 しかし、先程ミヤが「魔物」や「人の魂」という言葉を口走っていた。マカボルンが見せるのは「滅亡前の街」ではあるが、この幻に映る人間の数だけ、都市には死者の魂が彷徨っている。おそらく彷徨っている理由は、この世に未練を残して死んでいったトウケウの人たちが成仏できないからだろう。死者の魂がさまようと、時間と共にその姿は魔物に変化し、何かを求めるように生きとし生けるものに襲い掛かる。“マカボルンがある”とわかっているにも関わらず誰も見つけられないのは、この街を覆いつくすくらいの魔物-----つまりは人々の魂がさまよっているからだろう。一方、この街について学者達が唯一不可解なのは「魂だけの存在は壁を通りぬけることもできるのに、ほとんどの魂がこの都市から離れようとしない」ということだけである。


「ミヤ、本当の初対面だったのに、脱出の手伝いをしてくれてありがとう・・・。助かったよ」

「別に、あなたのためにしたわけではない。・・・そろそろ行くわ」

そう告げてその場を去ろうとする彼女を見て、俺は飛行中に考えていた事を口にする。

「俺・・・君にお礼をしたい!!だから、旅に同行させてくれないか?」

そう告げると、彼女はその場で動かそうとした足を止めた。

「・・・連れは必要ない。馴れ合いをする気はないわ」

この台詞ことばを言ったとき、彼女の凛とした表情が少しこわばっていたのである。

「いや…俺、もう決めたから!!」

 ギルドの仕事とはいえマカボルンについて調べていたわけだから、何か知ってるかも・・・とも考えたが、一番の理由はなんだか放っておけない雰囲気を感じたからだ。

「馴れ合いする気はない」と、言ったからには何か事情があるのかもしれない。しかしそれでも、一人よりも二人旅の方が断然、楽しいし、いざという時に安心できるのも事実だ。

「じゃあ…この資料を届けるまで…ね」

 黙ってついてくる俺に対し、ミヤが小さな声で呟く。

それを聞き取った俺は、とても嬉しかった。

まさか、これが運命の出会いだったとは知らず、俺達は亡失都市トウケウを後にするのだった。

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