第7話 宿にて

 俺たちは部屋に着くなりシャワーを浴び、すでに寝る準備に入っている。残念だったな、お風呂でドキドキ!?イベントを期待していた神聖なる紳士の諸君よ。俺も悔しい。


「さてと、じゃあ俺は床で寝るわ」


 どうせ、一緒に寝られるわけがないと言い出すだろうと思って先手を打っておいた。紳士の鏡だろうそうだろう決してヘタレなどではない。


「良い心がけだわ。でもね、疲れた相棒を床に寝かせるほど私も鬼じゃないのよ」

「え? それはどういうことでしょう?」

「私に触らないって約束を守れるなら一緒に寝てもいいわよ。ベッドも大きいしね」


 え、何だこれ、すごく優しい。一瞬でもヘンなこと考えた自分が恥ずかしいっす。これは意地でも理性を保たなければ。


「紳士である俺がそんなことするとでも? 絶対触らないのでベッドで寝かせてくださいお願いします」

「よろしい。明日も早いことだし早く寝ましょ」


 そう言ってティオはベッドの隅っこに体を横たえた。ピンクのネグリジェとほのかに香るシャンプーの匂い。うん、こりゃ難易度高いぞ。難易度ってなんだ落ち着け。


「では、失礼して」


 俺はティオの正反対に体を横たえる。お互い背を向けている状況だ。


 ティオが言っていたとおりふかふかの布団で、疲れていた俺はすぐに強力な睡魔に襲われた。すぐ近くに女の子が寝ていて緊張しているはずなのに、やっぱり疲れにはかなわない。


 今日は本当に色々なことがあった。いきなり異世界に来て、竜を見て、ティオに出会って、短期間であるとはいえ一緒に旅をすることになって。


 明日は、どんな色をしているのだろう。

 きっと、これからの日々は、見たことのない色をしているはずだ。それが明るい色なのか、暗い色なのかはわからない。

 けれど、ティオと一緒なら。このちょっと不思議な相棒と一緒なら、きっとカラフルな日々を見ることができる。そんな気がする。


 そんなことを考えながら眠りにつこうとすると、隣から寝言のようなものが聞こえた。寝返りをうってそちらを見ると、ティオが涙を流していた。



「兄さん、どうして、どうしてなの……」

 俺は、見てはいけないものを見てしまったような気がした。


「ティオ?」


 反応はない。やはり寝言のようだ。

 お兄さんと何かあったのだろうか。あったのだろう、こんな寝言を言って、涙を流すほどなのだから。

 何かよくわからない感情に突き動かされて、思わずティオの頭をなでてしまった。手触りが良く、金色の髪は月光を弾いている。


 ティオの旅の目的は、お兄さんに関することなのだろうか。


 そこまで考えたところで、自らの睡魔にあらがえなくなり、素直に身を任せることにした。

 おやすみ、相棒。良い夢を。

 決して良い夢とは言えないような夢を見ているであろうティオに、そう祈らずにはいられなかった。



「ん…むう…」


 耳元で聞こえてきた艶めかしい声で目が覚める。そして指先には極上にやーらかいクッションのような感覚が。

 ここはどこだろう。今何時だ。早く音波の朝飯を作ってやらないと。

 そこまで日課的に考えていたら昨日のことを思い出した。そうだ、今はティオと一緒に寝て……ってまさかっ!


「っふわあ、おはよう、ソーマ」

「おう、おはよう、ティオ。よく眠れたか?」

「ええ。昔の夢、嫌な夢をみてたんだけど、途中からなぜか安心感が広がってよく眠れたわ」

「それはよかった。俺と一緒だったからじゃないか? 妹によると俺には安眠効果があるらしいからな」

「もしかしてそうかもしれないわね」

「よし、ならこれからも一緒に」

「ねえ、ソーマ」

「よし、ならこれからも」

「ねえ、ソーマ」

「よし、なら」

「ソーマ」

「はい」

「この手は何かしら?」

「ええと、この手はですね、とてもいたずらっ子でしてね、勝手に動くというか」


 最後に一揉み。ありがとうございました。

 ブチン。

 あ、何かが切れる音がした。何だろうね。うん、わかってる。本当にありがとうございました。


「へええ、それは、親の顔が見てみたいわねえ」


 ティオの手に魔法陣のようなものが現れ、それはどんどん光を増していく。

 ああ、やっぱりティオも魔法が使えるんだね。竜と魔法の世界、すばらしいなぁ。それを見ることができるなんて、嬉しいなぁ。


「顕現せよ。契約に従い其の力を我が元に」


 そこまで詠唱したところで、ティオはにっこりと俺に笑いかけてきた。


「テ、ティオさん? もしかしてその危ないものを俺に、とか? そんなことありませんよね?」

「あるのよね~これが。おしおきが必要だと思わない? いたずらっ子には」

「わかった。でも最後に言わせてくれ。ティオの胸、最高だっ…」

風神の刃テンペスト・エッジ!」


 街道を歩いている人はその日の朝、宿の窓から飛び出した男が、空を舞っているのを目にしたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る