星に歌え神獣の戦歌を

朝日奈徹

第1話

 半ば獣の形象をした巨大な異教機が、牙を剥いた。巨大な魚類に跨がった異神が三つ刃の矛を掲げるや、その先端から迸った光の奔流が、エーテルを裂いて艦隊に襲いかかった。

「バリアの吸収率、六十パーセント、いえ、七十パーセント、支えきれません!」

 部下の切羽詰まった声に、艦長の声も自然と強張った。

「出力をもう二十パーセント、バリアにまわせ!」

 フリオ司教は血が出るほど唇を噛みしめた。ぎりぎりと歯が噛み合わされているのを自分でもいやというほど感じる。

「撤退せよ。全艦、撤退せよ」

 絞り出すように出した命令は、しかし歯ぎしりした分だけ遅すぎた。

 光の奔流は、太陽教艦隊の中心を大きく横へ薙ぎ払った。

 音もなく、次々に艦が爆散していく。

 エーテル中では単なる音は伝わらない。

 だが、自艦のあちこちがぎしぎしと軋み、船殻が砕け、潰れていく不気味な音は響いてくる。

 フリオ司教は真っ青な顔で、立体スクリーン上に示される艦隊の末路に見入った。

 その背後の壁が突如ふくれあがったかと思うと、次の瞬間、激しい爆風と爆炎が隔壁ごと、司教と、艦橋に詰めていた将兵を呑み込んだ。

 束の間の炎の花束が散ってしまえば、あとには大量のデブリが残るばかりだ。

 エーテルに伝わる衝撃波が、太陽教艦隊の名残となった。


『イーサシステム負荷による損傷三パーセント。物理的損傷七パーセント。リポート送信中。……送信完了』

 アレイサンはヘルメットの端子から骨伝導されたOSからのガイドを聞き終わると、一言、

「シャットダウン」

 とコマンドした。

『了解。シャットダウンします。おやすみなさい、アレイサン』

「ああ。おやすみ」

 コックピット内がすうっと薄暗くなる。アレイサンはぱちん、とエアロック開放のボタンを弾いた。

 ランプが赤から緑に変わり、内扉がしゅっと音をたてて開く。

 外扉はいつも通り、いささか堅かった。

 アレイサンは力を込めて外扉を押し開くと、整備員がよせてくれていたラダーを身軽に伝って、コクピットから降り立った。

「お帰りなさい、少佐」

「ああ。大事に乗ったつもりだが、あとの整備はよろしく頼む」

「任せて下さい」

 アレイサンは軽く床を蹴ると、低重力状態の艦内を艦橋へと向かった。


 神話連盟が太陽教と戦端を開いてから、既に三世代になろうとしていた。

 いずれの側も、遙か昔、地球から送り出された世代植民船の子孫である事は、既に判明していた。

 それぞれ、銀河で版図を広げ、幾つもの星区を支配下に置き、繁栄を誇った。

 両者が人口増大に伴ってそれぞれの版図を広げていった結果、接触したのは運命のなすところであっただろう。

 しかし、彼らは共存する事ができなかった。

 なぜなら、決して折り合うことのできない決定的な違いがあったからだ。

 宇宙で計画的に人口をコントロールするため、両者とも、自然に繁殖する事を避け、人工授精によって作られた受精卵を用いた半クローン生産という形で、子孫を増やしている。

 これには自然の生殖過程を必要としない。

 その結果、セックスを不要のものとし、男性のみのクローン体を選択したのが太陽教であった。

 しかし、他方、神話連盟側は両性体を選択し、適度なセックスを宇宙環境でのストレス軽減に利用することにしたのだ。

 真理と正義は唯一のものと信じ、神話連盟の状態を「異端」とみなした太陽教は、一方的に宣教を開始。ところが、多様性を是とする神話連盟は頑なにこの宣教を拒否し、激しい抵抗を始めた事が、長らく続く戦争のきっかけになったのだった。


 アレイサンが通路を進んでいくうちにも、エルドアルの美しい鎮魂歌が流れてきた。

 これは、エーテル波動送信機を通じて、艦外にも放送されている。

 僚艦はもとより、エーテルを伝わって、完全に低減し、星間のノイズとなるまで、遙か遠くまで響いていくだろう。

「太陽教艦隊に生存者がいれば、回収救出せよ」

 アレイサンが艦橋に到着した時、ちょうどデリアム司令はその命令を発したところだった。

「ルファー、帰投しました」

「ご苦労だった、少佐。素晴らしい戦果だった」

「光栄であります」

 アレイサンは背筋を伸ばして端正な敬礼で応えた。

 ちらっと艦橋横のスタジオを見ると、司令の片腕でもある艦隊一の音楽士、エルドアルが心にしみる鎮魂歌を歌い終えようとしている。

「気になるか?」

「エーテルの中でエルドアルの歌を聞いた捕虜が、転向してくれればいいですね」

「そうあってほしいと思うが、なかには頑なな者も多い」

 どちらからともなく、憂鬱な吐息が漏れた。

「彼らとは共存できないものなのでしょうか」

「貴官もわかっているだろう。我等の側にはいつでも講話に応じ、共存していく意志はある。だが、彼らは違う。全人類を太陽教の教義のもとに統一することしか、頭にない」

 司令、アデル・デリアム大佐が真珠色の髪をかき上げると、アレイサンの額にあると同じ、エーテル受容体の宝石様の煌めきが垣間見えた。

「作戦完了。艦隊、帰投する」

「了解、航路プログラムB1を開始」

 命令を受けてオペレータが両手をコンソールの上に滑らせた。

 エーテル受容体を通じてイーサネットに接続している者の脳裏には、一斉に艦隊機動のシミュレーションが展開された。

 グリッドが重ねられた立体スクリーン中で、旗艦を中心とする艦隊が球形陣を作り、大母艦パンテオンへのコースを辿り始める。

 片隅に、ETAが表示された。

 大母艦パンテオンとのランデヴーまでおよそ七日。

 その間に、今回の会戦で戦死した者の宇宙葬も、行われる事になるだろう。

 アレイサンは体の芯に、そこはかとない疲労感を感じていた。

「アレイサン! お帰り。お疲れ様」

 スタジオから漂い出て来たエルドアルが、ほんの一瞬だが、花のような笑みを浮かべてアレイサンを迎えた。

 相変わらず、エルドアルは美しい。

 音楽士としても、パイロットとしても、希代の天才と謳われるエルドアルは、それゆえアレイサンより階級がひとつ上になってしまったが、もとは士官学校の同期生だ。

 ふたりは友人同士、いやそれ以上のものがある仲だった。

「いい鎮魂歌だった。ありがとう」

 エルドアルが小さく頭を振る。

「私は今回出撃しなかった。だから、これくらいしかできる事がない」

 その残念そうな表情に、アレイサンはキスを贈ろうとするかのように、軽く指先を唇にあてた。

「たまには私にも手柄を立てさせてくれよ」

「たまにじゃない、いつもだろう」

 エルドアルが微笑む。

「ふたりのどちらも、私には必要なのだ」

 頭上から響くデリアム司令の声には、深い満足感がある。

 デリアム司令……アデル・デリアムは、身軽にシートから滑り出た。

「だから、内輪でささやかな戦勝の祝杯をあげよう。来い、エル、アレイサン。秘蔵の葡萄酒の封を切るぞ」

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