第七章三節後半

「これは驚いたな。まさか、ゼムまでたおされるとは」

 開き直った調子で大臣がつぶやいた。青い顔で何を余裕ぶってやがる。――と思って、俺は勘違いに気づいた。あの青い顔、俺たちの世界の狼狽とは種類が違う。半漁人の世界では、これが普通なのか。むしろ、大臣は自分の本性をあらわしたようにも見える。

「魔王がでたな」

 強利が俺に耳打ちした。もうなりふりかまわず、か。俺もかまえた。強利が小さく呪文を唱えはじめる。イセエビの触角で穴だらけになった俺の傷が修復されていった。ラウンド2も全力で行けそうである。

 大臣が壇上から降りてきた。

「者ども、出会え出会え!!」

 時代劇みたいな台詞を吐く。半漁人の手下は大勢いるのに、いまさら何を言ってるんだと鼻で馬鹿にしようとしたら、いきなり地面が揺れた。なんだ? よろける俺の横で妙な気配が走る。俺は周囲を見まわした。

 地面や、ドームの壁を形づくっていた岩盤がひび割れはじめている。ここって、ダゴンが切りだした深海の岩盤じゃなかったのか? わけがわからずに見る俺の前で、ひび割れた岩盤から、白い棒が顔をだしはじめていた。それは組み合わさって、妙な形状をつくりだしている。

 ――なんだあれ? ジョーズの骨格標本か?

「まさか、あれはメガロドンか?」

 マグロ丼みたいな名前を強利が口にした。後で調べたが、メガロドンっていうのはサメのご先祖で、全長一三メートル~四〇メートルくらいあったらしい。ほかにも、ネッシーみたいなのとか、ガメラみたいなのとか、続々と俺たちの前に現れはじめている。知らされていなかったらしく、半漁人の手下どもと、それから客席に座っていた貴族らしい連中も悲鳴をあげて逃げだした。

「フタバスズキリュウとアーケロンか。これは驚いたな。あの大臣、深海の岩盤に埋もれていた死者を復活させているぞ」

 そういう理由で深海の岩盤を使ったのかもしれない。海溝に魚竜の化石があるのかどうかなんて知らないが――というか、サメは軟骨だから化石なんて残らないはずなんだが、『S&S』では話が違うんだろう。強利が印を切りだす。

「僕は連中の浄化にまわる。君は大臣を」

「わかりました」

 大巨獣を噛み殺した親父じゃあるまいし、いくらなんでも俺がジョーズと喧嘩なんてできるか。こういうときに強利がいると助かるぜ。俺は大臣に目をむけた。俺の横で強利がジョーズと魔法戦を繰り広げはじめる。結界とか、白い光の魔法で封印とか、いろいろやってるのを確認してから、俺は大臣に詰め寄った。同時に大臣がかまえる。こいつもなんか心得があるのか? かまわず俺は大臣に殴りかかった。

 ここで計算違いがあった。

 まだ間合いに入ってもいないのに、大臣が頭突きのような動きを見せたのである。届くはずのない攻撃を食らい、俺はひっくり返った。わけがわからずに起きあがる。胸が痛い。こりゃ、肋だな。鎖骨じゃないから腕が動く。助かったぜ。痛みにかまわず、俺はかまえた。目を凝らして気づく。大臣の顔からは、さっきまで存在しなかった角が生えていたのだ。一直線に伸びた角は三メートル近くもある。

「確か、イッカクって魚が、あんな感じだったな」

「イッカクだけではないぞ」

 俺の横で派手な音がした。メガロドンが強利の光に覆われて消滅している。後はネッシーとガメラか。俺は大臣にむかって駆けた。大臣の角を避け、思い切り腹をブッ叩いてやる。肋を粉砕して内臓破裂くらいは行くはずなんだが、そうはいかなかった。感触がおかしい。ゼムの鎧とも違う。わけがわからず、俺は大臣の服をつかんでひき裂いた。――大臣の腹部はウミガメの甲羅みたいなので覆われていた。なんだこいつの身体は? 驚く俺の視界に、まばゆい光が走る。まさか、今度はチョウチンアンコウか? 視界を潰され、仕方なく飛び離れようとした俺の右肩に激痛が走った。打撃の痛みではない。これは毒か?

「この身体を普通の海のものと思ったのがまちがいだったな」

 身体がしびれて、俺は膝を突いた。俺の前まで大臣が近づいてくる。身体が言うことを聞かない。それでも俺は無理矢理に立ちあがった。

「だからこそ、私はこの男に憑いたのだ。純粋種の王よりも使い勝手がよさそうだったのでな」

 これは大臣の言葉ではないな。大臣にとり憑いている魔王のコメントだと思っていい。いよいよ本性をあらわしたか。もう本気でブッ飛ばしても問題はないだろう。できればの話だが。

 そろそろ回復してきた視力で俺は大臣を見すえた。かまえようとしたが、右腕が動かない。毒がまわってきたか。機敏な動きは無理そうである。考えてる俺の横でガメラが消滅した。後はネッシーである。強利が手助けしてくれるのには、もう少し時間がかかりそうだった。

「佐山くん、動いて!!」

 突然、静流の美声が飛んだ。毒の激痛とは関係のない衝撃が俺の身体に走り、身体が軽くなる。油断していた大臣に、動くはずのない右腕で俺はストレートを打ちこんだ。もろに食らった大臣がのけぞる。さすがにタコの特性は持っていなかったらしく、いい手ごたえが右腕に伝わってきた。もっとも、たおせるまでは行ってない。毒に侵された右腕では、これが限界だな。左足で蹴りを放つ。これは聞いたらしく、大臣が腹をくの字に追って吹き飛んだ。ウミガメの甲羅にも、少しはひびが入ってくれたらいいんだが。

「一対一での闘いかと思っていたが、そういうわけでもないようだな」

 大臣が起きあがりながら静流に目をむけた。視線に宿る敵意が異常である。

「てめ、静流に何をする気だ!?」

 俺が叫ぶと同時に、視界の隅でネッシーが消滅した。俺の横に強利が駆け寄る。大臣はそれを無視して静流に手をむけた。その手の先から青黒い光が生まれる。こいつ、魔法まで使いやがるのか!?

「やめろ!!」

 絶叫しながら俺は大臣に駆け寄った。大臣の腕にしがみつく。ドン、という妙な衝撃が走り、俺はよろけた。腹が苦しい。以前、強利に食らった魔法では腹に穴があいたっけ。あのときと同じだった。

 ということは、まだ俺は動ける。あのときも俺は動けたのだ。

「いまです!!」

 腹の激痛を無視し、俺は大臣の腕を押さえこみながら強利に叫んだ。腹に穴があいても動けるとは予想外だったらしく、大臣が顔色を変える。第二の衝撃が胸を打ったが、俺は大臣の腕を離さなかった。強利が白く輝く封印の光を生みだす。

「手を離せ!!」

「封印が済んだら離してやるぜ」

 俺が返事をすると同時に、胸の痛みが倍増しになった。大臣が傷口に腕を突っこんだらしい。もう破れかぶれだな。それでも動けず、大臣が恐怖の顔で強利を見た。

 同時に強利の、封印の魔法が放たれた。

「おのれ! 貴様のような獣人類のせいで、この私が――」

 絶叫しかけ、大臣の力が急に失せた。くたくたと膝を折ってたおれこみ、動かなくなる。

「よくやった」

 言いながら強利が近づいてきた。俺の足元にたおれている大臣は、憑きものが失せたような顔で気絶している。

 封印は、おわったのだ。

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