第六章二節後半

 俺たちが行った駅には、『S&S』へ出発する蒸気機関車が待っていた。とはいえ、普段から見るような奴とは少し違う。客室車両に入って驚いたが、内部はじゅうたんが敷き詰められて、豪華なソファとテーブルのあるVIPルームになっている。TVとパソコンと、バーカウンターまであるぞ。なんだこれは?

「あァ、気にしないでくれ。ほかの車両と違ってね。これはうちの個人所有なんだ。父の趣味で少し改装しているが、大したことはない」

 少しどころじゃない。こんなところまで徹底するとはな。『S&S』で、強利の一族はどれほどの権力を有しているのやら。

 そして、それに勝るとも劣らない大国、『M&M』か。

「まずはこれを飲んでもらおう」

 汽車がゆっくりと走りだすと同時に、ソファに座った強利が小型の水筒をだした。

「なんすかこれ?」

「『忘却の時刻』の霧を集めた水だ。飲めば、むこうでも言葉が通じるようになる。文字までは読めんがね」

「あ、なるほど。いただきます」

 そういう使い方もあったとは。俺は強利から水筒を受けとった。蓋をあける。

「どれくらい飲めばいいんですか?」

「全部だ」

「わかりました」

 俺は一気飲みした。

「一時間もすれば、むこうでも普通に会話できるようになる。それまでに、これからの計画を確認しておこうか」

 強利が地図をだした。もっとも、海岸線と陸地が書いてあるだけで、よくわからない。大体が、生まれてはじめて見る地図なのだ。これが強利の国の一部ってことらしい。

「まず、僕たちは、時空の『扉』を抜けた直後に、ここへでる。そこから城まで行き、暴れる用意をしてから乗りこむのが、ここだ」

 強利の指差したのは海の真ん中だった。

「海底に行くわけですか?」

「いや。地図には載ってないが、ここには人工的につくられた見張り台が存在するんだ。かつて祖父が海軍に命じてつくらせたものなんだが、数年前に朽ちて放棄された。そこを『M&M』の連中が不法占拠してね。無用な衝突は避けたかったから父も僕も放っておいたんだが、まさか『M&M』の先王が軟禁されているとは想像していなかった。――いや、これは軟禁ではないな。幽閉と言い変えよう。ことによると、静流くんの両親もここにつれてこられている可能性がある」

「なるほど」

 俺はうなずいた。『M&M』の政治がどうなってるかなんて想像もできないが、自分の国の王様が、他国の軍事施設にぶちこまれてるなんて、さすがに想像できる奴はいまい。大臣もうまいことやったもんだぜ。

「そこで、まずは今夜、ここへ行く。この時点では、特に問題はないだろう。自国の砦に僕たちが侵入するだけだからな。違法に立ち入ったものを眠らせるくらいは正当防衛として片付く。万が一、ことが公表されても正義はこちらにあるはずだ」

「おお、では」

「わかっているとは思うが、殺すな。峰打ちならば、ある程度のことは僕も目をつぶろう」

 喜びの声をあげて魔法剣に手をかけた華麗羅へ、強利が静かに言った。やっぱりあぶないなァ、このお姫様。同じお姫様でも、俺の彼女とはずいぶんな違いだ。

「そして先王と、おそらくその奥方もいると思うが、そのふたりを救出する。そしてふたりをつれていくのが、ここ。ダムズ島だ」

 次に強利が指さしたのは、小さな島だった。もっとも、縮尺がわからない。

「ここって、どのくらいの大きさの島なんですか?」

「約二キロ四方。東京ドームの八〇倍から九〇倍だな」

「本当に小さいですね」

「だから選んだんだろう。巨大な陸地では、海から遠くなる。彼らからすれば、小さな陸地ではなく、広大な海に背中を預けていたいはずだ」

「それもそうですね」

 俺はあごをなでた。気がつかないうちに親父の癖が移っちまったか。――二キロ四方ということは、たぶん無人島である。そこに乗りこみ、戴冠式を行う大臣と静流。それを電波で流すと言っていたから、どこからか頂戴してきたTVカメラで放送する腹だろう。『S&S』の各国首脳陣と、ある程度の裕福な家庭、それから『P&P』では、日本中のほぼ全員がそれを目撃することになる。誰もが歴史の証人となるわけだ。ひとりの少女の悲劇的な歴史の。

 そして、魔王の思念にとり憑かれた大臣の暴走を止めるものはいなくなる。海に住む者と、地上に住む者との間で血みどろの闘いが繰り広げられるのだ。最後に笑うのはどちらでもない。封印された魔王の思念にとって、すべての生命の終焉ほど素晴らしい宴はないはずだ。

 海の平和と美の象徴として語られてきた人魚の、静流の泣き顔が脳裏をよぎる。――同時に、俺は妙な感覚を覚えた。

「そろそろだな」

 強利が言う。顔をあげると、華麗羅と柚香も、何かを意識したような表情をしていた。

 次の瞬間、俺をとり巻く世界に、何らかの異変が起こった。うまく言えないが、冷房の効いた部屋から、いきなり炎天下の外へ放りだされたような感じである。あるいは、コンクリートジャングルから雑木林へ。いや、匂いが変わったとでも言えばいいのか。実際は温度も湿度も変わりがないのに、俺は、俺の周囲の環境が激変したことを悟っていた。

「時空の『扉』を抜けたな。ようこそ佐山くん。ここが『S&S』だ」

 何が起こったか理解できていない俺に、強利がほほ笑んだ。

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