第四章一節後半

「しかし、親父の話って本当だったんだな」

 ホテルからでて歩きながら、俺は率直に感想を述べた。親父がこっちをむく。

「そういえば、おまえ、俺の言葉を信用してなかったんだったな。父親の言葉を信用しないって、どういうことだ」

「だって、父親が歴史に残る五獣王のひとりだの、母親がべつの五獣王の孫娘だの、信じられるような内容じゃなかったもんよォ。そりゃ、いくらなんでも、俺って強すぎるんじゃないのかなって思ったこともあったけどさ」

 けど、親父もお袋も平気な顔してるし、俺が知らないだけで、ほかの獣人類も同じなんだろうって思って俺は自分自身を納得させてたのだ。――冷静に考えてみると、おかしなところはあった。巨像兵士の件もそうだし、何より、強利は俺を特別視していたのである。『P&P』の人間なら狼男をめずらしがるだろうが、『S&S』の人間から見たら、俺なんて害獣でしかない。この時点で気づいておくべきだったな。俺は狼の血族の王子様だったのだ。

 ん? あ、そうか。

「俺って、狼の血族の王子様だったのか」

「何を言ってるんだ?」

「いや、ちょっと、変な劣等感があったんだけど、急にそれがなくなったもんでな。ホッとしたんだよ」

「劣等感てなんだ?」

「いや、実はなァ」

 俺は静流の事を説明した。親父がうなずく。

「なるほどな。おまえが言っていた、付き合ってる女子って、その人魚さんだったのか」

「あァ、すっげェ美人だぜ。ただ、『M&M』の、第二王位継承者の娘だって聞かされてさ。それで俺、ビビってたんだ。お姫様なんて、俺、彼女にしちまっていいのかな、なんて思っちゃってさ」

「ふむ」

「けど、親父たちの話を聞いて安心した。俺も、そこそこいい出身だったんだ。これで劣等感なしで静流と付き合えるぜ」

 気分よくしゃべってたら、いきなり、ごん、とやられた。親父が俺の頭を小突いたのである。

「――何するんだ親父?」

「おまえ、そんなんで彼女と別れようと思ってたのか」

「いや、べつに別れようなんて思っちゃいなかったけどさ」

「ならいいじゃないか。親は親、子供は子供だ。その彼女も彼女だろう。家柄なんて気にするな。好きに付き合えばいい」

 親父が笑いかけた。

「身分なんて気にするもんじゃないぞ。俺だって、べつに家柄がよかったわけじゃない。俺の一族ってのは、ただのシャーマンばっかりで、ちゃんと“変貌”できたのは、狼の星の下で生まれた俺だけだったからな。血統で言えば最低だったんだ」

 生きながら歴史に名前を刻んだ五獣王の愚痴を聞ける奴なんて、世界広しと言えども、俺とお袋くらいなもんだろう。親父が話をつづけた。

「まァ、獣人類を化物だなんだと言って駆逐しようとする聖騎士団がいたから、頭にきて喧嘩してたら五獣王だの東の青狼だの呼ばれたりもしたが、ありゃ、人間が勝手に呼んだだけだ。俺はただの成りあがりだぜ。母さんは違った。西の狼王ガルーの孫娘ってのが、どれほどのものだったか想像がつくか? 家来もとり巻きも大勢いたさ。ちょっと力をこめて殴りつけたらみんな大人しくなったけど、蔑みの目は変わらなかった。『おまえみたいな野良とは住む世界が違う』なんて言われたこともあったな」

「へェ。狼の血族にも身分違いって考えがあったのか」

「むこうは『S&S』だぜ。どこでも差別と偏見はある。実を言うと、撃たれただけじゃなくて、そういうしがらみがいやで、俺たちはこっちに移民してきたんだ」

 恥ずかしそうに親父がつぶやいた。

「面倒臭いから話をはしょるがな。簡単に説明すると、俺は略奪婚をやったんだよ。あのときは居心地が悪かったなァ。こっちに逃げだしてきてよかったぜ」

「親父ってすごかったんだな」

「こんなことで尊敬されても困るがな。まァ、おまえは俺の息子だ。略奪愛くらい、どうってことないだろう。大体、ここは『S&S』じゃなくて『P&P』だ。そこまで身分がどうのって話にもならんと思うし」

「俺は略奪愛なんかしねェよ」

「ほゥ? じゃ、やっぱりあきらめるのか?」

「そうじゃなくて、略奪する相手なんかいないんだって。両想いだから問題ない。静流のご両親にも会って、俺のことも話したし」

「へェ。おまえ、そこまで行ってたのか」

「どこにも行ってねェよ。一緒に宿題やろうって話になって、静流の家にお邪魔しただけだ」

「そうか。まァ、俺と母さんみたいな、素敵な恋愛をしろよ」

「そうする」

 この年になってラブラブだの、ときどき妙なことを言う両親だが、冷めきってるのに惰性で一緒にいるよりはましだろう。そういえば、お袋にも静流の事を話さなくちゃな――と思っていたら携帯が鳴った。俺のじゃない。親父のである。

「なんだ?」

 親父が携帯をだした。

「あ、母さんからだ。もしもし?」

『いまどこにいるの? 今日は早いって言ってたのに。ひょっとして、どこかで飲んできてるの?』

 お袋の声が受話器から洩れてきた。急に親父の背筋が伸びる。

「あ、いやいや、そういうわけじゃなくてな。ちょっと、ごたごたがあって、面倒臭い奴と殴り合いしてたんだよ」

『え、殴り合いって、あなた、喧嘩したの? 警察沙汰になったらどうするのよ? ご近所さんに私たちのことが知られたら、また引っ越しじゃない』

「そういうのは、たぶん大丈夫だ」

『言い訳はあとで聞くから早く帰ってきなさい。お味噌汁が冷めちゃうじゃないの』

「わわわかった。すぐに帰るから」

 親父があわてた顔で携帯を切った。

「秀人、走るぞ」

「おう。――さっきの話だけどな。俺、やっぱり、親父とお袋みたいな恋愛はしたくねェわ」

「おい、そりゃないぜ」

「親は親、子供は子供なんだろ?」

 言って俺と親父は走りだした。

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