序章


  序章 強利たちと親父たちの会話


 どこまでも走りつづけた、とは言ったものの、結局のところは限界がある。俺ン家の住所は知られてるし。とりあえず夕方は追跡を振り切ったんだが、そのあと、宮原とわかれて家に帰ったら、夜、強利、華麗羅、柚香の三人が黒服のシークレットサービスをつれてやってきたのだ。もう俺に逃げ場はない。泊まり込みの現場仕事から帰ってきた親父や、家で炊事洗濯に従事していたお袋も、もー驚いたのなんの。

「いやいやいやいや。あの、恐縮です」

「あの、うちの子なんかで、本当によろしいんでしょうか?」

「もちろんかまいません。むしろ、秀人くんがいいんです。それでは、いいお返事を期待しておりますので」

 一時間ほど話をしてから、ペコペコ頭をさげて玄関口まで強利たちを見送り、親父とお袋が、あらためて居間まで戻ってきた。で、怖い顔で俺を凝視してくる。まずいなァ。

「秀人、おまえ、何をやったんだ?」

「さっき、鬼族の女の子が強利様たちと一緒にいただろ? 柚香って名前なんだけど、人間じゃないから、言ってもいいと思って自己紹介したんだよ。それでケチがついたんだ」

「おまえ、またしゃべったのか」

「だって、相手は人間じゃないし、『剣と魔法の世界』からきたおのぼりさんだったから、すぐ帰るだろうし、ちょっとくらい、大丈夫だって思ってさァ」

「じゃ、あの、強利様と、華麗羅様っていうおふたりは? 私たちのこと、ちゃんと知ってる感じだったわよ」

「あのふたりは、俺の名前から、勝手に素性を調べたんだよ。何しろ、『S&S』の勇者様だからな。強制力を使えば、そのへんはどうにでもできるらしいぜ」

「なるほどな」

 親父が難しい顔であごをなでた。少しして顔をあげる。

「おまえ、『S&S』に行っても、もう名前を言うな」

「あァ、俺もあぶない奴が相手のときは偽名を使うことにしたよ。――何ィ?」

 返事をしてから、俺は親父とお袋を交互に見た。

「俺、『S&S』に行かなくちゃならないわけか?」

「だって、勇者様の頼みなんだから、断れないじゃない」

「移民局に変な圧力をかけられても困るし、仕方がないだろう。秀人、冬休みになったら、旅行気分で、ちょっと行ってこい」

「ちょっと行ってこいって――俺、『S&S』なんて、興味ないから詳しく知らないのに。というか、親父とお袋はきてくれないのか?」

「年末は、俺は、たぶん有給はとれんし」

「それに、行きたいとも思わないしねェ」

 言いながらお袋が自分の肩を押さえた。過去を思いだしたらしい。

「撃たれたのって、そのへんだったっけ?」

「ええ」

「俺は腹だったな。銀の弾丸だったから、最初から俺たちを狙ってたんだと思うが、あのときはえらい目にあった」

「てことは、俺も撃たれるってことになるじゃんかよ」

「それはないんじゃないか? 人間の姿でおとなしくしてれば」

「それに、あの強利様に客として招待されたんだし。街中で、そうそう発砲する人間もいないでしょうから」

「ま、それもそうか。――きちんと聞いたことなかったけど、親父たちはどこで撃たれたんだ?」

「森のなかだよ」

「お母さんたちも、昔は若くてね。それで、お父さんとデートしてて、夜に“変貌”して一緒に走りまわってたら、いきなり、ズドン! って」

「あのときは油断してたからな。母さんとラブラブじゃなかったら、猟銃くらい、どうにかなったんだが」

「言い訳はいい。とりあえず、夜の森のなかで“変貌”するのはやめておく」

 母さんとラブラブ、か。我が親ながら恥ずかしいふたりだ。聞きたいことは聞いたから、俺は居間をでて二階の自室に入った携帯をだして――連絡はあきらめた。

 冷静に考えたら、俺は宮原の電話番号を知らなかったのである。いままで、本当に疎遠だったんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る