第2話 節電対策

「はぁ~」


俺は電気料金の明細書をみて、ため息をついた。一人暮らしだというのに、毎月3万円以上の出費だ。原因はわかっている。趣味の問題だ。

別に、冷蔵庫マニアとかエアコンが10台あるとかそういう話ではない。


──いや、近いかもしれないな。


趣味というのは、いわゆる〝ロボット制作〟だ。ロボットというと鉄腕アトムみたいな二足歩行機を思い浮かべるかもしれないが、四足で動く機械も無限軌道キャタピラで動く機械もロボットだ。自走掃除機ルンバだってロボットだろう。

そういうが子供の頃から大好きで、仕組みが見たくて壊した時計やおもちゃは数知れず。今は、壊した分以上の機械ガラクタを作っているから、充分に元は取れているはずだ。収支の帳尻を合わせるような話じゃないけどな。


動かす……ということは、動力が必要になる。ゼンマイ仕掛けの〝からくり人形〟も味があってなかなか良いのだが、制御が難しく、改良をするためには最初からハードを作り替えねばならないという困難さがともなう。どうしても手先の器用さに依存するわけだ。

まあ、そのへんの困難さは、3Dプリンタやレーザーカッターを使えばいいのだが、動力がゼンマイだと1分もしないうちに動かなくなってしまう。


電気仕掛けのからくりも、電池駆動式だと同様な欠点を持つ。自立無人機ドローンとか10分持てばいい方で、10分遊んで1時間充電とか、遊んでいるんだか待機しているんだかわからない状態になる。

それに──電池の種類次第ではあるが──、そういうおもちゃはトルクが無い。人を持ち上げるような機械を作るなら100Vあるいは200Vで動く有線に限る。


これまで作ったものの中で、一番の傑作は、壊れた洗濯機──モーターはビンビンです。ここ重要──を改造して作った「自走洗濯機」だ。

作るのは難しくない……っていうか、実に簡単だ。洗濯機は回転ドラムをモーターで回す仕組みだが、ドラム内で洗濯物がかたよっているとブレてしまう。そういう場合はエラーとなって自動で止まり、人間が中身をかき混ぜて均等にしなければならない。逆に考えれば、かたよらせることによって、ブルブルと震える機械ができあがる。

スマホに入っているバイブレーターだって機構は同じだ。モーターの先に偏心したオモリがついている。重心がずれているから、回転すると横揺れする。

机に置いたスマホのバイブが鳴動するとどうなるか? まあ、やってみればわかるのだが、そのままプルプルと動きだす。要は、あれの〝巨大バージョン〟が「自走洗濯機」だ。

ただ大きくなっただけ……と言ってしまえばそれまでなんだが、考えてみてほしい。あの巨体がワシワシ揺れながら落ち着きなく暴れまわっている様を!

いやもう、腹を抱えて笑った。

ただし──、ここまでだったら誰でもできる。趣味としては低級だ。


最近の全自動洗濯機は、三相インバーターモーターをマイコン──パソコンではなく組み込み用のマイコン──で駆動している。こいつを最大限に活用せねばもったいない。回転数はもちろん、逆回転もトルク制御もできるこいつを使って振動数とその振幅を細かく制御する。

モーターの振動で洗濯機全体を大揺れさせるためには、洗濯機の〝固有振動数〟を把握しておかねばならない。振動で洗濯機が走り出すのは、洗濯機が瞬間的に地面を蹴って宙に浮くからなので、そのを制御する。洗濯機自身の回転と逆回転、そして前進が可能なら、原理的にどの方向にでも移動させることができる。この工程をプログラミングし、リモコンで制御すれば──


──いかん。熱く語りすぎた。問題はそこでは無い。電気代だ。


電気を使う趣味としては、コンピュータやラジオ、無線など、電気を信号として使うものが多い。いわゆる弱電エレクトロニクス部門だ。〝弱電〟というくらいだから、あまり電気は食わない。アンプ製作で200W+200Wとか聞くと結構大きそうだが、常時そんな出力で音を出すことはありえないから、実際の消費電力は実にリーズナブルだ。──トランジスタでA級アンプを作るような馬鹿で無い限りはな。


弱電という言葉があるのだから、当然ながら、強電という言葉もある。こちらは、電気を信号としてではなく動力として使う。動力なんだから。その代表格が〝モーター〟だ。

洗濯機にはモーターがある。冷蔵庫にも、エアコンにも、掃除機にも必ずついている。そして、言うまでも無いことだが、これらは全て電気をよく食う製品だ。何かを働く機械にはモーターが付いていて、そいつが電気を食う。

もうひとつ──、ニクロム線に代表される〝熱源〟も、強電のひとつの利用形態ではあるのだが、いかんせん〝趣味〟にはなり辛い。『俺は、2kWの電気コンロを作ってやったぜ!』と自慢する人はそんなにいない筈だ。熱が出るだけで動きがないからな。

まあ、電子レンジは面白いと思う。シャープペンの芯を入れて遊ぶとかな。──良い子は真似しちゃダメだぞ。


──と、すこし話がれたが、そんなこんなで、俺は電力メーターをうらめしく眺めて外に立っていた。


──回る、まわる。

──速い、はやい。


要はこいつを回さなければ良いのだ。〝電気を使わない〟ってのが一番なのだが、それが出来るのなら苦労はしない。っていうか、それは『今の趣味を自粛しろ!』と言われているに等しいので、そんな解決法は望んでいない。もちろん、だからと言って法を犯すようなことをするつもりは無い。そんな解決法も望んでいない。

これまで、解決策を全く講じなかったわけではない。例えば、水道の場合、メーターの中にある水流を感知する羽を回さない程度にゆっくりと水を出す──という方法があるらしい。いや、らしい。ところが最近の検量メーターの羽は、重い金属製から軽いプラスチック製に変わっているらしく、ポタポタと落ちる程度でも感知するそうだ。

いやいや。そもそも、同じ手法を電気では使えないのだ。どういうことかというと、電気をロスなく何かに貯めるのは至難の技だからだ。水道なら、蛇口の先を風呂桶か何かにしておけばいい。電気なら電池……ということになるが、100V A.C.を直流にして電池に貯め、使うときにインバーターを介して元に戻すとか、想像しただけでロスのオンパレードだ。

──ロスのオンパレード。リオのカーニバルみたいだな。そんな冗談はともかくとして……。


──やれやれ。一体全体、何故にこんな風に、クルクルと威勢良くまわ……


「おや?」

俺は気づいた。こいつはどういう原理で回っているのだろう? モーターか? いやいや、そんなモンついていたら、そこで電力食うだろう。電力メーターの消費電力は誰が払うんだ。俺は払いたくないぞ。

それに、どうみても、モーターらしい機構は備わっていない。単なるアルミ板──アルミだよな?──が、軸以外にこれといった接触部分もなく回っているだけだ。軸の先にモーターがあるようにも見えない。ふむ……。

調べてみた。──っていうか、普通にネットで売っている。一万円くらい。個人で誰が買うんだこんなモン!


──俺が買うんだ。


結論から言えば、電力メーターの円盤が動く原理は渦電流だった。IHクッキングヒーターではそれを熱に変えているが、電力メーターでは回転エネルギーに変えている。金属円盤の近くで磁石をクルクル回すと、円盤も回り出すという現象で、「アラゴーの円盤」という名前がついている。自動車のスピードメーターにも使われていたらしい。へぇ~、そうなんだ。

実際のところ、本当に円盤の近くで磁石を回したなら、それで生じるつむじ風で円盤も回ってしまうんじゃないかと思ったりするが、間にガラス板を挟んでも回る。要は電磁誘導だ。こちとら伊達にモーターで遊んでいるわけじゃ無いから、このヘンの理屈はすぐわかる。


ただ、電力メーターには磁石を回転させるような機構メカニズムはない。そりゃそうだ。磁石を回転させる機構があるならば、それを使って円盤を回せばいい。磁石を回して発生した渦電流で円盤を回すような、そんなピタゴラスイッチみたいな回りくどい機構は必要ない。

電力メーターの円盤まわりを見ればわかることだが、両脇にグルグル巻きのコイルがあるのが確認できる。こいつは電磁石だ。要するに、磁石をクルクル回すことは必須ではなく、あたかも磁石が回ったかのように、電磁石でNとSを発生させればいいのだ。

ちなみに、買ってきた電力メーターに通電させてみてわかったことだが、電力線を逆に取り付けると円盤は逆転するし──そりゃ、そうだ──、電力メーター自身を傾けても回転は止まる。ただし、当たり前だが、外に設置されている電力メーターでそんなことをしたら、明らかに法律違反である。それは節電の範疇を超えている。節税の法律違反版を脱税というのならば、これは脱電とでも言おうか……。そんなことをするつもりは毛頭ない。己の主義に反する。──いや、主義に合致しててもしてはならんだろう。


話は簡単なのだ。円盤は電磁石で回っている。電磁石が発生する磁力で回っている。ならば、を円盤にかければいいのだ。実に簡単だ。だが、実現させるのは至難の技だ。

知ってのとおり、磁力は距離の二乗に反比例する。磁石を2倍離せば、力は4分の1になる。そして、電力メーターに取り付けられている電磁石は、それはもう円盤にしている。こいつを上回るほどの磁力を与えなければならない。カバーをパカッと開けて、内部に別の電磁石をくっ付けるのなら話は早いが、それは電力メーターの改造になる。だからどうしても磁力を与えねばならない。要するに、とてつもなく強力な電磁石を作らねばならんのだ。


強力な電磁石作りは強力なモーター作りに通じる。中心の鉄心──軟鉄がよい。はがねだと磁化してしまう──の素材の吟味からはじめて、外部からの磁力線が円盤に集中・直行するように成形された鉄心のシミュレーションを元に、粉末金属造形機……つまり、金属の3Dプリンタで出力。ここに銅線──さすがに銀線は高い──をギチギチに巻いてコイルを作る。巻き数は多ければ多いほど良いが、コイル全体が小さいほど良いので必然的に銅線は細くなる──が、流す電流は大きいほど良いので、このヘンはトレードオフの関係。つまり、銅線にも最適の太さというものがある。


それなりの超強力電磁石が完成したのは、2週間後。直流で駆動し鉄板に貼付けけば、全体重をかけて引っ張っても外れない。──実際に近所の小学校に行って、雲梯うんていにぶらさかってみた。

だが、これで完成ではない。これが左右で3つずつ。合計6個必要だ。これだけあれば、いつか見たスパイ映画みたいに、垂直のビルの壁面を楽々登れるんじゃ無いかな? ビルの側面が鉄板で出来ていることが前提だけど……。

続けて、残りの5個を作るのにさらに2週間。設計図は出来上がっているから、このくらいの時間で可能だった。逆説的だが、実はこの1ヶ月間の電気料金は安かった。制作ばかりで駆動していないからな……。

で、残るはその駆動部の制作だ。電磁石6個を周期的になめらかに、ヒステリシス損も考えて多少オーバーシュート気味に駆動する。これはやってみないと分からない点が多い。電磁石6個を、買ってきた電力メーターの周囲に設置。取り付け場所を微調整しながら、発振回路の周期や、場合によっては高調波の反射まで利用して最適解を探す。この調整にさらに1週間。

最終的に、これらをアルミフレームに固定して、電力メーター周囲にはめ込むのような装置に仕上げるのに、またまた1週間。要するに、完成まで1ヶ月半もかかる大仕事だった。


──いやまあ、別に苦ではなかった。手段が目的化していたと言ってしまえば身も蓋も無いが、この装置自身を作ることが趣味となっていた。逆に、完成してしまったことに対して、祭りの後のような、ちょっと寂しい感情すら湧いた。

性能の方は申し分ない。スイッチを入れると、電力メーターの円盤が勢いよく回る。電力メーターは一切加工していないにも関わらず──だ。ちなみに、正逆どちらでも回転可能なのだが、正転させたら電気代が高くなってしまうので、常時逆転リバースでOKだ。そこは間違えないように、二度も確認した。問題無い。

こいつの名前は「電力抹消機パワー・キャンセラー」とした。どうだ、カッコイイだろ。


さてさて、残るは実践あるのみ!──なのだが、ちょっとばかり躊躇した。確かに電力メーターを取り外したり傾けたりはしない。カバーも開けることは無い。外側に額縁状のが加わるだけだ。それとて、電力メーターには触れてはいない。とてつもなく強力な磁場が電力メーター内に入り込んではいるが、そんなことをしてはならないという法律上の規定は無い。

似たような話としては、「携帯電話を(ペースメーカーなどの)植込み型医療機器の装着部位から15cm程度離すこと」なんてがあったりするが、これも法律ではなくて、あくまで総務省の指針だったりする。要はマナーの問題だ。


一瞬、「完成したんだからそれで満足じゃないか。実践はそう……」という〝悪魔のささやき〟──いや、それは〝天使のささやき〟じゃないのか?──が聞こえたのは事実だ。

だが──、だがである。

「実践をせずにこのまま終わって良いのか? そんなことでは立派なマッド・サイエンティストになれないぞ!」と、不完全な良心回路を説き伏せた。何か間違っている気もするが、誘惑には勝てなかった。



制作した節電装置──電力抹消機パワー・キャンセラーを、外壁の電力メーターに設置して1ヶ月後。俺は、再びやってきた電気料金の明細書をみて打ち震えている。

電力抹消機パワー・キャンセラーはちゃんと機能した。当初の目論もくろみ通り、これまでの消費電力の8割以上をカットできた計算だ。そこは間違いない。実験は成功したのだ。ただ、ひとつばかり計算違い……というか、計算漏れがあった。


──電力抹消機パワー・キャンセラー自身の消費電力がハンパなかったのだ。



そういうわけで、電力抹消機パワー・キャンセラー弐号機を作成中だ。今度は超伝導コイルにする予定。我ながら懲りない奴だと思う。

──まあ、趣味ですから。趣味ぐらいトコトン追求させてくれ!

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